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    悪虐の限りを尽くそうとも。
    枯れるのも厭わず与えてやり。
    肌を滴る血を心地よいとさえ思へば。

    ____喉を裂くのは、決して間違ってなどいなかった。


    @
    「工藤新一宛に依頼の手紙が届いたァ?」

    しかも、ヴェスパニア王国大使館を経由して?
    彼の手にようやく到着した便箋。色は、ボルドー。
    封蝋は輝ける金にて、ヴェスパニア王国の紋章を押し付けられている。

    「坊やが以前関わった事件でできた伝手も、とうとう国を相手にするのか。世も末だな」

    「ちょっと赤井さん…またそうやって俺を甘やかそうとする…」

    「潜伏中の数少ない楽しみを取り上げないでくれよ」

    火をつけず、くわえただけの煙草を唇の動きで揺らしてからかう。お茶目にウインクしてみせる姿さえセクシーな男は、彼のことをひどく甘やかそうとする。
    男にとって、彼はただの子どもだったもので。

    「…宝石の護衛…ねぇ…」

    幼いころ、不用意に触ると怪我をするからとしまい込まれていたペーパーナイフを探し出して、ボルドーにそっと差し込む。
    金に差し込まれる銀。
    封蝋を傷つけないように、綺麗なまま開封させていただけるように、慎重に、ふう、と力を込める。
    紙にしがみつくまでもなく、素直に剥がされた稲穂色の王国はそのままに内容を確認すれば、ヴェスパニア王国と縁ある婦人の依頼について記されていた。

    曰く、婦人の持ち物であった宝石が奪われた。
    曰く、取り返すことを望んではいない。
    曰く、現在宝石の所有権を持つ企業へ予告状が届いた。
    曰く、高名な探偵である工藤新一様へ宝石の平穏をまもってほしい。
    曰く、曰く。

    怪盗キッドに、宝石を渡さないで。

    依頼人の名は、アンラ・カーター。
    御歳63歳のご婦人。
    かつてヴェスパニア王国をはじめとする数多くの国で多くの要人に仕え、弱視、体力の低下を理由に隠居生活を楽しむ、ご婦人。その身元は各国の賓客からのスタンプでカラフルだ。

    先祖代々受け継いだ宝石を、後暗いことの多い企業に奪い取られ、それでも尚宝石さえ無事ならば、と身を引いた。その頃にはもう、車椅子へ座り、ブランケットで足、足首を隠すようだったのに。
    砂塵の一粒ほどの隙すら見せず。
    その背骨は山羊の角でできていた。

    辞世の句でも考えてからで構わない、と和やかに微笑み、死ぬまでの間は手を出さないから遺書に一筆加えるようにと促す企業相手に、手袋をはめて、ミョルニルを落としてみせたほど。

    「過去は及ばず、未来は知れず。死んでからのことは宗教に任せるのが長生きの秘訣なのよ」

    車椅子のご婦人が、そう言って企業相手に売った喧嘩にオーディエンスは沸騰したそうな。
    しかし喧嘩を売った相手がみすみす晒すマヌケ顔のおかげで、こちらが迷惑を被っているようでは三流でしょう、と。
    ヴェスパニア王国の伝手で紹介してもらった、というところらしい。

    つきましては、工藤新一様のご都合もあるかと存じますが、お時間を頂戴したく。

    「で、予告してきたってのが」

    月下の奇術師こと、怪盗1412号その人であるのです。



    A

    「俺への依頼だってのに、なぁーんでオメーまでいんだよ」
    「しかも、工藤新一として、ってか?」
    「ちょうどいいからってその姿でうろちょろすんじゃねぇ!」
    「カカ、いつもお世話になってんぜー名探偵」

    依頼人、アンラ・カーターの住所へ向かい話を聞こうと電車を乗り継ぎ、到着した東都郊外。
    夜はまだ冷えるとはいえ、昼間は驚くほど暑い。

    「まあ聞けよ、名探偵。俺の所にも工藤新一宛で手紙が届いてな。内容は、宝石を盗め、取り返せってのだけど。」
    「…は?工藤新一に、宝石を盗めって?」
    「そ」
    「…依頼主は」
    「スプンタ・ウッド。45歳。名探偵に依頼したご婦人に宝石を買い取りたいと何年も持ちかけていた男だ」
    「そうこうしていたら、宝石が企業の手に渡ってしまったってことか」
    「そゆこと。まあ、工藤新一に盗んでこい、ってのが引っかかるんだがな…」

