「頼むから、言うこと聞いてくれんか。」

「こんなこと、言いたくないですけど、嫌です!」




よくある映画のワンシーン。
最終場面に差し掛かると、ヒロインと呼ばれるか弱い女の子は主人公の手によって安全な場所へと逃がされることが多い。
それは、主人公の決死の判断で。
命の危機が迫る中で彼が必死に彼女を助けるために考え出した案。
どうしても護りたい命の為に、彼らは命を投げ出すことも少なくはない。
けれど、ヒロインがそれをすんなり受け入れるかどうかは全くの別問題だ。
この手のクライマックスシーンを見ると、いつも思う。
女というのは、いかほどまでに人を愛すようにできているのだろうか、と。
例え彼の命を奪うことになろうとも、そこに留まることを選ぶ者もいる。
そういうヒロインは決まってこういうのだ、「死ぬときは一緒だ。」と。
その美的センスを一度、鼻で笑ったことがある。
溜まりきった空気が二つの小さな穴から抜ける僅かな音を聞いた彼は、こちらに目を向けて、ゆるゆると眉を潜めた。

「なんや、おもろいとこでもあったか。」

真島さんは脇に抱えたポップコーンを頬張りながらこちらに質問を投げる。
手袋をつけたままポップコーンを触って大丈夫なのだろうか、というような疑問は放っておいて。
先ほど浮かんだ感情を思ったまま、口にする。

「…どうして、彼女はそんなことを望むんでしょうね。」

彼一人で死にに行くという場面でない限り。
彼に生きる可能性が少しでもあるのなら、ヒロインのその行動は主人公の足を引っ張ってしまうのではないだろうか。

「私なら、すぐに逃げます。」

彼のことこそ案じるけれど、すぐに逃げる。
すぐに逃げることで、彼のための時間を少しでも作りたい。
…足手まといになるのは、苦痛でしかないから。

「…ま、これが女の本能っちゅーやつなんかもしれんな。」

それはつまり、私に女としての本能が備わっていないとでも言いたいのだろうか。
どこを見るわけでもなく、宙に焦点合わせる彼。
きっと目と反対方向にある脳の一部で、過去を旅しているのだろう。
自分には知ることも感じることも出来ない彼の過去に嫉妬しても仕方がない。
…まあ。
フィクションに思いを馳せたところで、どうにもならない。
そんな漠然とした思考を経て、彼の意見も聞かぬまま液晶の中で繰り広げられる物語の顛末に集中した。
結局、主人公は敵の親玉を道ずれに自爆した。
親の仇を取って、というヒロインの願いを叶えて、彼はこの世を去ったのだった。
たった一人、まだ幼いヒロインを残して。
それが良い結果だったのか、悪い結果なのか、分かるはずもなく。
たった一人この世に残されたヒロインを見て、無性に不安になった。
目の前に広がるフィクションが、ノンフィクションであるかのように、思えた。



「天下の、真島組ですよね、ここ…?」

西田さんが発した言葉の意味が、分からなかった。
何度か口の中で同じ言葉を繰り返してみたけれど、それでもさっぱり分からなかった。
真島組に、手出しする組があるなんて、思ってもいなかったから。
防犯カメラに映る、ミレニアムタワーを取り囲んだ真っ黒の集団。
エレベーターが真っ黒で敷き詰められているその状況からじわじわと彼らが上がってきているのが分かった。
真島組は、今、襲撃を受けている。
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