わたしは、ジャンプで、連載がしたかった。

「わたし、いつになったら……れんさい、できますか」

 こどものようにたどたどしく、震える声でわたしはいった。電話の向こうの吉田さんはちいさく唸って、押し黙った。その沈黙は、仕事柄聞きあきた質問に呆れて答えあぐねているようにも、ことばをえらんでいるようにもとれた。臆病なわたしは後者であることを願っている。
 ゆるやかに部屋を冷やす冷房の空調音がちいさく鳴っている。それよりもおおきな音で、となりの部屋のステレオミュージックが漏れてきている。その部屋の主とも、最近はあまり会っていない。

「きみの場合はすべてが治れば連載は約束されているんだ。焦ることはない。ゆっくり治せばいい」

 吉田さんのやさしい声色に、はい、とうなずいてしまう自分が、情けなくてしょうがないのだ。

 マンガ家というのは、ときに、ひどく残酷なものだ。自分で作り出したせかい、生み出したキャラクター、彼らが辿る未来。生かすのがわたしたちなら、殺すのもまたわたしたちなのだから。もともと、わたしとエイジくんは同じ時期に手塚賞をとって、同じ日に上京して、同じ回の連載会議に通った、天才高校生≠セったのだ。エイジくんのCROWは誌面を縦横無尽に駆けているのに、わたしの、彼≠ヘ。わたしのせいで連載は白紙。5月の赤マルの読切でちょこっと動いたきり、行き場を失ってしまっている。
 わたしは首を絞めている。この子の首を、じぶんでじぶんの首を。切れ長の瞳が、こちらを見据えている。
 ごめんね。苦しいよね。でもね、殺す気なんてこれっぽっちもありはしないの。ほんとうだよ。
 わたしだって苦しい。うまく呼吸ができないし、食べたものをぜんぶ吐き出してしまうのだってしょっちゅうだ。それでも、夢を、見ていたいのだ。こぼれた涙は星になるんだって、信じてみたいのだ。書きかけの原稿に、水がまるくにじむ。ベタで塗った主人公の服が、少しぼやけた。――わたしがいま泣いたことは、ナイショだからね。

 数分前に切ったばかりの電話が、また鳴った。ディスプレイには吉田さんと書かれていて、わたしはクエスチョンマークを浮かべながら通話ボタンを押した。

「もしもし……?」
「白羽くん、立て続けにすまない。きみに頼みができた。悪い話じゃない。……雄二郎に、替わっても大丈夫か?」

 雄二郎――服部雄二郎さん、か。エイジくんの担当編集の方だ。マンションや集英社で何度か会ったことがある。けれど、あれ≠ゥらというもの他人との交流を極力避けていたわたしは、彼の姿を見るのはおろか声をきくのもずいぶんと久しぶりだ。初対面の相手と話すときのような緊張が、全身を包む。からからと乾いた口を、無理やり唾液でうるおした。脳みそまで支配されてしまいそうなほどの動悸がして、酸素を求める呼吸が苦しい。「だい、じょうぶ、です」となんとか絞り出した声に、吉田さんは「よくいってくれた」というふうにうなずいて、電話を雄二郎さんに渡した。

「もしもし白羽くん、お電話替わりました。雄二郎だけど……えっと、久しぶり、だね。じゃあ、早速だけど、本題に入らせてもらうね。白羽くん、」

 新妻君のアシスタントに、入ってもらえないかな。