    軽い動作で、彼を持ち上げる腕に、血の匂いはしない。
    以前、ライオンと水の国でうけた銃創を、おくびにもださず。

    「俺が名探偵の姿をよく借りているのを知っている。」

    そうとしか、考えられないだろう。と。
    数瞬、瞳を眇めた男にとって、それは許せない事だった。
    名探偵へ、盗みを依頼し、あまつさえ怪盗との接触を感づかれた?どこで。なぜ。
    己の慢心が招いた、名探偵に仇なす者の可能性。

    「まさか、名探偵の元に護衛依頼があったとは思わなかったけどな。」

    俺が予告状を出したからだな。カカ。
    そうなればいい、また、一緒にいる時間が欲しいと望んだ心が、滲み出てこないように。

    「…アンラさんはヴェスパニアをはじめ、多くの国との繋がりがある一般人だ。テロリストに狙われる可能性を危惧した伯爵が、俺なら、と紹介したんだとよ」

    一般人であるからこそ、狙われるだろうと。
    アンラ・カーターからは宝石の護衛を。
    そしてわざわざヴェスパニア王国を経由して届けられた便箋。その意味は、ご婦人の護衛。

    「宝石を中心に、国と企業と、個人が動いた。」
    「…オメーの探している宝石である可能性が、どんどんつりあがっていってんだな」
    「1を話せば7を理解して頂けて恐悦至極」
    「言ってろ」
    「残りの2は名探偵への不変の愛とちょっぴりの情欲なので安心してくれ」
    「どこに安心できると」

    最近、会う度に抱き上げては、大事そうに抱え込んでくる。

    あなたを好いているのです、と朗らかに伝えられてから、こちらは真摯に考えているというのに。

    「おっ、ここだな。へぇ、もっとでかい家に住んでんのかと思ってたぜ」
    「…はァ。キッド、おろせ」

    国との繋がりなど知りませんよ、ありませんよ、と主張するような、小さな家。
    扉は少し錆び付いていて、元々赤だったのだろうワインカラーが鎮座している。扉の横には、インターホンが。

    「俺は依頼を受けた工藤新一、名探偵は工藤新一の親戚の江戸川コナン。」
    「いつもの事だろ、今更だな」

    花車な指が、インターホンを押す。
    彼は、彼のことを美しいと感じ、彼は、彼のことを綺麗だと感じた。
    それだけ。


    A
    もっと視野を広く持て。
    世界を見ろ。

    そんなことを言われたって、俺の視界には俺の大事なものしか写らないし俺の世界に少なくともあんたは必要ない。

    俺の世界の創造主は俺だしいつだって世界の中心は俺!

    それを前提に話すが、思い通りにならないことだってある。例えば、俺は名探偵が好きで、気に留めて欲しいと思うし、そばにいて欲しい、元気でいて欲しい、俺のことを心配して欲しいと確かに思うのに、苦しめとも思う。
    あんなにも、言祝がれて当然の存在だけど。
    俺の持ちうるあらゆる叡智を惜しむことなく見せてやりたい。
    悪いことですら教えてあげたい。
    これが俺の恋心。

    分からないなら分からなくていい、理解しようとしなくていい。

    A
    「お忙しい中、本日はありがとうございます」
    「いえ、こちらこそ。」
    「お茶とお菓子、ありがと!」
    「坊やのお口にあったようで良かったわ」

    案内された客間で、コーヒーと、茶請けに、と上品な口溶けの焼き菓子を口に含む。

    「ごめんなさいね、坊や、ミルクとシュガーはいかが?」
    「ううん、僕もうコーヒー飲めるんだよ!」
    「急に連れてきてしまって申し訳ない」
    「あら、それは構いませんのよ。坊や、欲しくなったらいつでも言ってちょうだいね」
    「はーい!」

