イレブンは、シチュウを見るとほんのすこしだけ悲しそうな顔をして、それから丁寧に手を合わせていただきますをする。ひかえめに一口を掬うと俯き加減になって、その薄い唇の間にシチュウを滑り込ませる。その動作は洗練されていて、食器がぶつかる音も液体を啜る音もたてず、うつくしく、しずかに、とてもしあわせそうに召し上がっているのだが、たまに、アツアツのじゃがいもをじゅうぶんに冷まさないうちに口にいれてしまって、はふはふと口から湯気をたたせるところは、年相応で可愛らしい。
はらり、と顔の横の髪の毛が落ちて、逆上せたように上気した頬にかかる。シチュウから立ち上る湯気も相まってひどく官能的で、叙情的に見えるその光景からわたしはしばらく目が離せずにいた。気づいたときには、わたしは手を伸ばして彼の髪の毛を掬って耳にかけてやっていた。イレブンは驚いた、というよりは何が起こったかわからない、といった様子でわたしを見たが、すぐに「ありがとう」と微笑む。
「嫌だな、耳にかけてもすぐに落ちてきちゃって」
「わたしは好きだよ」
「ありがとう」
わたしの言動ひとつひとつに隠された下心に、このひとは気づいていないんだろうなあとため息をつきたくなるのを我慢して、微笑んだ。勇者であったがためにすべてを失い、おまけに悪魔の子と呼ばれなにもかもを否定された自分を肯定し、享受し、寄り添い、やさしさをくれるのは、自分が勇者だからなのだろう、なんて検討違いなことを考えているにちがいない。
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真夜中、わたしはなんだか眠れなくて、 ぐっすり眠りこんでいる仲間たちと魔物を起こさないように気をつかいながら、キャンプを抜け出した。近くの川べりに腰を下ろして、念のため辺りにせいすいを振り撒く。
「風邪引くよ」
振り向いた先にいたのは、イレブンだった。手に持っていた毛布をわたしの肩にかけて、わたしにならって隣に腰かける。顔をしゃんと挙げて、煌めく水面をその瞳にうつしている。すこしだけ目を細めて、齢16でたくさんのものを背負わされ、同時にたくさんのものを失った彼にしか見えないのであろう何処かを見据える、憂いを帯びたその表情が、わたしは堪らなく好きだった。
「わたしはいいから、イレブンが使いなよ。勇者さまの身体はひとつしかないんだから、もっと大事にして」
「ナマエは女の子だし、ナマエだってひとりしかいないよ。風邪のひとつだって引いてほしくない」
変なところで頑固なこの勇者さまは、他人の自己犠牲は許さないくせに自分はどうなったっていいと思っている節がある。それは生まれもった勇者の資質なのだといってしまえばそれまでなのだろうし、そんな危なっかしい男を支えるのがわたしたちの役目だ。
「イレブンはやさしいね」
「そうかな」
「そうだよ」
「ナマエ、ちょっと油断してない?」
男はみんなオオカミなんだよ なんて、テンプレートのような言葉とイレブンがどうにも結び付かなくて、わたしは思わず笑ってしまった。イレブンは、すこしムッとしたような視線をこちらに送ってくる。
「こんなにサラサラな毛並みのオオカミは、きっといないよ」
オオカミといったら、どちらかというとカミュのほうが近いような気がする。でも、一見硬そうにみえる彼の髪も、実は風に靡くほどやわらかいのだから見かけにはよらないとはこのことだったりするんだよなあ、と青髪の青年をぼんやり思った。
イレブンの髪に指をとおすと、月のひかりが透けるようにきらきらとかがやいた。毛束をくるりと指に巻きつけてみると、弾かれるようにしてもとの場所に戻る。クセひとつない、女のわたしよりもうつくしい髪の毛は、行く先でいつも羨望のまなざしを受けている。
「きみはほんとうに、僕の髪が好きだよね」
「うん。好き」
すき。そう口にしたときに、わたしは予想外にふたりの距離が近いことに気づいて、慌てて髪を撫でていた手をはなした。頬があつい。つめたい夜風があたっても温度はいっこうに下がらなくて、どうにもできずにいるとすっと伸びてきた指先がわたしの頬を撫でて、イレブンは首をかしげてほほ笑んだ。砂糖菓子の小さな星をうみだすような動作だった。
「戻ろうか」
イレブンはひらりと立ち上がると、わたしに手を差しのべる。石膏でできた芸術品のようだと思っていたその手のひらはマメで硬くなっていて、これまでの旅の道程をおもわせる。剣を取るのは、仲間を庇うのは、世界を救うのは、この手だ。それに触れてしまえばやっぱり好きだなあと思うばかりで、すこしだけ名残惜しく彼の手を離せなかったその一瞬の隙に、イレブンはわたしの手を引いて歩き出す。
世界に平和が訪れて、この旅が終わったら。そうしたらまた旅がしたいな。今度は、勇者さまじゃないイレブンと。ああその前に、言わなくちゃ、ちゃんと。わたし、あなたが好きだって。
//20170816【表クリア記念 20170813】