ぽーん、とん、ばしん。
わたしから見たバレーボールは、そんなスポーツ。体育の授業で習った最低限の知識しか持ってないわたしは、あっちこっち飛びまわってネットをまたぐボールの行方を、目で追うことしかできない。ぽーん、と高く上がったあれは、チャンスボールだって。やっぱり、よくわからない。
あとは、バレーをやってるときの研磨はすごくかっこいい。なにもしていなくても、もちろんかっこいいのだけど。たった今、たーんって飛んでボールを向こう側に叩きつけたクロ先輩だって、イケメンだとはおもう。だけれど、あたまの上で構えた両手にボールが触れるその直前まで、瞳をきゅいいってして、ロックオン。わたしの何百倍も早く脳みそを回したそのあとは、とんってはじいたボールの行方を、正解の瞳にうつすの。そんな研磨が、かっこよくて、すき。
「研磨、おつかれ」
「あ……うん。ありがと」
部活終わりの研磨からは、ふわりとシトラスが香った。その香りの元は、レモン色した髪の先だったりして。ああでも、こないだ研磨の首に両方の腕をからめて、ぎゅうと抱きついたときに鼻をかすめたのは、今の流行りのひとつ前のシャンプーのにおいだったっけ。
ふたりならんで歩く帰り道では、研磨の相棒とも言えるスマートフォンは、彼のポケットのなか。手と手をかさねてくれるわけでもなければ、口数が多くなるわけでもないけれど、研磨がちゃんとわたしのことを考えてくれてる証拠…だとおもいたい。そうしてしばらく夜に向かって歩いていたら、めずらしいこともあるもので、研磨がくちを開いた。
「なまえ、いっつも部活見てくれてるけど、つまらなくない?」
研磨のくちびるが、薄く開いて二酸化炭素をはきだす。いつのまに、そんなことを言うための酸素をすいこんだの?研磨はいつも、唐突だ。
「つまらなくないこともない」
「……どっちなの」
ここではじめて、いつもは瞳のなかをくるくると見渡している研磨のふたつの目が、わたしをまっすぐ見据えた。今、研磨が捕らえているのはわたしひとりなんだ。彼の琥珀色のレンズは、わたしのぜんぶをうつしこんでいそう。今まで、こんなに見つめられたことって、あったっけ。いつもは気にならない心臓の音が、今はやけにおおきい。
「研磨は、とんのとこでしょ。ぽーん、とん、ばしん……の、とん」
「……トスのこと?」
「そう、それ」
研磨は数回だけ目をまたたいて、なにかを考えるようにまぶたをうすく被せた。それと同時に下を向くまつげが、なんだか色っぽい。ワントーン暗く見える髪の毛も、表情に寄り添う影も、そう見える理由のひとつかもしれない。やっぱり研磨は、かっこいい。
「そうやって言われると、バレーって単純だね」
「でも、研磨はむずかしいことたくさん考えてるんでしょ? クロ先輩が言ってた」
「クロ、余計なこと言って……」
くちびるをちいさく尖らせて、研磨はわたしから目をそらした。一瞬だけ見えた、ピンク色の頬。隠しきれてない、赤く染まった耳の先。なにこの子、可愛い。そんな不意うちのカウンター、ずるい。お詫びにもうちょっとだけ、よく顔を見せてよ。わたしは研磨の通り道をすこし先回り。その顔を、覗きこんだ。
「けーんま?」
「見ちゃだめ」
研磨の手がのびてきて、ああ振り払おうとするくらい見られたくないんだなんて思っていたら、瞬間、わたしの視界はシャットアウト。研磨の手で目隠しされたのだと気づいて、顔にからだじゅうの熱があつまる。研磨の手、おっきい。じゃなくて、このままじゃ、研磨の手がやけどしちゃうよ。
「わわわ、わかったから! 手、はなして…!」
「ほんとに?」
「ほんと! 神様に誓って、ぜったい!」
研磨の手がはなれて、かわりに夜の空気がひんやりと触れた。視界はいつもどおりになったけれど、さっきまで研磨の手が触れてた目のまわりは熱をもったままだし、動悸もおさまらない。せめて心臓だけはどうにかしようと、制服の胸元をぎゅうと掴んでいたら、斜め上でくすりとちいさく笑う声。
「なまえは本当に、かわいいね」
いつのまにかこちらを向いていた研磨は、ふんわりと口許をゆるめていた。その頬は、まだほんのりと色づいたまま。それより研磨、いま可愛いって言った? 誰が、可愛いって? ここには研磨とわたししかいないのだから、当然わたしに向けられたことばなわけで。今の今まで、一度だってそんなこと言ったことなかったくせに。どこでそんなテクニックを教わってきたの。おかげでわたしの心臓は破裂寸前だよ。無自覚なら、もっとタチが悪いね。
「けんま……今、なんて?」
「聞いてなかったなんて、言わせないから」
聞いてなかったわけ、ない。ただ、はじめて研磨のくちから聞いたことばだったから、わたしのスカスカの脳みそがその意味を理解するのに時間がかかっちゃっただけ。
「ねえ研磨、もう一回言ってよ」
「……気が向いたら、ね」
それじゃあわたしはそれより先に、つま先立ちの不意うちをあげるから。
//20140813【ゆるやかに弧をえがく】