    工藤新一の来訪は予測していたが、幼い連れがいるとはさすがに予測できなかった、コーヒーしかなくて申し訳ない、と詫びる婦人に気にしないように伝え、自分もカップに口をつける。
    えぐみが欠片もなく、舌触りが滑らかに感じる。香りも申し分ないほど香ばしく、立ち上がっている。

    「工藤様のお耳にはもう届いているかと思いますが…僭越ながら、様々なお国でお仕えさせていただいた過去を悪用しようと、宝石を盾に狙われることが多々ございまして。
    最近、とんと物騒になって参りましたし。
    それなら、と宝石をとある企業にお譲りしたのです。私の手元で盾にされるより良いだろうと。」

    「確か、先祖代々受け継いだ宝石だとか」

    「はい。御者の一族であった我が祖先が、主人より賜ったというルビーでございます。」

    「すごーい!宝石貰えるなんて、沢山お仕事頑張ったんだね」

    「ふふ、そう聞き及んでおります。ルビーの中でも最高品質を誇るピジョンブラッドルビーで、かつて主人を乗せる馬車の車輪の装飾であったことから付けられた名前が、鳩轢き馬車…だ、そうです」

    「そりゃまた物騒な名前ですね…?」

    「ふふ、私もそう思います。まあ、というのも、赤の中に浮かぶ、石………?のようなものがあるせいで価値が下がって、個人所有が出来ていたのですけどね」

    「おや、価値が下がったのですか?むしろ高騰しそうですが…」

    猫のように瞳孔が開き、不思議そうにたずねる工藤新一が、足の爪先を整えた。

    「それを狙って、巨額の金額を提示してきた方も中にはいたんですのよ。シンガポールや、昔からの日本の知り合いですとか」

    ふふ、と可笑しそうに笑う婦人にこちらも笑みを返して、気付いてくれた彼の手を、テーブルの下で握りこんだ。一心不乱に茶請けを食しながら、されるがままにさせてくれている彼の存在がこれほど有難いとは。

    「もしや、スプンタ・ウッド氏の事ですか?」

    「あら!ミスターの事をご存知なのですね。私の職業柄、テロや事件に巻き込まれる可能性を懸念して、懇意にしていただいていたんです」

    「…以前、ウッド氏から依頼を受けたことがありまして」

    「ご縁がこんなところであるなんて、不思議なものですねぇ」

    「…えぇ、本当に」



    夜道は迷いやすいですから、お気をつけてお帰り下さいませ。坊や、今日はありがとうね。
    おやすみなさい、工藤様。


    帰路につき、人の気配のない場所を探してフラフラと彷徨い歩く工藤新一の手と自らの手と重ねて離さず、先導して歩いていた彼が足を止める。
    寂れ、無人となった神社の御堂に座り、工藤新一の手を離す。

    「キッド、誰もいねぇぞ」
    「…」
    「キッド」
    「喋んないで、名探偵」

    ちょっと今、いっぱいいっぱいだから。

    それしか言えない。余裕なんて消えた。
    宝石の中に、浮かぶ石だと。
    ───────パンドラだ。

    アンラ・カーターは宝石を企業に譲ったと言った。
    今、パンドラは、その企業が保管しているのか。

    「───ッ!!!!!!!」

    勢いよく立ち上がり、走り出そうとした。
    彼は、行かせはしなかった。

    「キッド」

    待て、と。

    「───あ」

    タイムリミットは1年しかない、ボレー彗星が、月が、ビックジュエル、親父は、不老不死の石、パンドラ。
    矢継ぎ早に単語のみで構成された言葉に、彼が頷く。

    「オメーは宝石、俺はアンラさんの護衛で決まりだな」

    おそらく、鳩轢き馬車と呼ばれるルビーは、アンラ・カーターの手にあるからこそ価値がある。狙われる。
    アンラ・カーターと宝石を中心に、テロが起こっても不思議ではない。
    今日話してみて、実感した。あのご婦人は、確かに腕利きの側仕えであるのだ。

