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国名に夕焼けと名がつくだけあって、とても美しい夕焼け空を見た。何にも遮られず囚われずに浮かぶ、オレンジや藍色や紫と色とりどりな雲を乗せた、真っ赤な空のキャンバス。痛いくらいに眩しい夕陽は見ていると無性に泣きたくなる。
遠くから子どもの声が聞こえて、視線を向けると親子が買い物をしていた。
その親子も彼らのいる店も他の客も何もかもが、ともすれば世界中が真っ赤に染まっていた。
「……! いけない、帰らないと」
早く帰って夕飯の支度を、と件の親子が話しながら急ぎ足で店を去る。それを見届けてから、オルラもハッとして荷物を抱え直した。
この国の夕陽はどうしてこんなにも美しいのか。オルラが生まれた国と同じ空だとは思えない。
そりゃあ綺麗な夕焼けや星空を見たことはあるけれど、この国に至っては、オルラの見てきた中で最上級の夕焼けが毎日のように現れるのだ。
聳え立つ城門の前に姿勢良く立つ門番が、荷物を抱えながら駆け足気味で駆け寄るオルラを視界に捉えると訳知り顔で笑っていた。
オルラも眉を下げて笑い返し、足早にその場を去る。
オルラが夕焼けの草原に来てから一ヶ月が過ぎた。顔馴染みも増えてきたが、出身ではないこの国の気候や文化に慣れないことが多い。
腕時計で時間を確認すると、少し外に長居しすぎていた。頭の中でこの後の予定を組みながら、まずは買い物袋の中身を届けなければと厨房に向かった。
「オルラ〜!」
しかし、厨房へと向けられた足は3歩も進まずに止まることになる。
無邪気な声が広い廊下に響き、トタトタと可愛らしい足音まで聞こえては無視するわけにもいかない。
「下を見ないと転びますよ、チェカ様」
そもそも夕焼けの草原の国王のご子息であり王位継承権第一位の王子である貴きお方を無視するなんて、不敬で島流しにされてしまうのだが。
腰のあたりに思い切り抱きついてくるだろうその方を傷つけないように、そして買い物袋の中身を溢さないように。身構えながら振り向けば予想通りチェカが、眩しいくらいの笑みで飛びついてきた。
「おかえりオルラ! 待ってたんだよ!」
「お出迎えありがとうございます。何かありましたか?」
「部屋についてからのお楽しみ!」
目的地である厨房とは異なる方向へグイグイと腕を引っ張られ、荷物をどうしようか困りながらも流されるまま足を運ぶと遅れてやってきたチェカの執事が横から手を伸ばしてきた。
代わりにお願いしますね、とチェカを任されたオルラは不器用な笑みで頷いた。オルラはこの城で、チェカのお世話係として働いている。
「今日はテストで100点とれたんだよ! たくさん丸つけてもらったの!」
「それは素晴らしいですね。ザシャ殿もお喜びになられたでしょう」
「うん! ザシャにもいっぱい褒められたんだっ」
ザシャというのはチェカの付き人、執事である獣人で、先ほどオルラの荷物を代わって運んでくれた人物だ。
今まで一人でチェカの世話をしてきたものの、彼自身が高齢ということもあり補助でもなんでもいいからと働き手を探していた。そこにオルラが収まった。この国に来たばかりのオルラが。
自分がチェカの母親ならばこんな得体の知れない人物を側に置くなんて真似は絶対にしないとオルラは思う。のに、現実はそのチェカの両親直々に世話係を頼まれた。
一ヶ月経っても彼らが何を考えているのか、オルラには分からない。チェカもザシャも、両親であり現在この国を治めているファレナもその妃も、誰も彼も。
そも、彼らのような権力のある者の思考など、オルラの人生で理解できたことは一度もなかった。
「じゃじゃーん! オルラと僕を描いたの!」
部屋にたどり着いたチェカが机の上に置いてあった紙を笑顔と共に見せてきた。絵の中のオルラは今のチェカに劣らない笑顔で描かれていたため彼女は少したじろいだ。
チェカの目に自分はこんな風に映っているのだろうか。それとももっと笑えという願望だろうか。
そう思って表情が固まる。それでもすぐに口角を上げ、視線を絵からチェカに移した。
「ありがとうございます、チェカ様。嬉しいです」
オルラはチェカが苦手だ。
「僕とオルラで手を繋いで町を歩いてるんだ。こっちがお城で、こっちがお店!」
ひとつひとつ指をさしてする説明に頷き相槌を打つ。オルラの指よりも小さくやわこいそれは正真正銘無垢な子どものものだ。
大多数の人間はそれらに嫌悪感を抱くことはないだろう。
チェカが苦手というよりも、貴族が嫌いと言った方が正しい。オルラは貴族や金持ち、権力者が嫌いだ。王族のチェカも無論含まれている。
ならば何故こんなところで働いているのか、話せば長くなるのだが。今のところ貴族嫌い以外の不満はないため、オルラは今日もチェカの世話を焼いている。
「……明日は城下へ降りられますからね。よろしければこの絵のように手を繋ぎ、絵に合う額縁を買いに行きませんか」
「うんっ! 約束ね、オルラ!」
それでもチェカへ優しく接するのは次期国王へおもねりへつらっている訳ではなく、ただどこまでも純心な彼に絆されているのだった。
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