「そなたは、聖書を読んだことはあるか」

 例の四人組の願いを叶えて帰ってきたイシュマウリさまは、唐突にそういった。

「うーん、むずかしいのは苦手です。イシュマウリさま、教えてください」
「……答えは、封じられた記憶のなかに。 パロマ。そなたの願いを叶えるときが来た」

 イシュマウリさまはわたしの前で膝を折ると、わたしの脚に手を伸ばす。左手でふくらはぎをつかみ、右手で足を包むと、親指の腹で甲をなでた。その動作が、切なげな表情が、とても色っぽくてわたしはどぎまぎしてしまう。まるで、おとぎ話のお姫さまにでもなったみたい。けっして強くつかまれているわけではないのに、わたしは身動きが取れずにいた。
 わたしの脚からそっと手を離したイシュマウリさまは、立てかけてあったハープを手に取った。あの少年が自らの願いを叶えるために取ってきた、月影のハープだ。しなやかな指先が、弦のうえを滑る。

「え……!?」

 ふわりと、わたしのからだが宙に浮いた。椅子から起き上がったからだは、ゆっくりと地面に足をつける。わたしはおそるおそる一歩を踏み出した。力が必要だったのは最初だけで、生まれてから一度も歩いたことなんてないはずなのに、いかにも歩き方を知っていますというふうにわたしの足はうごいた。
 けれど、足が治ったということは、元のせかいに帰らなくてはならないということ。いま、やさしくわたしに微笑んでくれているイシュマウリさまとも、お別れしなくてはならない。いつからだろう、わたしの居場所はここなのだと錯覚してしまっていたのは。月の光と日の光。わたしたちは、生きるせかいが違うというのに。

「……イシュマウリさま。わたし、」
「パロマ。こちらへおいで」

 わたしはイシュマウリさまの隣にならんだ。促されるがまま、じぶんの姿を水鏡にうつして見たわたしは、とても驚いた。両方の肩から先は灰白色の翼になっていて、ワンピースからのびた脚には膝の下あたりから鱗のような模様が浮かび上がり、四本の趾が木の根のように床についていた。中途半端に鳥になってしまったようなじぶんの姿に驚きを隠せずにいると、ふいにからだがよろけた。とっさに、イシュマウリさまの腕がわたしを支えてくれる。

「すまない。これが限界のようだ」
「ま、待って、イシュマウリさま! なにがなんだかわかりません! この姿は、」

 もう一度水鏡にうつったじぶんを見る。しかしそこには、特に変わったところのないわたしがうつっていて。じゃあさっきのは、いったい……?

「はるか昔に、このせかいは大洪水によって滅んだ。その生き残りが放った鳩。それが、そなたの前世。その記憶を、月影のハープがかたちにしたのだ」

 パロマ。旧き世界に属するもの。私と共に生きてくれるか。

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