    「それじゃぁ、作戦会議とい」
    「、悪い、今触らないでくれるか」
    「はっ?」

    だいぶ落ち着いたとはいえ、未だ心配の残る工藤新一の手を再び引こうと、握ろうとした手をかわされて、拒絶の言葉に瞳が冷える。

    「今までセーブしてた感情とかが、保ちそうにないんだ」

    それはつまり、7割の存在意義、1割の不変の愛、1割の情欲。表に出したことなどない、あと1割の残りもの。
    それらが今、彼に触れられると耐えきれそうにないから、触れてくれるな、と。
    ウロ、とあげた手が迷うように動かされて、それから、彼が手をおろした。

    困りきった姿が、ひどくセクシーだと思ったのは、どちらか。


    B

    「要求は2つ。我々の手元に、ピジョンブラッドルビーを返してほしい。そして、ブリッジ公国が確かに存在していたことへの承認を、国連へ要求する!!」

    恐れていたことがおきた。
    議会制民主主義国家である日本で、暴動が起きた。
    要人を襲撃し、人質にとり、国を相手に起こした暴動は、まさしくテロである。
    そして、その要人というのが──

    現在、宝石の所有権を持つ企業であった。

    「何が一番最悪かって俺達がいる時にテロが起きたことだな」
    「正直俺はちょっと予想してた」
    「旗建てたのオメーか」
    「回収回収」

    20階建てのオフィスビル、宝石が保管されていたのは15階の金庫室。
    テロリストが企業の代表を拉致したのが7階、今現在彼と工藤新一がいるのは15階の宝石の目の前。
    重量検知、監視カメラ、赤外線センサーというありきたりな管理を超え、いざ旅立ちの時、というタイミングでテロが起こった。データベースに侵入して各階の様子を監視していた彼から、おもしろいことになってきたぞと視線を頂戴したならば。

    テロリストの制圧が出来れば上々、宝石を渡さなければ上出来。

    「…名探偵」

    手早く撤退の支度をはじめた、今だけの協力者へ。

    「これ、偽物だ」

    事前に調べていた『鳩轢き馬車』と、違う。確かに宝石だ、ルビーだ、鳩の血の色だ。
    でも、こ れ は 偽 物 だ 。
    宝石の価値はある、だが、ただのいしだ、これは。

    「いたぞ!ルビーを渡せ!」
    「!?」

    向けられた銃口と、突然現れた複数のテロリストが金庫室へなだれ込んでくる。
    何故、つい先程まで監視していた映像から計算しても、この短時間でここまで来るのは不可能なはず!

    「上へ!」

    下の階から上の階へ、彼と工藤新一を追い詰めようと沸いてくるのなら、最上階、もしくは最上階に近い階から空へ逃げるしかない。
    一時的に隠れても構わないが、宝石の詳しい鑑定をせねば工藤新一の心が晴れない。

    「行くぞ!」
    「うわっ、撃ってきやがった!」
    「ヘマすんなよ!」
    「言ってろ、バーロぉ!」

    リセットだ、考えろ、ピンクに染まれ脳細胞。
    目まぐるしく稼働する頭脳で、考える。
    今現在持ち得る情報と、そこから考えられる可能性。
    何故、こうも追いかけてくるテロリストを撒けない?
    工藤新一がいるのに?
    こちらの行動が予測され、把握されている?


    スプンタ・ウッド氏が探偵と怪盗の繋がりを見つけたのはどこで?
    ───────シンガポールだ。
    家に、コーヒー以外の飲み物が無いというのは何故?
    ───────最初から、コーヒーで構わないことを知っていた。
    宝石を取り返さなくていいというのは何故?
    ───────宝石そのものに、そこまで執着していない。
    ヴェスパニア王国の紋章を封蝋としたのは?
    ───────国を、相手にすることになるから。
    突如現れたテロリストが、何故、こちらの存在を知っている?
    ───────依頼内容を最初から、知っていた。
    テロリストを撒くことができないのは?
    ───────こちらの手は全て、把握されている。



