クラピカが仕事から帰ったとき、わたしはキッチンに立っていた。今日の夕ごはんのシチューが、鍋でぐつぐついっている。クラピカもわたしもハンターをしているけれど、帰りが遅いのはもっぱら彼のほうだ。わたしが寝ている間に帰ってきて、起きるより早く出かけてしまうことも珍しくない。

「ただいま」
「おかえりなさい」

 コートを脱ぐクラピカの気配を、背中で感じる。それだけで、わたしの心は満たされる。今日も無事で帰ってきてくれたことに安堵をおぼえて、息を吐いた。彼からはかすかに、外気の、冬の、においがする。今日は昼間から雪がちらついていた。

「外、寒かったでしょ?だから今日はシチューにしたの」
「ふふ、楽しみだ。ナマエも忙しいのに、いつもすまない」
「クラピカほどじゃないよ」

 わたしとクラピカは三年前のハンター試験で出会った。そのときは、お互いの気持ちに気づかないふりをして別れた。それが最善の選択だとおもっていたのだ。わたしも、クラピカも。恋人同士になったのはその年の9月で、告白は彼からだった。このマンションには、一年前から一緒に暮らしている。

「ナマエ、なにか欲しいものはあるか」

 クラピカはしずかにダイニングの椅子を引いて、座った。彼の前にシチューのお皿を置くときに、その誠実な双眼としっかり目があった。

「ほしいもの? これといって特には、ないかなあ」
「洋服でも、指輪でも、新しいティーカップでも、どんな些細なものだっていい。なにか、ないのか?」
「うーん……そういわれても、ほんとうにおもいつかないの。わたし、今とってもしあわせだもの」
「……そうか」

 クラピカは目をまるくして、それからすぐにふっと微笑んだ。それから、「うちのボスは、洋服も宝石も、まだ足りないといっていくらでも欲しがったものだがな」と苦笑しつつ、笑い話にしてみせた。
 わたしも一緒にわらってから、食卓の準備に戻った。クラピカの向かいにじぶんのシチューを置いて、パンの入ったバスケットを運ぶ。その間も、彼の問いに対するこたえをさがしていた。わたしの、ほしいもの。もういちど反芻して、わたしは手を止めた。

「……わたしたちが生きていた、証」
「え、」
「わたしの、ほしいもの」

 うまれてきた意味を見いだせないわたしと、いきている意味を問う彼。わたしたちが愛しあって、おなじせかいをいきていたという証。わたしはそれがほしい。

「ナマエ」

 わたしがサラダボウルを置いたのと、クラピカがわたしのなまえを呼んだのはほとんど同時だった。クラピカがわたしをまっすぐにみつめるその時間が、やけに長く感じた。

「結婚しよう」

 クラピカはちいさな箱をテーブルにのせて、こちらに向かって開けてみせる。
 ほらね。わたし、きっとせかいいちしあわせだよ。



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