メッセージアプリが送り出す通知。「京介〜」とだけ書いてあるそれは、「はい」と返事をしても、「どうしましたか?」と問いかけても、既読すらつかない。いつものことではあるが、やはり気になるわけで。
気がつけば彼は彼女の住むマンションの前へと足を運んでいた。合鍵は所持しているが、念のためインターホンは鳴らしてみる。無機質な機械音が響くが、まるでそこにはだれもいないと言わんばかりになんの反応もない。
留守にしているのか。なんて思いもしたが、普段の彼女を思えばその可能性も低い。京介はおもむろに財布を取り出し、しまっていた合鍵を手に取る。
「なまえさん?」
そっと室内に入りながら声をかけるも、なんの反応もない。
幾度となく足を運んでいるその部屋は、およそ若い女性が1人で住んでいるとは思えないほどに殺風景だ。
ぴったりと遮光カーテンを閉じられているおかげで、昼間だというのにもかかわらず室内は薄暗い。
部屋の隅、簡素な折りたたみベッドの上のひとかたまりの膨らみを視界に入れてほっと息をつく。
なるほど恐らくは入力したはいいものの速攻で睡魔に負けてしまったのだろう。この様子からすると朝まで仕事関連で動き回っていたのだろう。
「また無理して……少しは自愛してくださいよ」
ポツリと漏らした呟きが相手に届くことはない。それを狙っての言葉だ。なんせ相手に言ったところで「無理なんてしてないよ。京介は大げさ」なんて笑い飛ばされるのがオチだ。
かれこれ数年の付き合いになる。彼が高校生の時に出会い、付かず離れずのまま続いた関係は、彼が卒業すると同時に一変した。
はじめのうちは「子供相手に……」と相手にもされていなかった彼は、じわじわと彼女を追い詰め、今ではようやく、大手を振って恋人同士だと言える関係にまで持ってくることができた。
その間、どれだけの葛藤や悩みを抱えていたかなど、彼は言葉にする気は無い。が、その分仕返しと言わんばかりに現在うるさいほどに彼女のそばにいる自覚はある。
そして今日も、恐らくはこうして糸が切れたかのように眠るなまえのために甲斐甲斐しくも世話を焼きに来たのだ。
勝手知ったるなんとやら。京介は当然のように彼女の家の冷蔵庫を開ける。そこには先週彼が用意していた日持ちのする食材が、ほぼ手付かずのまま残っている。
その代わり、しっかりとアルコール類は入れ替わっているのだから、彼女の不摂生を咎めてやりたくなる。
今はとりあえず、有り合わせの材料を使い、彼女が目を覚ましたときのために食事の用意をしよう。
「全く……世話の焼けるお姉さんだな、なまえさんは」
そう言って細められた目には、慈しみにも似た色が宿る。ともあれ、さっさと済ませてしまおうと手を洗い、慣れた風に料理に取り掛かる。
すっかりと心地よい温度になっている布団の中で、なまえはそっと目を開ける。布団から手だけを出してあたりを探れば、目的のものはすぐそばにあったらしい。
心地の良いまどろみ。二度寝の誘惑に誘われつつも、とりあえず今の時間だけは確認しておきたい。
意識することなく端末を操作し、ディスプレイに目を向ける。寝起きの目には少々眩しいそれに目を細めつつ、表示された時間とメッセージアプリからの通知により、すぐさま現実へと引き戻される。
「っ、えっ!?」
蹲るようにしていたなまえは、ガバッと音を立てんばかりの勢いで体を起こす。
今の今まで自分を包んでいた布団により遮られていた蛍光灯の光が、ディスプレイを見たときなんかよりもはるかに強く目に突き刺さる。
理解の追いつかないなまえは、それでも恋人の姿を探す。そう広い部屋では無いから、あっさりと見つけることのできた彼は柔らかく笑んでいる。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「き、きょうすけ……?」
「はい。なまえさんが呼んだんでしょう?」
「そう、だ……けど……」
彼から送られていた返信時間からゆうに数時間は経過している。おまけに、どういうわけか美味しい匂いの残滓を感じ取る。
そこでようやく、自己主張をするかのように腹の虫が声を上げた。
「うわっ……」
流石に恥ずかしい。ダメなところはどれだけ見せても、何度同じことを繰り返しても、恥ずかしいものは恥ずかしい。そういえば、昨日(と言う割にその時間は日付変更線を超えた後だ)帰ってきた後、ろくに食べもしないまま作業に没頭していた。
前回食べ物を口にしてからはたして何時間経過したのだろうか。などと頭の片隅では考えつつも、まだよく回らない頭でなんとか言い訳を考える。
なんせ、食べてないことが知られてしまえば彼のお小言が始まる。お小言というほどでも無いのだが、普段からあまり口出しをしない彼の言葉は何かと鋭い。それらが突き刺さる前に、弁解をしておきたい。
「あの、あのね、ちょーっと忙しくて」
「話は後で聞きますよ。とりあえず、今から温めなおすので少し待っててください」
やんわりとした口調だが、有無を言わさぬ力を感じる。とりあえず、なまえは彼によって温め直された美味しそうな料理たちを口にしつつ、何を言われるのだろうかと構えることしかできない。
そんななまえを見て、京介は一人ほくそ笑むのであった。