    「まんまと嵌められたってことかよ…!」
    「ここまでくると一周まわって清々しいな!」
    「言ってる場合か!」

    「「あの婆さん、御者にしとくには勿体ねぇな!」」



    C

    「どーすんだよこれ十中八九屋上には婆さんいんだろ!!!」
    「おやおや名探偵、女性に対して失礼ですよまったく」
    「いやあの婆さん絶対強いだろ!!!弱視ってのも嘘だろ!!!車椅子なのかも怪しいぞ!!!!!!!」
    「いやぁ…レディの嗜みで足隠してんのかと思ったらありゃ筋肉の付き方とか隠してたな…逆にあれは手練だな…」
    「現実逃避を!!!!!!!やめろ!!!!!!!」
    「気分は最高!状況も最高!よしきた踊ろうぜミュージックスタート!!ダッハッハッ!!!」
    「全てが!!!!!!!うるさい!!!!!!!」

    ご機嫌な様子につられて、彼も笑いながら走った。
    屋上には、十中八九アンラ・カーターその人が待っているはずだ。
    きっと山羊の角を更に真っ直ぐに伸ばして。
    彼女の大まかな狙いは分かった、どんな立場なのかも分かった、分からない謎はあと少し。

    その謎を、解き明かすためのヒントをもらいにいってやろうじゃねえか。


    「お茶にしましょう、工藤様。お連れの方も、さあどうぞお座り下さい」

    屋上の扉を開けた先、恭しく待機していた婦人は自らの足で立っていた。
    こりゃ山羊じゃなくて鹿だったやもしれない。

    「コーヒーを、いれてさしあげますから」



    C

    「あなたが、スプンタ・ウッド氏ですね」
    「如何にも」
    「そして、テロリスト集団のトップも」
    「はい」
    「怪盗キッドと、工藤新一の関係に感づいたのは?」
    「シンガポールで。空港のセキュリティを突破する優れものでございましたが、一度開いて中身を確認してしまえば簡単でしたので、乗客全ての手荷物を拝見させていただきました」
    「あなたの狙いは、テロ集団と企業の相打ちですね?」
    「これだけ大々的にことを起こせば、情報化社会となったこの国では広まるのも早いでしょう」
    「あなたの、真の犯行動機は?」

    「復讐でございます、ご子息様」

    工藤新一へ、ご子息様、と呼びかけ

    「工藤様の御手を、どうしてもお借りしたく」

    江戸川コナンに向かって、工藤様、と。

    「…アンラさん、最初から、俺に向かって、工藤と呼んでいたんですね?」

    緊張している。ご婦人の手は震え、足に余計な力が入っている。
    瞳は水に浸されて引きあげられた後の波、要約すれば涙の張る目玉だ。

    「ご子息様、本物のルビーは、私が長い間保管させていただいておりました。
    企業相手に譲ったのは、似た色をした宝石で、ルビーを守るためには、囮が必要だったのです。
    企業というのは隠れ蓑でございます。……蛇の飼い主が、住み着いていたもので」

    「…まもって、いた…?」

    「ルビーは、ご子息様がお探しのもので間違いありません。不老不死をもたらす魔石、パンドラ、本物ですとも」

    やっと、お伝えできました、と涙ながらに語る婦人の目には、嘘は見えない。

    「テロリスト達をひきあげさせ、宝石をご子息様にお譲りすることが、私からの報酬です。」
    「取引を望む、って事だね?じゃあ、その内容は?」
    「私の話を最後まで聞いたのち、必ず宝石を受け取ること」
    「分かった、引き受けるよ。キッドもそれでいいな?」
    「おう。」


    D

    「殿下、あなたを愛しています」
    「間に合ってます」

    絶対に関わりたくない、と顔にも態度にも全面に押し出して強気な姿勢で断る。
    すかさず繰り出されたキザな魔法、コルクを開けたような音と一緒に差し出されたバラの花諸共、相手の顔面に強烈なパンチを叩き込んだ。もちろんご期待にお答えしてグーだ。

    いつも城内で政務に追われてんだからたまには息抜きしてこい、と年上の部下に放り出されてみれば、変態に絡まれるとは。
    帰ったら警備体制を見直すことにしよう。パンチにもめげず、まだ何か言い募ろうとした気配を察知したので素早く足払いをかけて転倒した勢いのまま放り投げてやった。
    慈悲はねえ。

    ああいう輩は、世も末なことに一定数いる。というのも、黒一色の格好の騎士姿の下に、びっくりするほどの美貌があるからなのだが。
    そうとも、俺は綺麗な顔面をしている。
    加えてこの国の王子であるし、頭の出来もいいときた。ご婦人達に熱い視線を頂いてしまうのも摂理というもの。
    貴重な休みを一瞬とはいえ無駄にしてしまった。
    買い食いがしたくて財布の中身はいつもより余裕がある。まずは肉を食う。話はそれからだ!



