エイジくんの予想どおり、金未来杯は史上初2本受賞という結果で幕を閉じた。(ちなみにあの集まりのときには、その場に居合わせたわたしも中立な立場のにんげんとして「全員じぶんの作品がいちばんだとおもったとはいえ、いまこの場でこうしてネームを見せあったことで皆それぞれ感じたことがあるだろうから、いま以上の作品を仕上げてくるに決まっている。だから結果はまだわからないしわたしはその作品を楽しみにしている」というようなことを述べたり、わたしが亜城木くんたちに先日の件について改めて謝罪とお礼をいったり、蒼樹さんがわたしの作品を好きだといって、作家としてもファンとしても復帰を待っていると激励――といっても本人にはそのつもりはないのかもしれないが――してくれたり、亜城木くんと蒼樹さんと連絡先を交換したりというようなことがあったりした。)しかし、亜城木夢叶の「疑探偵TRAP」、福田真太の「KIYOSHI騎士」、蒼樹・中井による「hideout door」の戦いは12月の連載会議でも続いていた。エイジくんはこれについてはノーコメントで、ただ「亜城木先生が連載になったら毎週うきうきですね」とひとりのファンとしての意見を述べるにとどめていた。
 そして連載会議の今日、仕事場はほとんどいつもどおりといって差し支えない様子だったけれど、福田さんと中井さんは緊張と期待と不安とで張りつめた雰囲気をまとっていた。会議開始から七時間、それを打ち破るようにふたりの携帯電話が鳴った。

「また落ちた〜〜っ!?」

 今回始まるのは新人2本、ベテラン2本の計4本。そのなかに福田さんと中井さんの作品はなかった。しかしふたりともとても惜しいところまでいったのだとか。みごと連載を勝ち取ったのは亜城木くんたちで、福田さんの携帯からみんなでお祝いのメッセージを伝えた。会議に落ちたばかりだというのに、福田さんは蒼樹さんをネタに中井さんをいじって笑う余裕があるし、当の中井さんも戸惑いながらも赤面して、そして最後には笑っていた。
 きっとこのふたりなら、次の会議はだいじょうぶだろう。それを素直に告げると、福田さんはすこしだけ複雑そうな表情をして「おう、サンキュな」と微笑んだ。「ありがとう、頑張るよ。蒼樹さんと……!」と中井さんも拳を握りしめる。そして年明けに、事件が起こったのだ。


「馬鹿だよな中井さん……。金未来杯そこそこの結果出しながらすぐ乗り替えるような女のところに説得にいくなんて……」

 蒼樹さんが中井さんとコンビを解消して、KOOGYと組んでジャンプSQ.で連載することが決まったのだ。なんでも、蒼樹さんの話を気に入っていたSQ.の編集長が、新年会の裏でふたりを引き合わせていたらしい。新年会から帰ってきたエイジくんが語ったこのことはわたしと福田さんをひどく驚愕させたけれど、中井さんはその比ではなかった。青ざめた顔をして、しばらくなにも考えられないというふうに呆然としていた。
 しかし蒼樹さんの家へいってから顔色が変わり、その日の仕事が終わると手早く荷物をまとめ始めた。何をしているのかと福田さんが問えば、蒼樹さんのマンションの裏にある公園で絵を描くという。

「……何考えてんだ中井さん」
「きっとマンガの事です」

 中井さんと福田さんが帰り、わたしはふたりが飲んでいたマグカップを洗っていた。これが終われば今日の仕事は終わりだ。エイジくんはヘッドホンをして原稿を描いている。……エイジくんは、中井さんのこと心配じゃないのかな。

「心配はしてますよ」

 エイジくんはヘッドホンを首にかけて、こちらを向いた。

「けど、私情ですから」

 エイジくんのいうことは最もで、わたしは黙りこんだ。――私情。けれど、その一言で片付けるには、中井さんに対する仲間意識がおおきすぎた。わたしはエイジくんにココアを作って、おつかれさまをいって部屋を出た。じぶんの部屋に戻ってしばらくうんうんと唸ってみたけれど、わたしの考えは変わらなかった。わたしはポケットから携帯を出して、電話をかける。

「福田さん。わたし、やっぱり心配です。中井さんを止めにいきます」
「何いってんだ。もう夜も遅い。俺がいくから白羽くんはおとなしくしてろ」

 電話の向こうで、福田さんのバイクがエンジンをかけたのがわかった。次第に勢いづくエンジン音に、わたしの不安も加速するようだった。わたしは、また、置いてきぼりなの?

「……いやです」
「はあ?ワガママいうんじゃねえ」
「福田さんはいくじゃないですか!福田組の、仲間のために!福田さん、わたしもその一員だっていってくれましたよね!?だったらわたしもいきます!!」
「……ったく、ガキかっての。わかった。あったかい格好して待ってろ。すぐ迎えにいく」

 いくら東京とはいえ冬の夜は寒い。ダッフルコートにマフラー、おまけに手袋もして完全防備なわたしに、福田さんは「いい子だ」と微笑んで頭をぽんとたたく……かとおもいきや、ヘルメットをかぶせてきた。

「喜べ白羽くん。このバイクに乗せる女は白羽くんが初めてだ」

 福田さんは綺麗に並んだ歯をのぞかせて、にやりと笑ってみせた。その台詞と、仕草に、どきんと心臓が跳ねて、言葉にできない感情が熱になって頬にあつまる。おもわず、口をぱくぱくさせて数秒そこに停止してしまった。「のんびりしてっと夜が明けちまう」という福田さんの声に促されるように、バイクにまたがり、おそるおそる、福田さんの背中に手を伸ばす。わかってはいたけれど、こうやって福田さんの腰に手をまわすのは、後ろから抱きついているのとほとんど変わらないから恥ずかしいどころの騒ぎじゃないし、なにより密着度が高くて心臓が破裂しそうだ。どきどきしすぎておかしくなりそう。

「もっとちゃんとつかまれって。落っこちるぞ」
「!! はい……!」

 羞恥に耐えてぎゅっと力をこめると、それが合図だったかのようにバイクが走り出した。髪が後ろになびいて、露になった耳や頬を、凍るような夜風がかすめてゆく。それがつめたくて、わたしはおもわず福田さんの背中に顔をうずめた。

「白羽くんって、たしか出身は北海道だったよな」
「はい、そうですけど……」
「じゃ、なおさらおもうんだろうな。……東京は星がねえ、って」
「そう、ですね」

 見上げてもどうせ星が見えないことはわかっているから、わたしは顔を上げずにこたえた。
 冬の透明な夜には、深い雪のなか刺すような寒さが番人をしていて、今にもこぼれ落ちそうな光で星がかがやく。わたしが住んでいたところはそれなりに田舎だったから、さおさらそれを身近に感じたものだった。

「でも……ほら、白羽くん。顔、上げてみな」

 そういわれてはじめて、わたしは顔を上げた。ぎゅっととじていた目を開けると、まばゆいネオンが駆け抜ける。わ、とちいさく感嘆の声をもらすと、福田さんは満足そうにくつくつと笑った。

「わるくは、ねえよな」
「はい!」

 けれどこのときわたしが考えていたのは、北海道の星空と東京の夜景の優劣ではなかった。福田さんと一緒に見る景色なら、どんなものだっていちばんきらきらかがやくに違いないということだ。でも、まだ、いえない。わがままかもしれないけれど、いまはもうすこしだけ、福田さんのバイクに乗っていたいとおもった。