「あーっまた負けた! 悔しい! もう一回!」
「……はあ」

 よほど悔しいのか、なまえはこたつのなかの足を私のそれにぶつけてきた。それから散らばったトランプをかき集めると、不器用な手つきで切り始める。

「というか、これ楽しいですか?」
「楽しくないよ! ぜんぜん勝てないんだもん!」
「それはなまえがわかりやすいから……いえ、そういうことではなく。ババ抜きは二人でするのには向かないでしょう」

 クリスマスや年末の特番が組まれたり、ライブが行われたりと忙しくなる12月。師走の名のとおり足早に駆けてゆく月だが、仮にも恋人同士が一度も会えないというのはいかがなものかと思い、仕事が早く終わる日になまえを部屋に呼んでみた。某メッセージアプリの吹き出しには「117291122229」と書かれていて、慌てて変換を間違えたのだとすぐに察しがつく。しかも、その間違いに気づかずにポケットに携帯をしまってしまうのが、このみょうじなまえという女だ。「駅まで迎えに行きます」という私のメッセージに既読はつかなかった。

 ねえ覚えてる? 覚えてません。そこは聞き返すとこ。もったいぶらないでください。そんなふうに言いながらトランプを分けた。

「今年のトキヤの誕生日」

 よく覚えている。
 それは、私たちが付き合ってから始めてのイベントだった。しかしその一ヶ月ほど前からだろうか、レポートの課題が大量に出ただとかゼミがあるだとか、はたまた急にバイトが入っただとか、そんな言い訳ばかりならべて会うのはおろか、連絡すらまともに取ろうとしなくなった。今までは、私の仕事柄そう頻繁に会うことができないのは仕方がないことだからせめて連絡だけは、と言って、おはようからおやすみまでことあるごとにメッセージを送ってきていたなまえが、だ。私に隠し事をしているのは明白だった。ためしに、バイトが入ったと言われた日になまえのバイト先であるコンビニを覗いてみたが、案の定、レジになまえの姿はなかった。

「盛大にバレた挙げ句、当日はバイトが長引いて遅刻した一件ですね」
「トキヤったらサプライズは相手にバレてしまっては意味がないでしょう≠チて、ほんと気づかいがないよね! そこはお礼言うとこじゃん!」
「お礼ならちゃんと言ったと思いますけど」
「どうだったかなー」

 自分から振った話題で勝手に不機嫌になったなまえの提案で、次に負けた方がコンビニへ行ってお菓子を買ってくることになった。これまでの勝負で全敗しているなまえが勝つ可能性は限りなくゼロに近いので、わざと負けてあげようかとも考えたが、もっと不機嫌になりそうなのでやめておく。
 ババ抜きの最中ずっと、あれを覚えているか、これを覚えているか、となまえはきいてきた。手札はあっという間に私が一枚、なまえが二枚になっていた。ジョーカーを持っているのはなまえだ。

「じゃあ、あたしたちが出会った日のこと」

 私にカードを引くよう促すなまえの表情が、一瞬だけ読みとれなくなる。彼女の狙いはこれだったのだろうか。真意を見極めようと、私はじっと彼女の瞳をみつめた。早く選んでよ、となまえはカードを持った手を揺らす。
 適当にえらんだ向かって右のカードは、スペードのキングだった。自分が持っていたダイヤのキングと合わせてテーブルに置く。あがりだ。
 なまえはというと「また負けたー!」とジョーカーを持ったまま後ろに倒れた。悔しい気持ちを隠すことをしない、清々しい負け方だった。良く言えばまっすぐ、悪く言えば単純バカ。そんな彼女が、話術で他人を動揺させるなどという高度な戦術ができるとは考えにくい、と思い直す。「女に二言はない」と言いながら、なまえはダッフルコートを羽織って部屋を出ていった。

 私となまえが出会ったのは深夜のコンビニだった。よくある出会いだろう。漫画や小説の、紙という媒体のごとく薄っぺらいフィクションのような。――彼女が、レジのバーコードリーダーをマイクに見立てて私の歌を熱唱していたことを除いて、だが。私となまえはそれぞれ驚きでしばらくそこに停止して、それから彼女は、ひきつった笑顔でいらっしゃいませを言った。おかしなひとだ、と思った。
 そんな衝撃的な出会いからしばらくして、なまえと二人で過ごす機会があった。付き合う前のことだ。「おもしろい、っていうのはフラグなの。それは恋のはじまりなんだよ!これ、少女漫画の鉄則だから。テストに出るから!」と、なまえは頬を紅潮させて言った。それこそ漫画のなかだけのはなしだ、と思った。しかし、地に足のつかないふわふわとした感覚。それは紛れもなく、目の前で些細なことに一生懸命になっているなまえへの気持ちだった。

 心なしか肌寒くなったような気がしてカーテンを開ければ、窓の外では水を含んだ重たい雪が降りはじめていた。くわえてなまえがいなくなった部屋はがらんとしていて、妙に落ち着かない。これが音也なら、うるさいのがいなくなったと一息ついたのだろうけれど。コートに袖をとおして、傘を片手になまえを追いかけるまで、そう時間はかからなかった。



//20161207