逸脱した彼の日常

 問題はいつだってあちら側からやってくる。こちらの迷惑などお構い無しなのが非常に腹立たしい。そして、残念なことながらこういった問題に対してウチの会長は全くと言っていいほど役に立たないのだ。だから自分は、こんな時に一番頼りになる副会長を探すハメになるのだ。
 同じ学内にいるはずなのに、探さなくては会うことの叶わないその人物は、いつだってトラブルの中心にいる。探すのに苦労はしないが、探さなくては会えないというのもおかしな話だと思う。
「ああ、いたいた。修平!」
「どうしましたか?」
「問題発生だ」
 とりあえず、その事実のみを目の前で水浸しになっている男に伝える。
 どうやら「空から水が降ってきた」とのことで、またいつものトラブルであることを察した俺は「こいつ本当に大丈夫か?」なんて思いながらも今まさに自分が持ち込もうとしている問題を思い浮かべる。つくづく、修平の周りにはそういったものが舞い込んできてばかりだと苦笑を漏らした。
 実際のところ、自分の持ち込んだ話自体は単純なのだ。文化祭に関する揉め事が発生した。やれあそこの出店がおかしいだとか、やれあそこのクラスは規定が甘いだとか……そんな些細な諍いが存外大事になってしまった。
 本当にこいつらは高校生なのかと疑いたくなるようなものばかりだし、あまりの低レベルさに頭が痛くなる。生徒の思考力は偏差値では測りきれないものなのだ。そう諦めを抱いてしまった。
 自分が内容を話すよりも早く、目の前の男はこともなさ気に一枚のプリントをこちらに掲げてみせる。
「そんなこともあろうかと思って、これを用意しました」
「……まだ何も言ってねぇぞ」
 半眼で修平の持つプリントに目を通し、ついつい舌打ちが漏れでてしまった。何も言っていないにもかかわらず、その男が手にしていたものは今まさに問題となっている事柄の解決策になるであろう一枚の紙切れだった。
 いつの間に作っていたのか、各クラスの問題点、改善案を書き連ね、なんとその案が通っていることを示すかのごとく教師の判まで押してあるのが憎らしい。
 確かに頼りにしてはいたのだが、相変わらずこともなさ気に問題を解決するさまを見せられてはこちらの立つ瀬がない。
 本当にこれで同い年なのかと疑いたくなる時もあるが、できるやつは本当になんでもできるものなのだ。感心すらしてしまうくらいには鮮やかなその手際に、これで不運でなければ……と悔やまれて仕方がない。
 俺が舌打ちを落としたことに不安がる様子は全く見せずに、「違いましたか?」なんてしれっと口にするところが修平らしい。
「合ってるのがムカつく」
「……貴方は少々沸点が低すぎますね」
「うるせぇ」
 自分の沸点が低いことなんて今更なことである。ただ、わかっていることを指摘されるのはどうにも面白く無い。俺の沸点がどうのっていうことはこの際置いといて、自分がいま頭を痛めていた問題が解消する兆しを見せたことだけに着目していこうと思う。
 なにはともあれお飾り会長にこれを持っていけばすべてが解決する。
「っし、これでようやく帰れる」
「貴方も苦労しますね」
「なんで他人事なんだよ」
 自分だって生徒会の一員……それどころか副会長という役職に身を置いているくせに、どこか他人事のような口ぶりである修平がおかしくて思わず笑ってしまった。
 指摘されてから、彼は驚いたように目を見開いて、少ししてから「……そうでしたね」と位置がずれていたのであろう眼鏡を指で上げる。
 不思議な男だった。この露木修平という男は、どう考えたって単純なやつのはずなのに、それだけに収まらないというか、なんとなく、高校生という名称が似合わない。
「……というか、相変わらずよくわかったな」
「こういう時のために備えをしておくものですよ」
「普通考えつくか?」
 度重なる不運のおかげで彼が常に備えを用意して生きていることはわかっているのだが、どうにも予知じみたものを感じてしまい、薄ら寒さを覚えてしまう。
 凄い、というよりは凄すぎる。本当に自分と同じ人間で、同じ時間を生きてきているのだろうかと疑問に思ってしまうほどだ。
「確かに今回の件はわかっていたことかもしれないけど、修平の備え、怖ぇよ」
「備えあれば多少憂いあれど問題なし、ですよ。それとも、貴方は不要だと?」
「んなわけねぇだろ。俺だって一応、修平のこと頼りにしてんだよ」
 そうだ、こうして問題が解決に向かっている以上、なにも言うことはないし、自分だってそれを頼りにここにいるのだ。そんな自分が感謝こそすれど、文句を言えるはずもない。
 改めて、目の前にいる生徒会副会長をしげしげと見つめる。そんな俺の視線など気にもせずに、修平は生徒会室へプリントを届けるべく一歩前へと踏み出した。……途端の出来事だった。
 どこからともなく飛んでくるボールを反射的に叩き落とす。自分に、というよりは修平に向かって一直線に飛んできたそれはまるで呪いでも受けているが如き迷いのなさを感じられる。
 こいつは一体、前世でどれだけの業を積み重ねたらこんなにも不運になれるのだろうか。
「っぶねーな」
「ありがとうございます」
「いや、別に……ていうかおまえひとりだとこんのんばっかなんだから俺も一緒に戻るわ」
「必要ありませんよ。備えはあります」
「……そういう問題じゃねーだろ」
 ため息まじりに呟けば、修平は不思議そうにこちらを見やる。ああ、これが学校一の美女とかだったら役得なんだけどな……なにが悲しくて男の護衛じみたことをしなくちゃいけないんだか。
 誰に頼まれたわけでもない護衛だが、存外悪くはない。
「お前1人で行かせたら、すぐそこなはずの生徒会室に行くのにどれだけ時間かかるのかわかんねーよ」
 だから一緒に行ってやると言外に言えば、いささか不満そうな視線を向けられた。だから俺だってこんなことするなら女の子相手がいいっつの。
 彼の不幸が延々続くわけではないとはわかっているものの、今日の彼も絶好調だ。友人の心配くらいはさせて欲しい。
 俺の言葉に納得したのか、それ以上彼が不満を口にすることはなかった。
 俺はもう一度、これが女の子だったらな……と嘆きながら、小さくため息をついて彼の横を歩くことになるのであった。
 ――余談だが、この日俺はまさか漫画のようにバナナの皮を踏んで転ぶ人間を見ることになるとは思わなかったと、修平にごちることになる。