私はクリスマスが嫌いだ。非リア充の負け惜しみだと言われようとそれはそれで構わないし、むしろそれで片付けることができたのならいくらか気分は晴れやかだったかもしれない。偽物のサンタクロース、それにはしゃぐこどもたち、並木道を彩る色や大きさのさまざまな電飾のひかり、通行人の笑顔。なにがそんなに愉快だというのだろう。明るい街とは対照的に、私の心は沈むばかりだ。
 私は、物心ついた頃から施設に住んでいて、両親の顔も知らない。世間一般でいうところの恵まれない子だった。そして、恵まれないこどもには、クリスマスなんてやってこない。私は、サンタクロースの正体が施設の職員だということを知っていたし、プレゼントは毎年お菓子のつめわあせで、サンタさんへの手紙≠ノ書いて頼んだものだったことなんて一度もなかった。だからといって私は自分の境遇を恨むつもりはない。恨んだところでその事実が変わるわけではないからだ。それでも、せめて、抗っていようとおもった。
 とどのつまり私のクリスマス嫌いはこどもの好き嫌いの延長でしかない。馬鹿みたいだ。

 施設に帰るためには、必ず夢色カンパニーの前を通らなければならない。次の講演の準備で忙しいのか、レッスン室にも、楽屋にも、事務所にも、まだ灯りが点っていた。やはり今年も例外なく、クリスマス公演を行うらしい。掲示板には早速ポスターが貼ってあった。私はおもわず、あっとちいさく声をあげる。真ん中に大きく映っていたのはサンタ姿の伊織で、今年は1週間の公演で7人のサンタ一人一人にスポットを当てる内容であり、その千秋楽をつとめるのが伊織なのだという旨が書かれていた。
 毎年この時期は、極力カンパニーに近づかないようにしていた。表向きでは、年末は忙しいだろうからということにしているけれど、クリスマスで沸き立つみんなの前でそれを否定する私は場違いであり、空気を乱しかねない。
 ……実際は、高校生にもなってこどもみたいな抵抗を続ける自分が惨めになるだけだから、無意識にあの場所から自分を遠ざけているだけ。それを理解していながらも見ないふりをして、私は、今日もまっすぐ施設に帰る。

「なまえ、おかえり。遅かったじゃないか」

 その声は私のよく知ったものであったけれど、今日この場所で聞くのは想定外だ。共同スペースの広間で小学生たちを相手にしていたのは紛れもなく響也で、私に気づくと顔をあげた。

「……ただいま」
「クリスマス公演、みんなに観に来てほしくて。千秋楽のチケットを届けに来たんだ。そこそこ良い席確保しておいたから。 それから、」

 響也はそこで言葉を切ると、私の耳元に顔を寄せる。

「なまえには、特等席。いつもお世話になってるし、それに、伊織の晴れ舞台だ。……観に来て、くれるよな?」

 響也に直接そうだと伝えたことはないけれど、きっと彼は、私がクリスマスを嫌っていることを知っている。それは、私の顔を覗きこむ遠慮がちな視線からも明らかだ。そのくせ、チケットを差し出す手には、受けとってもらえるという絶対的な自信が見受けられる。そういうところがずるい男だというのだ、昔から。

 ***

 公演はつつがなく進んでいた。千秋楽にのぞむ伊織はすこしばかり緊張した面持ちで最高に可愛かったし、サンタ衣装も伊織がいちばん似合っていた。ワイヤーアクションだって何度も練習したんだろうなあ、と、ジェットエンジンのソリを慣れた様子で操縦する彼を見上げながらおもった。
 伊織が演じるユキトが、恋人へのラブレターとプレゼントを持って舞台上空を駆けて、中央で停止した。恋人にプレゼントを届けることができるかできないかの瀬戸際、緊迫した表情を浮かべた伊織が、私をまっすぐに見据えた、ような気がした。

