半分ほどの机が埋まった教室に入る。うるさいわけでもなく、静かなわけでもない空間で、生徒たちは各々の朝を過ごしていた。机の間を通り抜けて自席に向かえば「おはよう」と凛とした声。声の主は一週間前の席替えで隣の席になった赤司くんだった。授業の予習でもしていたのだろうか。右手にシャーペンを持ったままこちらを見上げていた。
「おはよう」
赤司くんの隣の席になった、というだけで、私の意識はがらりと変わった。授業中、おなかが鳴ったらどうしようとか、居眠りしないようにしなくちゃとか、そんなことを考えながらも版書はしっかり写しているし、先生の話も集中して聞いている。赤司くんに授業に集中できない馬鹿な子≠ニ思われてしまうのはごめんだから。
それに、ノートに文字を並べるときのうつむき加減の赤い瞳だとか、風でほんの少しだけ揺れるやわらかい髪だとかが、たまにちらりと視界に入ったときに、これを見ているのは私だけなんだなあと思うと嬉しくなる。これがあるから、毎日学校に来るのが楽しくなった。
ふと、登校中にさつきから赤司くんに伝言を頼まれたことを思い出す。隣の席になってから朝の挨拶だけは毎日しているものの、私と赤司くんの間に会話はほとんどない。もともと赤司くんは口数が多くないから、当然のことかもしれないが。それでもやはり第一の理由は、私が緊張して話しかけられないこと。とどのつまり、さつきは確信犯である。
さつきから伝言なんだけど、男子バスケ部を昼休みにミーティングルームに集める放送を入れてほしいって。
そうしたら赤司くんは驚いたように少しだけ目を見開いて、わかったと一言。……イメージは完璧。ごくり、唾を飲み込む音は赤司くんに聞こえてしまっただろうか。鳴り止まない心臓を押さえつけるように胸元のリボンを握る。
「あの、赤司くん」
「なんだい」
「えっと、さつきから赤司くんに伝言を頼まれて……。昼休み、男子バスケ部をミーティングルームに集めるように放送を入れてほしいんだって」
「わかった。わざわざありがとう」
しっかりと私を捕らえていたルビーのような双眼が、少しだけ細められた。窓から差し込む洗い立ての太陽を映して、反射するそれはとっても綺麗だった。……だめだめ、自惚れちゃあ。今のは社交辞令のようなものなんだから。そう言い聞かせても、お礼を言われたのも笑顔を向けられたのも想定外だったから、顔はわけのわからない熱を帯びていく。
「どういたしまして……」
「そういえば今日は授業変更で英語が一時限目になったんだったね」
そんな私を急速冷凍させたのもまた、赤司くんだった。
担任の先生の話なんかそっちのけで、私は単語帳のページをまたひとつめくる。私だけじゃないから、大丈夫。みんなやってるもん。私のお隣の優等生だけは、みんなおそろいの単語帳を机の左端に鎮座させているだけだったけれど。
全部で25問の英単語テスト。いつもなら英語の授業は五時限目だから、お昼休みにお弁当を食べながら勉強するのだけど、今日はそうはいかない。昨日も目を通したとはいえ、一時限目と五時限目では天と地、月とすっぽん。
はじめ、という先生の合図で一斉にシャーペンが動き出す。いちばん上のなまえの欄は無視して、空欄を埋めていく。私が今、こんなにスラスラと単語を書き連ねることができているのは、もちろん勉強したからなのだけど、元をたどれば赤司くんのおかげ。答案は隣の席同士で交換して採点をするから、目も当てられないような点数を叩き出すわけにはいかない。
赤司くんの答案はいつも完璧で全問正解と決まっているのだから、大きくはなまるを書いて返してあげればいいんじゃないか、なんて考えながら、小さいまるを半ば機械的に書く。
しかし、最後の単語のaのはずのところがeになっていて、25個目のまるを書くことは許されなかった。はじめて、赤司くんの答案にまる以外のものを書いた。はじめて、赤司征十郎という名前の横に24という数字を書いた。いけないことをしてしまったような罪悪感が残った。
珍しいね、赤司くんが間違えるなんて。
仲が良ければこんなことを言えたのだろうけれど。私は無言で赤司くんに答案を返して、自分のを受け取って。そしたら、くすりと小さく笑う声がした。
「おそろいだね」
誰と、何が?
私は手元の答案に視線を落とす。先生のやめの合図とほぼ同時に慌てて書いた不恰好な自分の名前の横には、24という綺麗に整った赤の文字。隣を見れば、そこには口許をゆるめた赤司くんがいた。きらきら輝く瞳に映っているのは、私だけ。
照れとか恥ずかしさとか、いろんな感情で頬が染まっていく。不思議だね。ぜんぶぜんぶ集まると、真っ赤になるの。赤司くんの色とおそろいだよ。
いつか、私と赤司くんの頬におんなじ色を浮かべることができたら。思い描くのは遠い未来か、近い将来か。それはわからないけれど、もうしばらくはこの心地よい浮遊感にからだをまかせていようと思う。
//20140405【ガレット・デ・ロワの恋占い/魔法様と相互記念】