嫉妬心なんていう面倒臭いもの、極力抱きたくはない。が、そうもいかないのが現実だ。お互いに属しているコミュニティが存在し、それぞれ全く違うものである以上、自分の知らない一面を他人が知っているということは嫌でも起こってしまう。
つまり、だ。一高校生として生活する篤を見られないことが、何よりも悔しい。
「あー、高校生になりたい」
「どうした? 急に」
ボーダー本部の自販機前、ポツリと漏らした私のつぶやきを彼は拾っていた。まあ、聞こえないサイズの声量ではなかったから、当然と言えばそうなのだが。
彼の言う通り、私の発言は側から見ていれば突然だっただろう。今しがた、篤と同じクラスだと言う影浦くんがやってきて二、三言会話と呼べないほどのやりとりを交わしていた。それを受けての発言なのだが、当の本人はどうしてそれに行き着くのか理解ができなかったようだ。
クラスは同じだとしてもあまり会話をしなさそうな二人が、学生生活を垣間見させるような話をしたのだ。当然気になる。
「……まあ、大したことではないんだけど高校生な篤を見ていたかった」
「見てるだろ、今も」
「うーん、そうじゃないんだなあ」
わからないかなあ。高校生として、同じ目線でものを見てみたかった。いくら達観しているとはいえ、彼はまだ高校生だ。それを垣間見させるような発言も多々ある。その度、同じような思いを抱くのだ。
もしも自分が高校生だったら、クラスメイトとして篤が存在していたら。考えたらきりがない。
実際彼と付き合っているのは今の私なのだから、気にするだけ無駄なのはわかっている。
もやもやとしている気持ちを振り払うように、自販機に小銭を入れて、好きでもない缶のブラックコーヒーを一本、購入する。
そんな私を見て、篤は不思議そうに問いかける。
「嫌いじゃなかったか? それ」
それ。と称されるのは間違い無く私の手に握られている無糖と書かれた真っ黒な缶だろう。
嫌いだ。こんなもの。缶コーヒー独特の、缶の味がするような風味がどうしたって苦手なのだ。普段から主張しているその言葉を覚えていたのか、篤は私を訝しむような目で見ている。
嫌いなものでも、あの舌に残る感覚を覚えるとしても、今はこれを飲みたかった。
「嫌いだけど、そういう気分なの」
「飲むのか。また不味い不味い言いながら」
「言うだろうね。不味いから」
肩を竦めれば、彼は心底理解できなさそうな顔をする。
彼の前では口にしたことはないが、私は自分の嫌いなものを口に入れることによって、浮かんだ感情を消そうとしている節がある。つまりはそういうことだ。
珍しく抱いてしまった嫉妬にも似た感情を、嫌いなもので飲み下して嫌な記憶を上書きしようとしている。
……そう、認めたくはないのだが、自分は今らしくもなく嫉妬心を抱いていた。他でもない彼のクラスメイトに。
自分の知らない恋人の一面を知る女が存在するということが、時々どうしようもなく不快で、妬ける。
互いに違うコミュニティに属しているし、全てを知るわけではない。それが当然のことで、誰だってそんな思いを抱えているはずなのに、我慢ならない瞬間は否が応でもやってくる。今がそれだ。
プルタブを上げれば、カシュっという、スチール缶の少しだけ重たい音が聞こえてきた。
「……うん、不味い」
「だろうな」
普段の私の発言を知っているからか、篤はその言葉を肯定する。わかっていたのになぜ飲んだと言わんばかりの視線が突き刺さるが、それを無視して小さな缶の中身を一気に飲む。とはいえ全てを飲み干す気にはなれなかったから、中身を三分の一ほど残してしまっているのだが。
全く、勢いよく流し込んでいるうちはマシなのに、通り過ぎたら何故こんなにも臭みが残るのだろうか。コーヒーの独特の味と、缶コーヒー特有の香りに顔を顰めてしまう。
そうやって大きくため息をつく私に、彼は「ん」と手を差し出す。
「ん?」
「きついんだろ。飲み干すの」
「飲んでくれるの」
「飲めないものではないからな。それ」
「ありがとう」
別に、全てを飲み干すことができない量でもないのだが、ここは彼の好意に甘えておくことにした。
こういう気遣いがジワリと私の中に広がっていくことを彼は知っているのだろうか。いつもそうだ。好き嫌いの多い私の嫌いなものを把握し、そっと遠ざけてくれる。
そういうことをさらっとやってしまうあたり、本当に高校生なのか疑いたくなる。
「篤さ、年齢詐称してない?」
うっかりと口にしてしまった言葉は、彼の頭上に疑問符を浮かべる程度には疑問に思っていた。これで高校生だなんて、嘘だと言って欲しい。
自分と同い年の面々を思い浮かべれば尚更だ。……いや、仲のいい、ボーダーのメンバーは例外ということで。アレはなんかおかしい。言ってしまえばボーダーに所属している人間自体、しっかりとしすぎていて怖い時がある。達観しているのは何ゆえか。どうして自分にそれがないのかと思いはするが、考えても答えが出ないことは早々に思考を切り上げてしまう。
わからないことに延々頭を悩ませるのは私の仕事ではない。とりあえず、私のような人間は敵を倒すことだけを考えて言えば良いのだから。
「なまえは子供っぽいよな。逆に」
「失礼だね?」
「言ったまでだ。事実を」
その通りだから反論ができない。悔しいけれど子供っぽい自覚はある。少しだけムッとしてしまったが、事実を疲れて怒るなんて子供っぽさを更に増長させるだけだ。
結果、そうです。子供っぽいんです。と言いながら彼の手から空き缶を剃り上げてