青いラインがたなびく流線型の車両の自動扉を抜けて、片方の手でなまえの手を、もう一方の手でスーツケースの持ち手を握り、駅前に降り立つと、青の天蓋は高く、雲の色はとうめいで明るい。風が四条の方角から吹いてきて、この様子だと明日も晴れそうだ、と、隣のなまえを見る。昔から晴れ女だった彼女は、世界中の秋晴れをこの京都の地へと集めてしまったらしい。なまえの、朧で儚い、鋭角に降ってくる秋の陽光に目を細めている白皙の横顔を見て、きっと天候を司る神さまは彼女のような姿をしているに違いない、と思った。

「ふじくん、どうかした?」
「どうもしないよ。今ごろ砂漠には雨が降っている頃かな、って思っただけ」
「なあに、それ」

 へんな不二くん、と口許に手を持ってゆき少し俯き加減になって微笑む、いつもの癖。いっとう愛らしくて、つられて僕も目を細めた。浮かれているのだ、年甲斐もなく。お互い忙しい日々が続いていたから、こうして一泊二日の旅行に出かけるなんていつぶりだろうか、などと考えて、やめた。思い出を数えるのはもう少し後でもいいだろう。ぎゅっと、僕のより一回りちいさな手を握りしめて歩き出す。
 駅の出口から、線路と平行に走る大通りを二百メートル余り、迷う道理もなく予約していたホテルにたどり着いた。すぐに荷物を預けて身一つで散策に出掛けられるよう駅から5分以内の立地、長風呂が好きななまえのためのバスとトイレが別のツインルーム。吹き抜けになっていて半球型の天窓が解放感のあるロビーと洗練された内装がうつくしいこのホテルは、僕たちにとって最も都合の良いつくりをしていた。チェックインにはまだ時間があるのでフロントのスタッフに声をかけ、荷物を預かってもらうための簡単な手続きを済ませてエントランスを後にする。
 再び駅へと戻った僕らは、此地こちらの在来線に乗った。東福寺駅で乗り換えた京阪本線は、地下線になって市街地へと這入はいってゆき、外の景色なんてとても見れたものではない。それでも彼女は、ぼんやりと灰色の車窓を眺めていた。

「地下鉄って、あんまり好きじゃないの」
「へえ、どうして?」
「この鉄の箱でわたしは何処へ連れていかれてしまうんだろう、って、息苦しくなる。ドナドナって、音楽の教科書に載ってた歌、あったじゃない? あれって、きっと、こういう気持ちのことなんだと思う」

 市場に売りに出される仔牛に想いを馳せるように、車内を映す鏡になった窓を覗き込むなまえの目には、黒のスーツをかっちりと着こなした中肉中背のサラリーマンは黒毛和種の肉牛に、白と黒のセーラー服がまぶしい女学生は乳用の雌牛に見えているのだろうか。「じゃあ僕らはみんな哀れな牛ってこと?」そう問いかけてみたら、「そう」と迷いのない返事が返ってきた。

「でも、牛は元旦に一番に神様がいらっしゃる門の前に着いたんだよね、だから、そう悪い生き物でもないよ。……まあ、それでも、ずる賢いねずみに先を越されてしまっているから、哀れなのは変わらないけど」

 などと、面白可笑しく言いながらつまらなそうに笑う彼女は、外の景色が見られないのがよほど不服らしい。車内アナウンスが、無機質に次の駅を告げる。祇園四条。

「せっかくだし、川のほうへ行ってみようか」

 京都の紅葉は今が盛りだった。四条大橋から河川敷を見渡せば、川べりの吉野桜ソメイヨシノの枝葉は午後二時のストレートティーのような色合いで、所々に緋葉もみじの赤が鮮麗あざやかに彩りを添え、風になびく様はさながら織の帯。南天のとんぼ玉の帯飾りも、金糸が織り込まれさらさらと澄みわたる薄水色の被帛ショオルも、すべて君のために用意されたお召し物に違いない。シャッターを切る。ふいに振り返ったなまえと、レンズ越しに目が合う。僕の瞳の奥へと目を凝らすように莞爾にっこりして、

「ふふ、見て、土手に黒いあたまをしたキノコがたくさん生えてる」

 木の葉が囁くように、笑う。きのこ、木の子、キノコ。先刻さっきまでの彼女の視線から察するに、鴨川の名物と言っても過言ではない、河原に等間隔にならんでいる恋人たちのことを言ったのだろう。彼女がキノコと喩えたそれらは、ずっと遠いところまで、二人ずつひとかたまりに、ひとならびになっている。

「君っていつも、ほんとうに愉快おもしろいことを言うよね」
「そう? フツウだよ」
「フツウ、か。きっと普通っていうのは、ただなんとなくああやって土手へ降りて座っている人たちのことを言うんだと思うよ」
「それじゃあ、ああやっているのが正しいっていうの?」

 河原を見下ろす無情なまでの哀憐あわれみは、ある種の慈悲のようにも感じられた。コピーアンドペーストで成り立つ目の前の景色のように、凡庸な時間を浪費することを充実と称するのはあまりにも早計であると、そうお言いになる君の隔絶した思考の在処を、誰も知らない。僕は瞳を閉じた。うるように、酔うように。

「そんなに統率の取れた集団をつくりたいのなら、無性生殖で増やせば良いのに」

 キノコみたいに、と彼女が笑う。

「そうだね」

 僕は頷く。


//20211231【たとえ世界を敵に回しても、僕は君の純粋を信じる。】