ジリジリ、ぎらぎら。この際どちらでも良い。とにかくそういうふうに日光が照りつけていて、プールサイドはうだるような熱気で満ちていた。暑い。暑いなんてもんじゃない。どうして暑いって、そりゃあ夏だからなのだけど。いいよね、プールに入っている4人は涼しそうで。水飛沫が上がる様子を見ているだけではちっとも涼しくはならないし、江ちゃんのように筋肉美を美味しくいただく趣味もない。天ちゃん先生は用事があるからと言って職員室に行ったきり戻ってこない。クーラーの効いたそこで、麦茶でも飲みながら他の先生方と会話に花を咲かせているに違いない。それこそ、暑いなか部活という名の青春を謳歌している私たちのことをお茶うけにして。私は、数時間前と変わらず水飛沫が上がり続ける4つのレーンをみつめた。
「泳ぎっぱなしなのも身体に良くないし、一旦上がったら?」
「俺もそう思うんだけど、怜がまだノルマ終わってなくて、もう少しだしみんなで待とうと思って」
真琴は苦笑いを浮かべた。部長に断られてしまっては仕方がない。私としては一刻も早く彼らにもこの暑さを体感させたかったのだけど。もしかしてこのおとこは、人の良さそうな笑顔をしておいて実は私の魂胆も見透かしたうえで反対したのでは、などと被害妄想をしてしまうくらいには私は暑さにやられていた。
とうとう耐えかねた私は、天ちゃん先生が残していってくれたパラソルの陰から、一歩踏み出した。タイルはやけどしてしまいそうなくらいに熱を持っている。フライパンの上で調理される肉になった気分だ。あと少し。つま先立ちで素早く移動して、ようやくたどり着いたプールの水に足を浸す。想像していたよりはいくらかぬるかったけれど、今の私が涼を取るには十分すぎる温度だ。
「なまえちゃん! えーいっ」
「ぎゃっ」
お腹をひねりつぶしたような女子力皆無な声が出た。思わず反射的に瞑ってしまった目を開けると、そこには渚がいて、私に水をかけた後の手のかたちをさせてきゃらきゃらと笑っていた。
「えへへ、びっくりした?」
「したに決まってるでしょ! 変な声出たしやり直したい!!」
「えーっ? じゃあいくよ、ほらっ」
「う、おわっ」
駄目だこりゃ。せっかくテイク2のチャンスをいただいたのにさっきよりも女子力の無い声を発してしまった。もしもここに凛がいたら、「お前に女子らしい悲鳴なんざ一生無理だよ」と馬鹿にされてしまいそうだけど。渚はそんな私に構わず笑っていて、「少しは涼しくなったでしょ?」なんて無邪気に聞いてくる。お陰さまでね。
「……渚」
「ハルちゃん? わかってるよ、これくらいにしとく! だからそんな顔しないでーっ!」
慌ただしく水飛沫を上げながら、渚は遙のもとへと急ぐが、その遙はもう水のなか。しなやかな流線を描いて、進んでゆく。彼は、格好をつけるのが苦手だ。けれど、不格好な助け船を出す彼が、私にとっては世界でいちばん格好良い。
部活が終わったら真琴と遙と帰路につくのが常だが、最近の真琴はどこか寄るところがあると言って先に帰ってしまう。私と遙は、人ひとりぶんくらいの微妙な距離を保って歩く。ふたりきりでこうやって歩いていると、ふと思う。幼なじみの距離感というのはどれくらいだったか、と。真琴、それから渚なんかが一緒のときには、馬鹿やって、遙をおちょくってみたりもするのだけど、ふたりきりではそうもいかない。私は、遙のななめ後ろ姿をぼうっと眺めた。学校を出たときから変わらない速度で歩き続けていた遙が、なぜか急に立ち止まる。忘れ物をしたのかと私が尋ねるより先に、遙のほうから振り向いた。
「ちょっと待ってろ」
「は!?」
わけがわからない。遙は目の前の横断歩道を早足で渡ってゆく。追いかけようとするも、信号は既に点滅していて、まもなく赤になってしまった。こんな、学校と家のちょうど中間地点のあたりに放り出されても困る。道路を挟んだ向こう側にはコンビニがあって、どうやら遙はそこに用事があるようだった。何か買いたいものがあったのなら、そう言ってくれればよかったのに。この真夏日な気温のなか、クーラーがよく効いているのであろうコンビニは、いわば砂漠のオアシス。私だってそこで買いたいものの一つや二つくらいある。冷たい飲み物やアイスやなんかは、今の私がまさに所望しているものだ。ようやく信号が青に変わったので渡ろうとすれば、遙もタイミングよくコンビニから出てきて、横断歩道のちょうど真ん中くらいで彼と合流できた。
「コンビニに行きたかったなら、そう言ってよね。なに買ってきたの?」
遙は私の問いかけに答えるように、ビニール袋を漁る。そこから出てきたのは、チョココーヒー味でおなじみのあのアイスだった。パッケージの中には、掌におさまりやすいしなやかな曲線をえがくボトル型のそれが、ふたつ繋がった状態で入っている。なまえ、とふいに遙は私を呼んだ。そのアイスをふたつに分けたうちのひとつを、こちらに差し出している。
「暑かっただろ」
「うん」
受けとるときにほんの少し触れた指先には熱が灯っているのに、アイスはひんやりと冷たい。余韻に浸っていたいけれど、それをしていたらアイスが溶けてしまう。リング状のところに指を引っかけて蓋を取り、それを口に運ぶ。うん、美味しい。続いて本体のほうから、まろやかな茶色をしたアイスを、指で容器を押しながら食す。甘いなかにほんのり苦みがのぞく味と、冷たさとが一緒になって喉へと流れ込んだ。なんとなく隣を見ると、同じようにそのアイスをくわえたままの遙と目が合う。
「ありがとね」
「礼を言われるようなことはしてない」
「美味しいよ、とっても。しあわせ」
ふたりでチョココーヒーを分け合うこの時間が、どうしようもなくしあわせなの。遙も、同じ気持ちだったらいいな。遙の口許が、少しだけ緩んだような気がした。
//20150812【夏だ!ふりーだ!はるちゃんだ!】