    「宗教は間に合ってます」
    「違うってのに!人の一世一代の告白をなんだと思ってんだ!」
    「告白も間に合ってます」
    「んだとぉ!!!」

    露店で食べ物を買い込み、落ち着いて食べようと座った瞬間に、隣に座ってきた男。おや、どこかで見たような…む、気のせいだな。我が家の御者達にも何か買っていってやろう。

    「ついさっき告白されたってのに余裕だな!!」
    「ははっ」
    「ほんとなんなのこの人〜〜〜???」

    さっきの変態だった。
    溜息をつきながらも、決して席を立とうとはしない。呆れて思っていたのと違うのならさっさと離れていけばいいのに。
    なんだコイツ変なやつだな。

    「珍しく城下町にいるスペイド王子とお近付きになれたら俺はハッピーな訳なんだがな?」
    「うわっ…」
    「ほんとなんなのこの人〜〜〜???」

    人前に出ることなど余りないというのに人の名前を知っているとは。変態だ。
    まったく、最近の警備兵達は何をしている。こういうのを捕まえて余罪がないか調べないと国民たちが安心出来ないではないか。
    こわ…もうおうちかえろ…

    「あれっ、帰んの?また会おうな、騎士様」

    次会ったらボコボコにしてやる。絶対にだ。


    …と、思ってたんだがコイツ…ボコボコにされても…めげない…しょげない…諦めない…

    「窓から入ってくるな!!!!」

    初めてあった日の、翌日。
    窓枠に腰掛けて、よっ、と手を上げたのは昨日の変態だ。
    朝食の用意ができたと伝えに来た侍女が、もうすぐ婚約だというのに主人の部屋に不法侵入者がいることに絶句していた。
    すまない…朝から変態の相手をさせてすまない…それでも俺を守ろうと変態と相対するその心意気やよし。お給料アップしてあげような。

    それからというもの、奴はどんなにつまみだされ、追いだされ、手荒い対応をされても毎日訪ねてきた。
    自分の名をキッドと名乗り、俺とお近付きになりたいという。

    「私がお渡しできるものならば全て、あなたに捧げましょう」
    「じゃあ国内の内乱主導者の情報」
    「構いませんよ」
    「えっ…助かる…」

    いつもの陽気な口調と、身軽な格好ではなく、真っ白な姿で紳士あれ、というような体現で来た時に、あまりにも真剣な声色で言うものだから任せてみた。
    二つ返事で了承するなり、次の日には求めた情報を持参してきた。

    「…偽造通貨を流通させてる組織の全体図…」
    「アジトの場所や偽造通貨の製造法もお付けしましょう」
    「仕事がすごく捗る…」
    「私、便利なオトコでしょう?」
    「すごく…」
    「光栄です」

    国内の内乱を誘発している主導者の情報、偽造通貨製造方法、流通ルート、国外情勢、エトセトラエトセトラ…。
    望んだものを、全て揃えて持ってくる。正直すごく助かっている。

    「次は何をご所望ですか?どんなものでも御前に捧げてみせましょう」

    キッドは、俺に与えるくせに欲しがったのは最初だけ。俺が何か報奨を与えようとしても、それを固辞するものだから、借りを作っているようでしゃくにさわる。

    「なぁキッド、本当に欲しいものは無いのか?」

    いつも通り、報告に来た紳士に尋ねてみれば、呆気に取られたように間抜けズラを晒す。なんだその顔は。
    俺なんか変な事言ったか?

