「ねえ一、一のところの部長さん超かっこよくない?」
「新名部長のこと? なに急に」
「新名さんっていうんだ……」
うっとりと目を細めながらそう呟く姉の姿に、一は嫌な予感をひしひしと感じていた。というのも、こういう状態の彼女は手に負えないのである。
また理にかなわないわがままを口にしてはほぼ無理やり、実行してしまうのだろう。それが分かっているからこそ、赤河田学園中等部一年、佐々木一は切に願う。「新名部長、逃げてください」
「もうね、これは運命。運命なの。運命的な出会いを果たしたの。こう、二人を赤い糸が結んでるわけ」
「そういう曲、確かあったよね」
「よく知ってるね、一。世代じゃないのに」
「それは姉さんもだろ」
「まあ友達があのバンド好きだからね」
「コアだね」
いわゆるビジュアル系と呼ばれるバンドを思い返しながら、一はしみじみと呟く。
しかしあの曲、確かタイトルからしてアレだったような気がするのだがもちろん知っててそれを口にしたのだろうか。そうだとしたら皮肉が効いていて我が姉ながら感心してしまう。
などと、彼がぼんやりと考えていたら急に両肩をが知りと掴まれて現実へと引き戻される。
「たった今クイズに興味が湧いたので新名さんを紹介して」
「不純すぎるだろ」
「不純でもなんでもいいから! 一、一生のお願い! 新名さんとの接点が欲しいの!」
「姉さんこれで何度目の一生だよ……もー……新名部長に迷惑かけないで欲しいんだけど」
「迷惑なんてかけないよ」
接点を作れというお願い自体が既に迷惑なんだと言い返したい気持ちになったが、姉にそれを言ったところで馬の耳に念仏、暖簾に腕押しだ。いっそ好きにさせておけばお手伝い料としていろいろともらえる。つまりは新名を売るわけではないが、一は現在欲しいものがたくさんあった。ただそれだけだ。
そもそも姉に弱い彼はそう言ったリターンがなかったとしても協力してしまうのだろう。よく言えば姉弟愛。悪く言えばシスコンにブラコンだ。
大きなため息をつきながら、初めは自分の携帯を手に取り、操作を開始する。
「じゃあ何、姉さんクイズに興味あるんだね?」
「うん。お姉ちゃんクイズに興味津々。でも初めて触れるものだし弟だけじゃ心許ないの」
「はぁ……それじゃあ今度部活が休みの日だから……来週かな。日曜でいい?」
「オッケー! バイト入れてないしその日でお願い」
「姉さんの学校クイ研あるだろ」
「初心者すぎて部活は怖い」
「ああそう」
新名部長、本当にすみません。姉の勢いに負けました。そんなことを思いながら、一は新名へ連絡を入れる。程なくして了解の意を示す返信があり、残念ながら順調に、事が進んで言ってしまう。
……姉の暴走を見張るため、自らもその場に立たねばならない現実に気落ちしながらも一はすでに翌日の部活動の時間が少しだけ、憂鬱に思えた。
***
「部長、本当にすみません」
「いいよいいよ。もう何度もそれ聞いたし。お姉さんなんだろ? 逆に俺なんかでいいのかな?」
「ぶっ、部長なら初心者にもわかりやすく優しい解説をしてくれますし」
「ハハッ、なんだか照れるなあ……お姉さんって学校どこ?」
まあ、この質問は来るだろうと一も予測していた。姉に関する情報は何ひとつないまま、最後まで突き通せるはずもない。
ちなみに現在は新名のありがたい申し出により、佐々木家へお招き、ということになっている。決まった瞬間の姉の様子を思うと胃が痛くなる。どうか問題だけは起こさないで欲しい。
「麻ヶ丘です……」
「えっ!? それなら俺じゃなくて苑原嬢とかの方が良かったんじゃないか!?」
「俺もそう思うんですが、姉曰く"いきなり部活動は初心者すぎて怖い"とのことです」
「ははぁー。なるほどな。何年だっけ?」
「一年生ですね」
話しているうちに自宅が近くなる。足に鉛でもつけているかのような重さを感じるほどに憂鬱ではあるが、ここまで来たのならば腹をくくるしかない。
初めは、もう何度目になるかわからない謝罪、「新名部長、すみません」を胸の内で唱え、自宅の門をくぐった。
「ただいま」
「お帰り、一。新名さん、本日は私の我儘におつきあいいただきありがとうございます」
「いや、気にしなくて構わないよ。クイズに興味を持ってもらえたってだけで嬉しいし」
