リタくんがサイキくんに料理の腕を振るう話
「サイキさん!!これで飯作って!!」
サイキさんの家に転がり込み、両手に抱え込んで持ってきた大量の食材をキッチンに置くと、サイキさんは読んでいた本を静かに閉じて目を伏せ、はあ、と大きなため息をついた。
「...また?」
「だって、サイキさんの料理美味いから」
本当は、こうやって1人では食べ切れない分の食材を持っていくことで、サイキさんにも飯を食わせる作戦だ。食材を残して破棄するということを嫌うサイキさんには、どんなに口酸っぱく飯を食えと言うよりも、これが一番効いている。
「お前さ、俺の労力も少しは考えろよな...」
だるそうに机に突っ伏しながら、「まあ食材は、美味しそうだけど」と小さくフォローを入れるサイキさんに思わず頬が緩んだ。
でも、確かにサイキさんの言う通りだ。
「分かりました、サイキさん。今日は俺が作ります」
「はあ?」
お前、作れんの?とでも言いたげな、疑念の眼差しが俺をつつく。
「屋敷でもお前が料理してたとこなんて見たことないけど」
「はは...まぁ確かに料理したことはないんですけど、サイキさんのいつも見てるし、オアシスでもみんなが作ってたの見てたし。いける気がする」
「いける気がするって...」
「いいから、サイキさんは休んでてください!」
サイキさんが言葉を言い終わらないうちに、俺は腕を捲って気合を入れる。
持ち込んだ食材から卵を探し出し、手に持ってボウルに割ろうとすると、いつの間に席を立ったサイキさんが俺の肩に顎を預けて覗いてきた。突然詰められた距離に、微かに香る彼の香りにドキドキしてしまう。
「ちょっ、サイキさん」
「いいから。見張ってるだけ」
有無を言わさないサイキさんの物言いに、抵抗を諦め、台の角で卵をコンコン、と叩く。緊張してしまって、指に力が入ってしまう。ボウルに卵を割ると、殻が盛大に割れて、ボウルに落とされた卵と殻が混ざってしまった。
「へったくそ」
くす、とサイキさんが俺の肩の上で笑う。
「サイキさんが、プレッシャーかけるから...」
「卵割るのにプレッシャーもクソもないでしょ」
かっこ悪いところを見せてしまい、恥ずかしさを隠そうと述べた言い訳を即座に切り捨てられてしゅんとする。ボウルに混ざった殻をどうしようかと思案すると、サイキさんが殻を持ったままの俺の手を包み込むように握った。
「サイキさん?」
また心臓が騒ぎ始める。
「殻が混ざった時は、残ってる殻をスプーンみたいにして掬ってやるとすぐ取れる。ほら」
俺の気持ちも知らないで、涼しい顔をしたサイキさんが肩越しに言って、分かった?と見上げてきた。俺の方が背が高いから必然的に上目遣いになっている。俺は頷くことで精いっぱいだ。
「じゃあ、2個目割ってみ」
ゆるりと細められる彼の瞳が、俺には眩しい。
散々だった。
2個目の卵も華麗に粉砕し、砂糖と塩を間違えそうになったところをサイキさんに止められ、卵を焼く瞬間には火が強すぎると注意された。綺麗な形でご飯に乗せるつもりだった卵はボロボロになり、今、俺たちの前には千切れた、そして少し焦げて茶色くなった卵が乗せられた、残念なオムライスが2人前、ある。ちなみにチキンライスとサラダは、俺が卵と格闘している間にサイキさんが手早く作った。
「結局、俺の作業量の方が多かったな」
返す言葉もない。
「こんなに...料理が大変だなんて」
目の前に置いてあるオムライスも、こんなボロボロの卵を纏ったんじゃ可哀想だ。綺麗な卵のドレスを着せてやりたかったのに、ごめんな。
「まあ俺は、面白いもん見られたから良かったけど」
スプーンを手に持ったサイキさんが悪戯っぽく笑う。
「ほら、冷めるから食べよ。いただきます」
「...いただきます」
食事の挨拶をして、スプーンを口に運んだサイキさんをまじまじと見つめる。卵に殻が混ざってないかな。砂糖と塩は、サイキさんが気づいてくれたから大丈夫なはずだけど。
自分が作った料理を誰かが食べるのを見るのは、落ち着かない。
「ん、美味い」
サイキさんが小さく目を見開いて俺を見た。
「ほ、ほんとですか」
安堵して身を乗り出せば、彼の瞳がまた意地悪な光を帯びる。
「ほぼ、俺のチキンライスの賜物だけど」
がっくりとしてまた椅子に身を預けると、くすくすとサイキさんは肩を揺らす。
「冗談だよ、本当に美味い」
そう言う彼に疑わしげな視線を送りながら、自分もスプーンでオムライスを掬って口に運ぶ。口の中で、トマトの酸味と柔らかくて優しい卵の味が溶け合った。
「!」
美味しい、と思わず見開いた俺に、サイキさんが優しい表情を浮かべる。ああ、この時間が永遠に続けばいいのに、と思ってしまう。
「言ったっけ?俺、オムライス好きなの」
そう言いながら目を伏せた彼の口に運ばれるオムライスを何となく見つめる。彼の口からちらりと覗いた牙に、情欲を覚えてしまい目をそらす。
「知ってますよ。だから今日、作ろうと思ったんですけど」
思ったようにいかなかった、と落ち込む。味は美味いけど、それはサイキさんの監督と手助けがあったからだし。
「最初はそんなもんじゃない?俺も別に始めから作れたわけじゃないし」
やはり好物は食が進むのだろうか、いつもより彼の食事のペースが早い気がする。
「わざわざ俺の好物作ろうとしたその気持ちは、ありがたく受け取ったよ」
「うっ...サイキさん〜〜〜」
彼の優しい言葉に泣きつくと、彼はうざったそうに身を捩る。こんなに穏やかな時間なのに、誰か一人でも彼を求める人がいれば、彼はまた危険な場所へ行ってしまうのだろう。
生と死が隣り合わせのこの日々は、彼が英雄である限り永遠に続いていく。もう止めて、行かないで、そう願っても彼はどこまでも進んで行くのだろう。俺はまだ、それを止めるだけの力がない。
けれど今はせめて、この柔らかな時間が少しでも長く続きますように。