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「───やっと見つけた 」

帰宅途中、突然目の前に誰かが現れた。聞いたことない声だった。その一言は、あまりにも狂気に満ちていて底が知れなくて。思わず流れる冷や汗。鉛のように重くなった体に鞭を打ち、私は恐る恐る顔を見上げる。あ、と思った次の瞬間には、既に彼の腕の中にいた。そしてハンカチのようなものを押さえつけられ、強制的に何かを嗅がされる。

『敵連合のショート。正体不明のヴィラン。赤と白の髪、左側の火傷跡が特徴的で、デク・大爆殺神ダイナマイトと並び連合の中でも特に注意すべき危険人物の内の1人である。』

とある要注意人物リストの一節が走馬灯のように頭をよぎったのを最後に、私の意識は深く沈んでいき、やがて目の前が真っ黒になった。



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身体中が痛い。コンクリートのように硬いところで寝ているからだろうか。…いや、コンクリートの『ように』じゃない。実際に今私が寝ているのは───

「ようやくお目覚めか」

その声にハッとして勢いよく体を起こす。まだ覚醒しきっていない頭を何とか動かし、状況を把握しようとする。部屋の隅には、髪色と痣が特徴的な、例のヴィランが立っていた。一瞬目が合い、フッと不敵に微笑みかけられるが、すぐさま逸らす。あれは夢ではなかったのかと思いつつ辺りを見回す。部屋の内装から察するに、ここはどこかの廃ビルのようだ。見た限りでは彼以外の人は見当たらない。…これは、彼にここに連れ去られたということでいいのだろうか。

「俺のこと知ってるか?俺は敵連合のショート。この火傷跡はアイツらと同じ個性が憎くて……いや、これは余計か。」

あいつらとは、誰だろう。その前にどうして私は彼に拐われたのだろうか。私は無個性の上、特に重要な立場でもないただの一般人だ。敵連合に誘拐されるような覚えはない。それとも、一般人を人質にしたかった?

「なんで、って顔してるな。…風の噂で聞いたんだ。お前、あのクソ兄貴のお気に入りなんだろ?」

今頃血眼になって探してんだろうな。と言うと、いかにもヴィランらしくあくどい顔をして、くくと嘲笑う。
さっきからあいつとか兄貴とか何を訳の分からないことを言っているんだろう。けれどそれを尋ねる勇気は私にはない。怖い。早く帰りたい。荼毘さん。弔さん。誰か助けて。心の中で何度も叫ぶが、この声が誰かに届くことは無かった。

「見たところ無個性っていう特徴を除けば、ごく普通の女みてぇだが…」

彼のあの、底知れない闇を秘めた瞳が、私の頭の天辺から足の爪先までじろじろと見つめる。そして、彼は私の方へ歩み寄り始めた。コツコツ、という彼の足音がやけに大きく鳴り響き、全身を震わせる。私は無意識のうちに、座ったまま後ずさっていた。彼が1歩進めば、その分後ずさる。そうしている内にやがて私の背中にトンと壁がぶつかる。行き止まりだ。そして彼がついに私の目の前までたどり着くと、俯いたままの私の顔を伺うようにその場にしゃがみこむ。

「あのクソ兄貴はお前のどの辺が気に入ったんだ?」

なぁ、教えてくれよ。そう言って彼は至極楽しいといったふうに目を細める。私は恐怖で何一つ声を発することができなかった。無個性でなんの力もない私は、ただガタガタと身を震わせて固まることしか出来ないのだ。

…しばらくの間、静寂が続いた。

「……抵抗したら、凍らす」

沈黙を破った彼は、唐突にそんなことを言い出した。───刹那、片手で頬を挟まれ、無理やり顔を上に向かされる。そして、唇になにか柔らかいものが触れる。視界には、顔全体を確認できないくらい近くに彼がいて、彼の長いまつ毛がしっかりと確認できた。まさか、私は今、彼に口付けられて───?

「……目ぇ閉じろよ。慣れてねぇのか?」

彼の微かに掠れた声が唇に吹きかかって、ふるりと震える。抵抗すれば命はない、という先程の忠告が頭をよぎる。…私は死と隣り合わせのこの状態で、わけも分からずこの男に蹂躙されてしまうのか。しかし、他に選択肢はない。私は何も答えず、重たいまぶたを閉じた。

「いい子だ」

耳元で囁かれ、思わず吐息が漏れる。すると彼はそれを狙ってたかのように、僅かに開いた私の唇の間に舌を忍ばせた。私は驚いて開きそうになった目をぐっと閉じて堪える。ちゅく、といやらしく水音を立てて舌を絡められていく。私、なんでヴィランとこんなことしてるんだろう。せめてもの反抗として逃げるように舌を動かすも、逃がさないと言わんばかりにすぐに絡み取られてしまう。怖くて怖くて仕方ないはずなのに、快感を拾ってしまう自分が心底嫌になった。

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