そう言って笑う新名の姿に、もはやそれだけで感極まって叫び出したい気持ちを抑えながら、なまえは「ありがとうございます」と返す。
それを横目に、一は茶番じみたその応対に鳥肌すらたつ。完全なる猫かぶり。外行。今日一日はまずこれに耐えねばならないのかというさらなる憂鬱。しかし言ったところで何も始まらない。どうぞ。と客人を案内し、自らの部屋へと向かう。
それを追うように、ちゃっかりとお茶と歌詞を持った姉がついてくる。いつの間に用意したんだというツッコミを入れる元気すら、一には残されていなかった。
部屋に着くなりテーブルを囲んで、改めて自己紹介から、という流れになった。
「初めまして。麻ヶ丘高校一年、佐々木なまえです」
「赤河田三年、新名です。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします」
「佐々木さんはクイズ初めてなんだっけ?」
「あ、そうです。テレビで見てかっこいいなーっておもって」
嘘つけ。そんな一の視線は華麗にスルーして、なまえは綺麗に笑みを作る。少なくとも、彼女がかっこいいと思ったのは目の前にいる新名匠であり、他の何者でもないだろう。
しかし新名がそれを知るはずもなく、言葉を額面通り受け取って嬉しそうにしている。
ここで、なまえのフォローを入れるならば彼女の言葉が全くの嘘というわけでもない。弟が真剣に取り組んでいるクイズというものに興味はあったし、機会があるならば触れたいと思っていた。それこそ一の知るところではないのだが。
「早押し機を用意できたら、実際に触れてもらって……ってのができるんだけど流石にアレは簡単に持ち出せないからね。悪いけど気分だけで我慢してくれるかな?」
「もちろんです!」
こうして始まったクイズの簡単な説明会。ベタ問の説明の時にはがっかりされるのではないかと眉を下げていた新名だが、それすらも感動したと言わんばかりに相槌を打つ少女にすぐに穏やかな笑みに戻る。
一通りの説明を終えた後、新名がポツリと呟く。
「やっぱり興味あるならクイ研覗くのもありじゃないかな? なんなら苑原嬢には俺から添えておくし」
「苑原さん、ですか?」
そういえば、部活勧誘の時にやたら迫力のある美人さんがいたなあ。と思い浮かべたなまえだが、やけに親しげな彼の口調が少しだけ気になる。
それはまあ、同じ部活だし接点もあるだろう。ただ、女の勘というのだろうか。なまえは、わずかに目を細めて観察するように新名を見る。
そんななまえの変化に当然一は気づく。そして滝のような冷や汗が背中を伝うのを感じた。どう考えてもこの姉は良からぬことを考えている。せめて失礼のないよう祈るしかないのだが、できることなら今すぐこの場をお開きにしてしまいたい。
「仲がいいんですね」
「まあ、同じ部活だし部長同士だし」
「本当にそれだけなんですかねえ」
「姉さん!」
あくまでも表面上はからかうような声色。しかし一にはわかる。姉の背後に嫉妬の炎がゆらめいているのが。
そもそも、顔が好き。だとか、少し気になる。だとか、その程度の興味かと思いきや、何やら真剣だったらしい。そうでなくては流石の姉もここまでにはならないだろう。
故に、ここで全てを断ち切らなくてはいけない。この微妙な空気と、余計な話と、このクイズ説明会をだ。
「に、新名部長。そろそろお時間では?」
「ん? ああ、いい時間だね」
名前からの質問攻めが始まるよりも早く、それを回避することに成功した。ほっと胸をなでおろしたのは男二人だ。同じように安堵を覚えながらも互いに抱いている思いは違うのだが。
残念です。というなまえの言葉に薄ら寒いものを覚えながらも、一は新名を見送るべく靴を履く。せめて駅までの間に弁解やら謝罪やらを済ませねばならない。
「新名さん、今日はありがとうございました」
「いや、俺も楽しかったし。もしまた何かあったら声かけてよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
「部長、送ります」
「悪いな」
軽い挨拶を交わし、新名を見送る。なまえが妥当苑原を胸に誓い、一は道中ひたすらに謝罪しっぱなしであったことはもはや言うまでもないだろう。