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「調子、良くなったんだね」

 昼休み、教室内。
 隣の席の山崎が、弁当の卵焼きを頬張っているイトに声をかけた。

「なにが?」
「ちょっと前まで隈が酷かったから。顔色も悪かったし」

 2袋目のあんパンにかじりつきながら何でもない風に言う。イトは咀嚼しながら、山崎のくせに、と心の中で毒づいた。

「お前ホントデリカシーねーアルな」
「そうよ、レディに失礼よ。気にしなくていいからね、イトさん」
「そういうの気付いてても言わないのが普通アル。信じらんねー。これだからジミーは……」
「えっ何この空気。俺なんか変な事言った?」
「後でお前んとこの部長に告げ口しとくからな。イトにセクハラしてたって、ボコボコにされればいいネ」
「セクハラッ!? うそ、何でェ!?」 
「そんなことまで言わせる気ですか? 幻滅しました死んでください」

 イトと一緒に弁当を囲んでいた神楽とお妙の冷ややかな視線を浴びた山崎は、人のことを言えないくらいに顔色を悪くしている。
 女子二人に詰められている姿は可哀そうにも思えたが、山崎だしな、とイトは止まっていた箸を動かした。そもそも、イトも二人が何故ここまで怒っているのか分からない。

「オレを呼びましたかお妙さん!?」
「呼んでねぇよすっこんでろ。飯が不味くなるだろうが」
「お弁当が不味かったんですね! でしたら勲特性、愛情たっぷり愛夫弁当がここに!」
「すっこんでろって言ってんだろうがァァァ!!」

 桜でんぷで作られたハートの弁当が宙を舞う。ゴリラも舞う。彼らは空いていた教室の窓から飛んで行ってしまった。

「ここ3階ーーッッッ!!」

 山崎が教室から去った。慌ただしい光景は、Z組では日常茶飯事のため教室内の生徒は然程気に留めていなかった。

 パン、とお妙が掌を払う。一仕事終えた彼女はスッキリとした笑顔を携えていて、神楽も満足そうに瓶底眼鏡を光らせた。

「これで静かになったわね」
「ありがとう、お妙。神楽も何か、怒ってくれて」
「あったりまえネ! 痛みも何も分からない奴が、レディースデーについて口挟むなんて許せないアル!」

 レディースデー。成程合点がいったと、イトは思わず大きく頷いた。

「でも、今回のは酷そうだったわ。地味埼じゃないけど顔色悪かったし、授業中も良く寝てたわよね」

 地味埼とは、言わずもがな山埼のことである。

「薬は飲んでる? 市販薬でもいろんな種類あるから、試してみるといいわよ」
「冷やすのは良くないってマミーが言ってたアル。腹巻でも買うヨロシ」
「ん、そうだね。ありがとう」

 女子の会話とは移りゆくもの。イトが微笑んで礼を言えば、すぐに別の話題に切り替わった。

 レディースデーによる不調だと思われている。それは都合が良いようなそうでもないような。不調であることは気が付かれていたのだ。心配されるのは居心地が悪くなるので、つとめていつも通りを振る舞っていたのに。
 銀八が勘付いたのは前世の記憶がある分、様子を窺われていたのだろうと思っていたのだが、クラスメイトまでとは。失敗したな、と最後に残しておいたミニトマトを口に放った。

 夢を見る頻度が変わった。体調が戻ってきた理由はそれしか考えられない。毎日のように見ていた藤の花の夢は、いつの間にか週に一度だけとなっていた。
 喜ばしい限りである。睡眠時間が確保できると身体の疲労感はどんどんなくなり、精神的にも余裕が出てきた。
 皆に気付かれるくらいなのだし、イトに自覚はなくともギリギリだったのかもしれない。どのくらいの期間レディースデーだと思われていたのかは定かではないが、銀八ほど勘繰ってくる様子がないことに安堵した。


「かぐや様」

 藤の花に埋もれた屋敷で出会った少年、耀哉はイトをそう呼んだ。必ず満月の夜に現れるから、と彼は言う。
 最初はギョッとして、そんな大層な人物ではないと言ったものの、耀哉が嬉々としてそう呼ぶからイトは渋々受け入れている。

 耀哉と夢の中で会ってからもう、一ヶ月が経っている。イトは週に一度だが、耀哉からすると満月の日……一月に一度、イトが現れるのだという。
 夢の中なのに、不思議な話だ。夢の中だから、だろうか。

「イトちゃん、ちょっと、聞いてる?」

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