
微睡みから目を覚ますと、月明かりに照らされた真っ暗な自分の部屋が視界に映る。体の気だるさに加えて寝ぼけたままの頭で考えられたことは「いま何時だろう」ということのみだった。それを確かめるために目を瞑ったままベッドの上で手を滑らすと、私の手が見つけたのはスマホではなく、となりで眠っていた棘くんの手だった。
その手を辿って視線を上へ持ち上げると、そこには静かな寝息をたてて眠る棘くんの姿がみえた。手に触れたままのぬくもりは、幼さが残る顔つきに似合わない骨ばったかたちをしていて、眠りにつくまえ甘く優しく暴かれたことを思い出させる。つい先刻にみた、余裕のない表情が脳裏に浮かんで自然と気恥しさに胸が締め付けられた。
「………」
するとどうだろう。温もりを思い出した途端、彼との間にある隙間に寂しさを覚えた。わずか数十センチの距離をだったけれど、すぐにでもその空間を縮めるため半身を転がし寝返りをうつと、思ったよりも近くに到着してしまって慌てて起こさないように姿勢を治した。
近くに来るとさっきより鮮明に棘くんの顔が見える。寝ていることをいいことに、その輪郭からパーツまでをまじまじと眺めることにした。
目元まで伸ばされた色素の薄い髪、伏せられた長くて繊細な睫毛、筋の通った綺麗な鼻。それから最後は――呪印が刻まれた薄くて滑らかな口元。いつみても何回みても大好きな彼のかんばせ。それを上からじっくり視線で撫でて、わたしは目を瞑った。
いつも私を救ってくれて、愛してくれる大切なひと。今度は私がたくさん幸せを返したい。だから、いつか来るお別れのときまで。
「…ずっと一緒にいようね」
先程まで触れていた左手の小指に、自分の指をゆるりと絡める。いつも私を救ってくれて、愛してくれる大切なひとと密やかに指切りで交わした約束。これは声に出すつもりはなかったけれど、心の声が口から漏れ出ていた。同じ瞬間、おだやかな寝息をたてて眠っていた彼がもぞりと体を揺らす。まさか、起こしてしまった?
はっ、と閉じていた目をひらいて棘くんの方を見ると、ふたつの瞼がぴくぴくと動いて最後は薄目を開いた彼の視線とかち合った。
「た、かな……」
「ごめんね…起こしちゃったね」
「お…かか」
棘くんはまだ半分夢の中にいるようで、いつもよりもずっと蕩けた表情だ。薄く開かれた瞼から覗く今紫色の瞳。その双眸がしっかりと私の存在を確かめる。絡めていた指を解いて私の頭に手を滑らせると、口の端を緩やかに持ち上げて幸せそうに笑った。
「…しゃけ」
この肯定言語が何に対して充てられたのかが全くわからず、うーんとゆっくりまばたきをした後に気がついた。その意味が胸の中にすとんと落ちると、次第に身体の内側からぽかぽかと温かくなってきて、私は思わず棘くんの胸元に顔を埋めた。お揃いのルームウェアから香る柔軟剤と彼の匂いを肺に満たし、しっかりと筋肉のついた背中へ腕を回す。じわりと湧いてきた羞恥心をなんにも悪くない棘くんのせいにして、ぐりぐりと頭を押し付けた。
「起きてたなら…早く言ってよ、意地悪」
「…こーんーぶー」
まだ眠そうではあるけれど、声を弾ませて弁解を述べる棘くんがぎゅうと私を優しく包み込む。ああ、今日もこの温もりに生かされているんだなあ、と噛みしめながら、ふたりでクリーム色の夢の中へ溶けていった。