始まりはただ、和やかに

「シエテさんに問題です」
「うん?」
「これなーんだ」
 なまえが後ろ手に持っていたものを彼に見せるよう片手でに目の前に掲げる。見知ったそれに目を瞬かせながら、シエテは「七星剣、だね」と名を呼ぶ。
 なまえはそれを聞いて笑顔でウンウンと頷きながら、片手で持っていたそれを地面へ突き立てる。
 そうしてまた、間片手を後方へと戻す。
「じゃあこれは?」
「七星剣だね」
 言葉とともに見せられたのは、一度も使われた形跡のない真新しさを持った同じ剣だ。先ほどのものと比べると輝きが違う。未だ使われることのないそれは、早く使ってくれと言わんばかりの輝きを秘めている。
 ただ、シエテは彼女のこの行動に理解が追いつかない。彼女が自分に見せているのは確かに七星剣だ。疑問に思っている彼をよそに、なまえは笑顔を継続したまま、先ほどと同じようにその剣を地面に突き立てる。そうしてまた、空いた片手を体の後ろへ持っていく。
 彼女が何を考えているのかはわからないが、嫌な予感だけはしっかりと感じ取れる。
「それじゃあこれはー?」
「……七星剣、だね……ちょっ、待って! なまえちゃ?ん? もしかして……」
 顔色を変えたシエテを見て、なまえは「ん」と満足そうに笑う。笑う。笑顔のまま、最後の一本を他と同じく地面に突き立てた。
 普段もよく笑う彼女だが、今回はいつものそれとはまた違う。邪悪とまではいかないが、どこか不穏な空気を孕んだその表情に嫌な予感は加速する。
 ……どころか、もはや結論に直結してしまった。
「砕きまーす」
「ちょっ、ちょっとちょっと! 待って!」
 シエテは言いながら七星剣を庇うように、慌てて彼女と剣の間に割って入る。シエテの剣幕に最初は驚いたように目を瞬かせるなまえであったが、理解できないというように小首を傾げる。
 砕く――即ち武器をエレメントに変換する、その行為は今までに幾度となく繰り返してきたことだ。武器の上限解放に必要だと、山のようにあった剣をエレメント化してきて今がある。
 今更何をと思わないでもないが、なまえも彼のその行動の理由は理解できた。理解はできるがそれよりももっと大切なことがあると思う。たぶん。
「あのですね……銀の依代を完成させるには、この七星剣を砕いて手に入る天星の欠片が要るんですって」
「それはわかってるよ。けど――」
「けども何も、強くなりたいか聞いてきたのも、素材について教えてくれたのも、シエテさんじゃないですか」
 このために手持ち在庫がほぼないに等しいヒヒイロカネを団長であるジータに土下座の勢いで譲り受け、七星剣を二本追加で完成させ、銀の依代のために一個確保しているのだ。
 今更、やっぱりやめては聞けない相談だとなまえは切り捨てる。以前はゆっくりと進めていた天星器の強化も、二本目三本目ともなれば手馴れたもので、サクッと仕上げることができたことはもう褒めて欲しいところだとなまえは半眼で訴える。
 全てを砕くわけではない。一本は残すのだから文句を言われてもやめる気はない。
「そう、だけど」
「選んでいいですよ。どれから砕きます?」
「俺たちの思い出のこの子だけは……!」
「じゃあそれからにしましょう」
 振り返って縋るように一本の七星剣に抱きつくシエテを横目に、なまえは淡々と宣告を下す。もちろん、彼女にだって思うところはあるので本気でそうするつもりはない。ただ、シエテの反応が彼女を突き動かしているにすぎない。
 彼も彼女のそう言うところは分かっているので、態とらしくもその態度をやめない。あまりにすぎるので思い出補正を抜きにしてもそれを砕いてしまうほどには。
 そもそも、初めから思い出を犠牲にするつもりならばわざわざヒヒイロカネを大量に用意する必要などなかった。それでもそうして乗り越えたからこその今だ。
「冗談ですよ邪魔なんで早くどいて下さい」
「でも、君は他の子たちをエレメントにするつもりだろう?」
「強くなるための犠牲です」
「まって! 剣拓取るから」
「もう持ってるでしょ待ちませんよ」
 あああ、なまえちゃん! と言う彼の悲痛な叫びを無視し、なまえは突き立てた一本を手に取る。エレメント化など慣れたもので、さっくりと剣だったそれは大量の剣エレメントとその他の素材へと変えられる。
 そうしてようやく、銀の依代を完成するに至った。
「あとはこれをまた砕くんでしたね?」
「……うん、ソウネ」
 明らかにテンションを下げているシエテを尻目に、なまえは淡々と作業をこなしていく。これを乗り越えれば、私は、彼は、もっと強くなれる。その筈だ。そう思っての行為。必要なものは全て揃えている。
「でき、た……」
「うん、おめでとう。なまえ」
「……なんとなく不穏ですね」
「まあほら、俺も思うところはあるからね」
 こうして、彼女はついに高みへと登る一歩を踏み出した。さらなる困難が待ち受けていることを、二人はまだ知らない。
 今はただ、達成感に酔いしれるのみだ。なまえがジータに、そしてシエテに相談を持ちかけるのは、この数日後のことだった。