『届け!』

 まさか、とおもった。伊織は私を見つめたまま、手紙とプレゼントの箱をこちらに向かって投げたのだ。図ったかのように私の目の前に落下したものだから、ほとんど条件反射で手を伸ばした。贈り物が私の手におさまったのを確認した伊織は、『メリークリスマス、俺の一番大切な人』と、やさしい微笑みまで向けてくる。
 なにそれ、これじゃあまるで――と考えて、首を振る。私は伊織の恋人にはなれない。彼に対する私の感情は、愛とよぶには拗らせすぎていて、憧憬とよべるほど小綺麗なものでもない。彼は、藤村伊織というおとこは、いつだってそこにうつくしく在る。私ごときが触れていいひとではないのだ。
 ここまで考えて、私ははっとして舞台に視線を戻す。そもそもこれはユキトが恋人に送ったものであり、現実ではただの小道具にしか過ぎないのだ。それなのに色々と考えこんでしまった自分が恥ずかしい。自意識過剰にもほどがある。近くの座席に座っていた伊織のファン(と思われる人たち)からはひどく羨ましがられたが、わたしはラッキーな観客などではなくて、いわゆるサクラというやつだ。これ、私が取れなかったらいったいどうするつもりだったんだろう。

 公演終了後、これらの小道具を返さなければならないからと、私は楽屋へと向かった。さっさと受け取ってくれればいいというのに、「ちょっとここで待っててよ。いおりん、もうすぐ来るから」と陽向は見当違いなことをいう。仕方なく壁に寄りかかり、空いている方の手で携帯をいじって時間をつぶすことにした。

「なまえ」
「あ、伊織!公演おつかれさま。今日も超超可愛かったよ〜!特に、歌でちょこっと音外したのバレないようにしようとしてたところなんか……じゃなくて、あのね、この小道具、返しに来たんだけど」
「それはいいんだ、返してもらわなくて」

 え? と聞き返せば、「いいんだ」と伊織は真面目な表情で返す。意味がわからない。

「すこし歩かないか?」

 ***

 クリスマスの街を歩くのは正直気が進まなかったが、伊織を独り占めできるわけだし圧倒的にメリットのほうが大きいので了承した。イルミネーションの明かりが陰影をつける伊織の横顔はなんだかとても神秘的で、うん、わるくない。
 広場のおおきなクリスマスツリーの下で立ち止まると、「その手紙とプレゼントは」とおもむろに切り出した。

「他でもない、おまえに向けたものだ。 なまえ。俺は、おまえのことが――」
「……ちがうよ、伊織。そんなことあるはずない。伊織は、私の一方的な感情に感化されてしまっただけ。わざわざこんなところまで連れ出して、クリスマスの雰囲気に流されないで」
「……それならどうして、おまえはそんな顔をする」

 自分がいまどんな顔をしているのかなんて知らないし、知りたくもない。しかしそれを伊織に知られてしまったのがどうしようもなく悔しい。それは本来なら伊織には見せてはいけない感情だった。

「おまえは、悲しいのか。……いや、寂しいのだろう。おまえは常に自分を孤独に置く癖がある。物心ついた頃からの悪癖、いや、習慣ともよべるそれはすぐに消えるものではない。それは、俺とて理解している。おまえは恐れている。他人と深く関わることを。俺のことを可愛い≠ニいって追いかけ回したのも、偶像崇拝にも似た行為だ。おまえは、ただ認められたかったのだろう?……ちがうか?」

 私の心を花にたとえるのなら、その花弁を1枚ずつあばいてゆくような、そんな伊織のことばに、私は戸惑いを隠せなかった。羞恥にも似た感情がわき上がる。目からはぼろぼろと涙がこぼれてきて、ぬぐってもなお止まらない。誰にも、知られたくなかった。知られまいとしてきた。しかしそれ以上に、誰かに認めてもらいたかった。ちゃんと私を見てくれる人がほしかった。

「ちがわ、ないっ……!」

 私の弱々しい肯定のことばを聞くやいなや、伊織は私を抱き寄せた。伊織から私に触れてくるのは珍しいことだが、今日のこれは触れるというよりは、受け止める、に近い気がした。骨格のしっかりした広い胸板が私の顔にあたって、彼は男の人なのだと、大人なのだと、思い知らされる。
 伊織の腕のなかは、あたたかい。こんなふうに誰かに抱きしめられるのは初めてで、最初こそ戸惑ったけれど、それ以上に強く感じるこの心地よさが愛情というものなのかもしれないとおもった。

「伊織。今日は、一緒にいてくれる? なんだか人肌恋しいの。今まで、こんなことなかったのだけど」
「最初からそのつもりだ」

 私は、伊織の背中に手をまわす。ぎゅっと、伊織の腕にも力がこめられて、ああ、今度こそ抱きしめてくれた。私のからだは伊織の腕のなかにすっぽりと収まって、ここが私の居場所なのだと教えてくれるようだった。服越しにつたわる伊織の体温と鼓動に、私は目を閉じた。



//20161231