    「…すでに報奨はいただいていますから」
    「なんだそりゃ」
    「おや、お気付きになっていたのでは?」
    「は?」

    口元に指を添わせ、しばし考え込んだキッドが、赤い顔をしておれをみた。

    「…無意識、なんです?」

    何の話だろう。
    相手にもわかりやすく伝えることが外交等でも重要だというのに。

    「それはとても、幸せなことです」

    一人で満足そうに、赤い顔をして笑った顔は、俺から見ても可愛いやつだと思えた。
    その赤い頬に触ってみようか、と気まぐれを起こし、近くへ、と招こうと腕をのばし─────

    よく仕えてくれていた侍女が、血まみれで扉を開けた事によって、握るのは細身の剣となった。



    D

    城が燃えている。
    使用人達は逃げられただろうか。
    王妃殿下と国王陛下はご無事だろうか。

    「今はここを切り抜けるのが最優先だろ!!」

    まとわりついてくる不安と心配に身動きが取れなくなっていると、俺に危険を知らせに来た侍女を避難させ、あとは逃げるだけ、という体のキッドが叫んだ。
    その音は薪の音によく似ていたが、俺の意識を戻すには事足りていた。
    長い回廊を走って、何が起きたのか、状況の整理、打開策の提案を手短にふたりで思案する。

    「内乱だろうな」
    「おそらく、ブリッジ公国の手の者とトランプ王国の内乱主導者が手を組んだんでしょう」
    「姫君とお会いしたのがよっぽどお気に召さなかったらしいな」
    「婚姻が成立すれば、国同士の繋がりは強固になりますからね」

    導き出された結論は、以上。
    ならばあとは、渦中の俺が逃げ切ってしまえばこちらの勝ち、というのがこちらの勝利だ。なんの、難しくはない。

    「まあでも、こいつを取りに行ってたからちょっとばかしタイムロスをしたな」
    「本当に。いい加減にして欲しいですね」
    「俺の顔に免じて許せ」
    「好いているので許します」

    キッドが先程から不機嫌なのは、俺の手の中にある宝石が原因だ。王家の象徴である大粒のルビー。
    王位継承の際になくてはならない宝石なのだ。これがなければ俺は王になれない。
    それは由々しき問題であるし、とうの昔に王になるための覚悟は決まっていた。

    逃げることよりも、宝石を優先したことに腹を立てていたようだが、今はもう拗ねているようにしか見えない。
    自分を大事にしろ、と訴えかけられて、ここまで面映ゆい心持ちになるとは。
    俺は鍛えているから当然だが、キッドの身体能力の高いこと。炎が走っても、瓦礫が崩れてきても、猿のようにかわしてしまう。俺も政務ばかりではなく、もう少し外に出てみるべきだったか。

    「キッド、頼みがある」
    「なんです!?」
    「宝石を俺の侍女に渡してくれ。」
    「今ですか!?」
    「今じゃなきゃ、ダメだ」

    ルビーを放り投げ、慌ててキャッチしたことを横目に確認して足を止めた。
    先程からもう、立っているのすら辛かった。足が縺れ、倒れ込みそうになるのを、何とか気力で保っているだけ。

    「この体じゃあ、俺はもう役に立たねえ」
    「…?…殿下、まさか今日兜を脱がなかったのは…!!」

    黒衣の、騎士。
    兜には、かないろの装飾。
    常に肌身離さず、被っていた兜。

    「炎と爆発に巻き込まれてこのザマだ。受け身が間に合わなかったらしい」

    ぐい、と兜を持ち上げてみせた顔を覆うのは血液。まごうことなく、俺自身の血液。
    この出血量では、もはや助かるまい。助からないのなら、何を行うべきなのか、何が最善なのか。
    長い時間をかけて俺の信頼を勝ち取ったキッドになら、任せられる。

    「いいえ、さいごまで、おそばに」
    「なんだ、俺と心中するのか」
    「もちろん」
    「そうか。」

    止められると思った。断られる、と。一緒に逃げるぞ、と言うのだと。
    ふざけたことを言うな、と。どうやって言いくるめようかと策を講じていたのに、無駄になってしまった。

    「殿下は私に仕事をお任せになった際、真偽のほどを確認されなかった。ただの一度たりとも。私が嘘などつかないと、信用して下さった。…俺は、とうの昔に報われていた」
    「は」
    「しかも無意識ときた。」
    「oops」
    「愛してるって言っただろ?」

    ウインクをして、なんとまぁ子どものように笑う男だ。
    ふふ、可愛い。可愛いやつ、可愛いやつめ!

