恋人ではあるものの、どうにも同性の友人関係の延長にしか思えない時がある。なんて考えながら、なまえは目の前の男を眺める。
にこにこと笑みを浮かべる長身の男は、長い手足を小さくたたみ、指は小指が立ちそうな仕草で「あら?」と呟いた。
「なまえちゃん、そんな色のリップ持ってたかしらァ〜?」
「さすが嵐。よく見てるね。これは貰ったんだよね」
「貰ったって……誰に?」
「ええと……あ、嵐も知ってるや。前スタジオ一緒だった人で」
度々撮影が重なる二つ上の男性モデルの顔を思い出しながら、なまえは嵐に説明をする。
曰く、今日の撮影で「きっと似合う」と手渡され、とりあえずつける流れになったらしい。説明を続けるうちに表情を曇らせる嵐に、これはまずいことをしたのではないかとようやく気付いたなまえは、面倒なことになる前に何とかせねばと胸中で決意を固める。
元々、貰い物は一度は身に付けるようにしているしその辺りに頓着しない性格もあってこうして彼の表情を曇らせてしまう。
お互いにそういう性格だとわかってはいても、気になってしまったらもうどうしようもない。
嵐はこういうことを気にする自分が女々しいと思っているし、なまえは自分が何も考えずに彼に不快感を与えていることを気にしている。だからと言って性格はすぐには直せないのが厄介なところであった。
「ごめんね、嵐」
「いいのよ。なまえちゃんが悪いわけじゃないもの」
「いや、私が悪いでしょ」
「いいえ。身の程を知らない虫が悪いわ」
「虫て」
憎々しげに吐き出された言葉に、なまえは思わず笑ってしまった。笑いどころではないのはわかっていたが、彼の表情があまりにも苦々しいものだからついうっかりだ。
そうしたら今度は怒りの矛先がなまえに向いてしまったようで、嵐はムッと表情を変えてなまえに詰め寄る。
「そもそも! なまえちゃんは隙を見せすぎなのよォっ!」
「そうかなあ?」
「そうなの! アタシというものがありながら……っ!」
お説教コースの気配を感じたなまえは、「うーん」と少しだけ悩んで、思いついたように手を打ち鳴らした。
今こそ、このリップを貰った時に思ったことを口にするべきだろう。
そんななまえの心中など知りもしない嵐は、話を聞いて居ないなまえに詰め寄るように一歩前に出た。
「ちょっとォ〜! なまえちゃん、聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる」
「じゃあ、」
「ね。嵐」
さらなる文句を口にしようとした嵐の襟元をぐっと掴み、なまえはその綺麗な顔を引き寄せる。本来ならば女である彼女の力に負けることなどない嵐だが、不意打ちには勝てない。
あっさりと体勢を崩し、互いの唇を重ね合わせることとなった。
重ねて離れる。かと思えば深く口付けられる。互いの息が交じり合い、呼吸を奪い合うように口づけを交わす。まるでドラマのワンシーンのようなそれは、なまえによって始められて、なまえによって唐突に終わりを迎えた。
ちゅ、という軽いリップ音を立てて離れた唇を、名残惜しそうに見つめる嵐に、なまえは唇に乗ったどちらとも知れぬ唾液を指先で軽く拭いながら笑う。
「うん。やっぱり嵐にこの色、似合うね」
「……綺麗についてないじゃない」
なまえがあまりにも当然のように、綺麗な笑みを浮かべるものだから、嵐は照れを誤魔化すように片手で唇を覆い隠しながら文句を口にする。
見えずとも、唇を尖らせているのがありありとわかるようなその声に愛しさを覚えたなまえは、勢いよく彼に抱きつきながら「可愛い」と笑う。
これ、よかったら。と自分に差し出されたリップの色を見たとき、なまえの頭に真っ先に浮かんだのは嵐の顔だ。格好良い中に可愛さを持った彼に似合いそうだと、一目見て思った。
実際、ちゃんと塗ったわけでもないのに少し斑らになっているその色は、彼の唇に映えている。
「塗ってあげようか?」
「なまえちゃんが?」
「そ。私が。こうやって」
トントン。と、自らの唇を指差して片目を瞑るなまえに、嵐は目眩を覚える。可愛いくせに格好良い自らの恋人が、もっともっと好きになるような感覚。
照れを隠すように、嵐はあえて半眼でなまえを見遣る。
「イヤよォ〜。他の男から貰ったものなんて」
「じゃあ、私が見繕ってあげる。今度買いに行こ?」
「デートね?」
「そ。デート。私と嵐のためだけの時間」
緩やかに弧を描く唇が、嬉しそうに細められたその瞳が、輝きを放っているように美しい。
いつにしようか? と、おもむろに手帳を取り出すなまえにつられ、嵐も真剣に自分のスケジュールを確認する。思わぬところで生まれた約束は、それだけで重く沈んだ嵐の心を浮上させる。
「もうっ! なまえちゃんってばずるいわァ〜」
「ん?」
「アタシのコト、簡単に振り回すんだからっ」
「いやいや」
それは嵐も一緒でしょ。なんて困ったように彼女が笑うものだから、嵐もこみ上げる感情をそのままになまえを抱きしめる。
うわっ、と驚いたように上がった声を無視して、腕の中の愛しい温もりを嵐は目を閉じて噛みしめる。
ためらいがちに背中に回された手で、ポンポンと子供をあやすように背中を撫でられれば、これはもう敵わないと諦める他ない。どうしたって、嵐はなまえが好きなのだ。
「ね、なまえちゃん」
「うん」
「アタシね、なまえちゃんのこと」
「私、嵐のことが大好きだな」
「ちょっとォ〜! 最後まで言わせて頂戴よォ」
ベリッと引き剥がすようになまえの肩を掴んで少しだけ距離を開けた嵐に、なまえが笑う。
そういうところが好きなんだよなあ。可愛いなあ。なんて、プリプリと怒ったように文句を並べる嵐になまえはしみじみと思う。
可愛らしい恋人の、可愛らしいと文句を聞き流しながら、なまえはまた、愛しさを募らせるのであった。