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お人形さんみたいね、と言われたことがある。
遠い昔の幼い記憶の中で、そう言って笑いながら父と世間話をしていたのは誰だったか。
何故か分からないが、人形のようだと言われてひどく驚いたのを覚えている。
両親とは似ても似つかないすっきりとした顔立ちに、筆をすっと引いたような目鼻は本当に両親には似ていなかった。
両親とも、その双眸は細くややつり目な印象を受ける一重瞼だというのに、ニコの双眸ときたらまんまるで、それに加えてくっきりとした二重瞼なのだ。
父の髪はさらさらとすべらかな真っ直ぐなストレートヘアーなのに、ニコの髪はふわふわと掴みどころのないパーマがかけられたかのような。
髪は、顔は、声は、どうだったのだろう。
ニコがまだあんよもできないような、まだ幼いうちに母と父は死別していた。
母の腕に抱かれた記憶はもはやない。
けれど父は男手一つで、自分とは別人のような、血のつながりを感じさせない様相の子を育ててみせた。
それだけでどれだけ大変で苦労があったのだろう。
ああ、もういいよ、父さん、もういいよと言えたらよかったのに、けれどニコはまだ親の庇護が無ければ生きていけない齢で。
歯がゆい思いをしながら、父の庇護のもと成長したニコに転機が訪れたのはほんの些細なことだった。
今となっては些細なこととして片付けられるが、当時としては大変なことだったんだろうなぁと今更ながらに思う。
なんてことはない、父と2人の買い物帰り。
突然ニコの両脇をすくいあげるようにして抱えた男が、そのままニコを連れ去ったのだ。
父の金切り声、男に突き飛ばされた野次馬の悲鳴。
「かわいいお洋服を着ていてくれたら、何も怖いことはしないから」
目隠しをして連れてこられた部屋で、誘拐犯はその言葉通りニコを人形にした。
暴力もなければ罵詈雑言も飛んでこない、ましてや性的暴行なんてものも全く無く。
何をするでもなく、誘拐犯の指定した服を着て部屋の片隅に立たされるだけ。
インテリアの一部として過ごすことを強要されて、いつか本当に人形になってしまうんじゃないかと、そんなことを考えながらひたすら立つ。
衣食住も保証されているし、何より危険な目にあうこともない。
父の手をわずらわせて、ニコを育てるために割く時間も必要なくなる。
けれどこれは異常だと分かっていた。
ニコは聡い子供だった。
だから逃げた。
ひたすら走って走って、見覚えのない街をひたすら駆けて、必死に助けを求めた。
追いかけてくる気配はしないのに、どうしてあんなに焦っていたんだろう、怖かったのかな、あの時ニコは怖がっていたのかもしれない。
それが1番さいしょ。
親元に返されたニコはまた誘拐された。
男の次にニコを連れ去ったのは確か化粧が濃くて、鼻につく香水が吐き気を催すほど不快な女だった気がする。
高飛車なひとで、ニコにたくさんの宝石やブランドものの服、バッグや靴を与えて着飾って、そして満足そうにしていた。
その次が、ニコよりも歳上の男の子で、まるでニコの恋人のように振る舞
い、挙句の果てには拉致監禁。
そのまた次にニコを連れ去ったのは初老の穏やかそうな男性で、かと思えばニコの四肢に趣味の悪い鎖を繋いで、あとはずっと本を読んでいた。
何度も連れ去られ親元に返されていくうちに、どうしてもよくない噂が耳に入ってくる。
あのこは自分からついて行っている
あのこがひとりでやっている
あのこの自作自演
あの子の父親が売ろうとしたのよ
別にそれでも良かった。
ニコが成長するだけの時間の中、父とて何もせずにいた訳では無い。
恋人ができたと報告されて、ニコは本当に嬉しかったのに。
楽しそうに、ニコの母になるかもしれない、ニコのことを我が子のように可愛がってくれる女性について語る父は知らぬ間に父親ではなくなっていた。
親でもない、父でもない、ただの男になっていた。
愛しい存在に愛されたいと、恋する少年になっていた。
いつしか父であった人は、ニコが誘拐されても、ジュンサーが家まで送り届けてくれた時ですら、ニコの顔を見ないようになった。
それでもニコは大丈夫だった。父は父ではなくなったけど、それでも幸せになってくれるなら良かった。
恩返しも何も出来ていないけど、ニコは父の前から姿をくらまそうと考えた。
けれど1人で生きていくにはあまりにも負担が大きすぎる。
どうしたものかと考えあぐね、そして遠い街の警備隊へ志願することにした。
父がまだニコを見ていてくれた頃、知り合いらしい警備隊員の話を聞かせてくれたことがあったのだ。
話の中で登場するその人は、それはもうきれいな人だった。
緋色の髪に真紅の瞳、そして自らの手持ちポケモンを『家族』と称すその人。
「もし何か困ったことになったら、彼女を頼りなさい」
外に出たくないというニコの願望を押さえ込んで、遠い街にいるという彼女に会いに行く。
外の世界を見なければ、こんな狭い世界の中で孤独に過ごすのは嫌だ。
彼女ならきっと、ニコに力を貸してくれると信じなければやっていけなかった。
話の中、浮かんでくる彼女の凛とした姿は、ニコにはすごくまぶしくて目がチカチカして、けどキラキラしていた。
背筋を伸ばし胸を張り、いつでも堂々とした佇まいはどこか気高くて、そんな彼女がニコは大好きになった。
何度も何度も父にせがんで聞かせてもらった、半分おとぎ話のような話が大好きで、よく寝物語に聞いていた。
ニコの世界は本当にピカピカしていた。
暗雲立ち込める世界に風が吹いて大気を揺らし、ダイヤモンドダストのようなきれいな光がふってきた。
この時が1番、ニコは幸せだったかもしれない。
父曰く、彼女はその気品と優雅さを表に出すことでその身の振り方を決めていた。
ニコはどうするの、あなたはいつまでどっちつかずの生き方をするつもりなの、と静かに諭されているような気すらしてきて、ニコは一晩ゆっくり考えて、彼女とは反対の生き方をすることにした。
顔を隠し、もし顔が顕になっても大丈夫なように飄々としたキャラクターを演じて攻撃を躱す。
変幻自在とまではいかないが、このトリッキーな立ち振る舞いがニコにとっては鎧となる。
ニコとて、何故こうまで自分が誘拐、拉致、監禁などの被害にあうのか分かっていたから。
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