    「成程、俺はとっくに惚れさせられてたってか!」
    「そこまでは言ってねーけどな!えっ待って惚れさせられて…えっ?殿下俺の事好きなの?」
    「やめだやめ!おいキッド!俺を置いていくな!今までのご褒美にオメーが欲しがってたもんも全部やる!」
    「えっ大盤振る舞いですね殿下?」
    「俺は今最高に気分がいい!」

    ピンクのネクタイ、ブルーのシャツ、纏めて掴んで引き寄せて、血で滑る兜を投げ捨てた。

    「キスがしたい!」
    「よろこんで!」

    燃えて崩れ落ちる瓦礫の中、血塗れの顔で笑いころげる俺を相手に、心底嬉しそうに、恥ずかしそうにすることのなんとロマンティックさか!
    今すぐに、宮廷画家をここに呼んでくれ!






    「あまりの高温に、骨すら溶けたと聞いております。燃え落ちた城の中、唯一、溶けなかったのがこのピジョンブラッドルビー。
    まだ熱気の残る中を進み、主人のものとなるはずだった宝石を回収した侍女は、あるべき場所へ戻すために、宝石を隠したのです。」

    その、侍女というのが。
    私でございます。

    厳かに、そう言った婦人が、自らの腹に手を添えて、ことさら優しく微笑んだ。

    「お腹の中に、隠したんですね」
    「ピジョンブラッドルビーが、パンドラとなったのは…長い間、人体で保管された為、ですか」
    「そうです。最初の頃は、私も歳をとりましたし怪我も治ったりはしませんでしたが、段々と不老不死に近付いてきたのだと。それも完全ではなく、私自身、近いうちに召されるだろうと感じまして、計画した次第でございます。」

    テロリストはブリッジ公国を祖に持つ、パンドラは自分たちの国の物だと勘違いしている者の集まり。
    パンドラを狙う組織の元締めである企業。
    このふたつが揃ってしまえば、婦人にとっては都合がいい。誘導して、扇動して、先導した。今示しましょう、戒めましょうと望んだがゆえに、黒幕となった。
    だって、もう少しでこの命は終わる。
    でも、まだあるべき所へ戻せていない。

    「獄中で寿命を迎えた私の唯一の所持品、看守や警察なぞに見つからないうちに、盗んでいってくださいね」

    中庸を行く婦人が、キッドが敬意を表する際にする仕草を真似て、胸元に手を添える。
    最後まで背筋を伸ばして歩く婦人は、これから自首をしに行くのだという。
    彼の心に、忘れられない何かを残して行くのだと。

    「名探偵、俺の目的はこれでおおよそ達成されたも同然だ。
    今度は、名探偵の番。
    元の姿に戻ることが出来るまで、俺待ってるからさ。その時は返事、聞かせてくれよな」

    なにもうつさない、なにもかんじていない顔で、でも声色は震えている。そんなふうに言うことしか今はできなかった。
    ピンクの脳細胞を持っていても、まだろくに積めていない経験と、感情の昂りが暴れまわっている。

    悪女の極意とはこの事か。





    世界は平和になった。
    テロの首謀者が自首したことにより、他のテロリスト達もお縄につき、墨と炭の会社と組織は警察組織に叩かれた。

    獄中でテロリスト集団の主導者が亡くなったというニュースが駆け巡るよりも早く、紳士は焼かれた骨から頂戴した。

    彼は平穏無事な生活を手に入れたし、彼もまた平和な世を謳歌した。

    パンドラを砕いたその欠片。
    その成分を分析したところ、解毒薬に必要不可欠な成分が見つかり、彼は元の姿に戻ることが出来たのだ。そのおかげで黒の組織の壊滅には、多種多様な作戦が投入された。

    世界は平和になったのだ。


    「俺の名前は黒羽快斗!よろしくな!」
    「俺の名前は工藤新一。こちらこそ、よろしくな」


    今日から恥ずかしい、恋人同士。

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