※現パロ、刀剣破壊の描写を含みます。
ながい、ながい夢を見ていた気がする。ベッドに仰向けになった身体からは、まだ浮遊感が抜けない。夢に心が惹かれているのだろう。――否、夢に出てきたひとりの少年に=B
夢に出てきたのは、見知らぬ少年だった。でも、変だ。いま私の胸に残っているのは、古いアルバムのページをめくったときのような、そんな懐古。彼は、いったい。
余韻にひたる私を我に返らせたのは、「いつまで寝てるの!」という母のどなり声だった。「いま行く」と返事をして、制服に腕をとおした。
部屋を出ようとドアに近づくと、つま先になにかがぶつかった。ちいさな音をたてて転がったそれは万華鏡だった。中をのぞくと視界いっぱいにうつくしい模様がひろがって、宝石のせかいに迷いこんだような気分になる。だから私は万華鏡が大好きだった。それにしても、地震が起きたわけでもないのにどうして床に落ちてしまっていたのだろうか。疑問をおぼえながらも、物心ついた頃からの宝物であるそれを棚に戻してから、私は部屋を出た。
***
これは夢だ。俺はそれを理解していた。非現実的なせかいを俯瞰するこの感覚は、まるで、万華鏡のなかをのぞいているようだとおもった。
ひと昔、いや、もっと前か。歴史の教科書で見たような和風の建物の中庭で、ひとりの少女が泣いていた。服が汚れてしまうのもかまわずに地べたに座り込んで、目の前を呆然と眺めている。
なにもないと思っていた彼女の眼前には、白いものがふわふわと浮かんでいた。雪?桜の花弁?それとも、蛍?正体のわからないそれは、ゆっくりと天上へのぼっていって、ひとつ、またひとつと消えた。
「たいしたことないって、いっていたじゃない。どうしてそんな無茶するの。うそ、うそでしょ。いやだ。ねえ、いなくならないで、」
――
***
「よおなまえ。今日は遅かったな。夜更かしでもしたか?」
うちのブロック塀に寄りかかっていたのは薬研だった。私に気づくと片手をあげて、声をかけてくる。冬の朝に白濁した息がのぼって、消えた。
「こんなに寒いのに外で待ってたの?ピンポン押してくれれば、なかに入れたのに」
「なに。このくらい、たいしたことないさ。 それより、」
ふわりと、首もとになにかが巻かれた。深い緑とワインレッドのタータンチェックのマフラー。間違いなく薬研のものだ。薬研の首もとはすこしばかり淋しくなっていて、それでも寒さなど感じさせない微笑みを浮かべて、彼はいう。
「急いで出てきたから忘れたんだろ。貸してやるよ」
冬のにおいがする通学路を、肩をならべて歩いた。薬研と私の手がぶつかる。そしてどちらともなく手をつなぐ、その感触を、私はずっと前から知っているような気がしていた。それだけではない。先ほどの微笑みの温度も、些細な気づかいも。まるで、出会う前から知っていたような。
***
「本能寺、か」
「薬研には、部隊長を務めてほしい。ううん、薬研でなくちゃ駄目なの」
「わかってる。わかってるよ大将。だから、そんな顔すんな。俺はちゃんと帰ってくるさ。俺があげた万華鏡でものぞいて、待っててくれや。な?」
――ああ、そうか。これは夢じゃない。夢だったのはもうひとつのほうだ。昨日、大将から学校というものの話を聞いたから、すこし、憧れを抱いちまったのかもしれない。刀の分際で、馬鹿だな。こうして人の姿になって、再び戦場に立っているというのも奇跡のような出来事なのだ。そのうえ生まれ変わろうなんて、贅沢にもほどがある。
一瞬だけ止まっていた時計が、またうごき出した。45°だけせかいがひらけて、かちゃり、万華鏡の模様が真ッ赤に染まる。
だからせめて、この万華鏡をのぞくときには俺っちのことをおもいだしてくれや、大将。
//20161106