嵐はいつだって突然訪れるものだ。本日黒尾鉄朗はしみじみとそう思うこととなった。
「研磨っ! 鉄朗かして!」
そんな言葉とともに慌しく体育館に駆け込んできた少女は、その場にいる誰の言葉も聞くことなくバレー部主将である黒尾鉄朗の元へ向かい、その腕を掴んで引きずるように消えていった。
答えを聞く気もないくせにいちいち断るな。と小さく漏らした彼の言葉に、その場にいたバレー部の面々は苦笑を漏らしていた。
脚に力を込めてしまえば簡単に彼女の動きを止められる黒尾だが、その剣幕に押され、諦めたようにそれに従い連れられるまま、人気のない場所へと連れ出されることにした。
――これが初めてというわけではない。かといって、そう頻繁にあることでもないのだが。
音で表すならば「ズンズン」といったところだろうか。気迫のこもった歩みで目的の地にたどり着いた彼女は、大きく息を吸う。自らを落ち着けるためか一拍置いてから黒尾に一言、言葉を投げた。
「フられた」
「……あの野球部か?」
「ちーがーいーまーすー! 陸上部ですー!」
別に誰にフラられようと大した興味を持てない黒尾は、とりあえずその場しのぎで「ああ」と答えた。
そもそも、この幼馴染は何を思って毎度毎度自分に失恋報告をしてくるのだろうか。幼馴染であれば研磨だってそうだし、そもそも友人に話せばいい話だ。それだというのに毎度毎度、フラれた直後に部活まで乗り込んでくるのは少々困ったものだ。
……とはいえ、彼女も時と場合を選んではいるようで、それが試合前に重なれば部活中ではなく、部活後を狙ってやってくるのだが。
「あー、ハイハイ。陸上部ね」
で? と言わなかった自分を、誰か褒めて欲しい。そう思うほどには、黒尾にとってなまえが誰に告白してフられたかという話の重要度は低かった。……それを口に出そうものなら、マシンガンの如き言葉が自分にぶつかり続けること間違いなしだろう。
もはや長年の慣れである。黒尾は彼女にばれないようにひっそりとため息をつき、今にも泣き出してしまいそうな顔をしているなまえを見つめる。
見た目は悪くない。性格も、悪いやつではないのだがサバサバとしていてはっきりとした物言いを好む。おまけに守られるよりも守ってやると言わんばかりで、少なくとも"守りたくなるようなか弱い女子"とはかけ離れてしまっている。
さらに残念なことに彼女のすきになる相手は大抵その"守りたくなるようなか弱い女子"が好きだときた。そういう相手ばかり追いかけないでいれば、彼女も今頃こうして涙をこらえる必要などないだろうに。
ある種の哀れみにも似た感情を彼女に向けてしまう。要は、気づいていないだけでなまえはそれなりにモテるのだ。……黙っていればというオプションと、更には比率としては同性の方が多いという現実から目をそらせば、だが。
「なんでいつもダメかなあ」
「そりゃあ……」
お前の好きなタイプが悪いよ。とはっきり言ってしまうのは可哀想な気がした。好きになる人を選んでいるわけではなく、好きになるのがそういうタイプなのだ。どうしようもない。手詰まりだ。
そんなことはとうの昔にわかっている黒尾だったが、どうしてもそれを彼女に告げられないまま数年が経ってしまった。つまり、この虚しい呼び出しもそこそこ年季の入ったものになっていた。
「まあ次があるデショ」
「なーんか適当ー」
半眼で睨まれて、今度は呆れの表情を隠しもしないで黒尾がため息をついた。適当にもなるだろう。そもそも彼女が誰を好きかだなんて、聞きたくもない話題を延々聞かされ続けているのだ。
自分に矢印が向かない相手なんかじゃなくて、既に向いている方向を見て欲しい。などと言えるはずもなく、しかしそろそろ黒尾の許容範囲も限界地点に到達している。
散々自分に恋愛相談を持ちかける幼馴染などに抱くはずもないものが、確かに自らの内には存在している。それを認めたくなくて、ずっと見ないふりをしてきた。自分のキャラではないと思いながらも、どうしても口にすることを躊躇わらたその言葉を、冗談混じりに口にすることにする。
「じゃあ、俺にしとけば?」
「はぁ?」
笑って言えば、訝しむような目を向けられた。それはそれで傷つくのだが……と、黒尾は作った笑顔をひくつかせる。
ここまでの反応を返されるほど嫌われているわけではないはずだ。というかそうでなければこんなところまで呼び出されて延々恨み言を聞かされることはない。……と思う。思いたい。
ならば何故かとかという疑問は、彼女の言葉によりあっさりと解決することとなった。
「あんた彼女いるじゃん」
というか彼女途切れなくない? なんて、聞く人によっては誤解を受けかねない言葉を口にする。
いや待て、確かにそうだったけどその彼女は既に分かれているわけで、むしろそんな風に言うということは多少なりとも脈があるのではないかと勘違いを起こしてしまいそうになる。
いやいや、彼女もおそらくフラれ続けて疲れているのだろう。
「別れたよ」
「はぁ!? いつの間に!?」
「この間。いつものように"バレーと私どっちが大事なの!?"って」
「あー……」
そもそも俺はバレーを優先するという条件で付き合ったはずなのに、何故そのバレーが原因で別れる羽目になるのか。そもそも天秤にかけて悩むほどの相手ですらなかったのが一番の原因かもしれない。
むしろ、好きな女が別にいるくせに告られたら拒否しないあたり、自分でもなかなかのクズだとは思う。
冷静に自己分析をしながら、黒尾はニコリとなまえに詰め寄る。
「俺、フリーだけど」
「うん」
「なまえのこと好きなんだけど」
「それは初耳」
「ぶっちゃけバレーよりも優先してるんだけど」
「知ってる」
「どう?」
「うーん……」
彼女の中で、自分が幼馴染以上の存在でないことはよくわかっている。しかし今が攻め時だと言わんばかりに、黒尾は笑顔を崩さない。……相変わらず、どこか裏のありそうなものではあったが。
そんな彼に、なまえはもう一度小さく唸り声を上げた。
「保留」
「は?」
「今は決めらんないもん。急だもん。私失恋したんだもん」
それにつけこんでるんだけど。とは言えない黒尾は、もう一度諦めたようなため息をついた。
今までが今までだったのだ。長期戦は覚悟の上で、互いが互いのことをよく知っているからこそ、この戦いの先が全く見えない。
覚悟してろ。と黒尾が言えば、なまえは受けて立つわと小さく笑った。