夕飯編 2/18
「葵ちゃん、煉華ハンバーグが食べたい」

バイトから帰宅した葵が夕飯の準備をする為、エプロンを付けながら冷蔵庫の中身を確認していると、台所の向こうでフォークとスプーンを両手に装備した煉華が食べたい物をテーブルから催促して来る。

「今日はスーパーで安売りしてた細切れ豚と土門さんのお母さんに頂いた野菜で炒め物。」

煉華には目もくれずにセール品の豚肉と余った野菜の切れ端を取り出し、水洗いを終わらせた貰い物のキャベツ共々まな板に並べながら、葵は付け合せのスープは何がいいか煉華に聞いた。

「100歩譲ってお子様ランチでもいいよ?旗もちゃんと付けてね、煉華の憧れなの。」
「話聞きなよ子供舌。あんまり我儘言うとお子様ランチじゃなくて蛭湖が好きそうな渋い色使いの和食を詰め合わせただけのまったくワクワクしない大人様ランチを明日の夕飯に提供するよ?」
「大人様ランチって何!?それ逆に気になるんだけど!?……あ、蛭湖だ、おかえり〜。」

葵が煉華の我がままに付き合いながら切れ味の悪い包丁を若干イラつきながら研ぎ始めると今度は蛭湖が定刻通りに帰宅した。相変わらず時間に厳しい男だ。

「ねえお土産は?煉華プリンがいいな〜。」
「そんな物は無い。」
「えぇー!毎食後のデザートは煉華の数少ない1日の楽しみだよ!?どうしてそんな酷い事するの!?」
「そんな低レベルの酷い事なら紙に丸めて捨ててしまえ。」
「葵ちゃん!蛭湖が虐める!酷い!」

フォーク片手に猛抗議する煉華を無視して葵は蛭湖に話を振る。割といつもの事だ。

「おかえり蛭湖。ボクもさっき帰って来たばかりで夕飯まだ作れて無いから、先にお風呂済ませちゃって。」
「ねえ蛭湖聞いて!葵ちゃん意地悪なんだよ?煉華がハンバーグ食べたいって言ってるのに、今日は野菜炒めなんだって!」
「別にいいだろう、野菜はいいぞ。野菜の何がダメなんだ。」
「もっと言ってやってよ蛭湖。思い通りにならない時もあるっていい加減覚えてもらわないと。」
「いいか、ここはSODOMでもC-COM財団でも無いんだ。向こうでは騒げば欲しい物が何でも出てきただろうが、ここで騒いで出てくる物と言ったら近所からの冷たい視線とクレームと葵の説教だけだ。」
「何よ!蛭湖だって食べたいメニューある癖に!言うだけならタダだよ!?葵ちゃんが怖いから怖気付いてるの!?」
「いや別に怖いとかそう言う訳では……葵、実は私は芋の煮っころがしが…」
「黙れ。」

研ぎ終わった包丁がまな板に突き刺ささり、辺りが沈黙に包まれた。
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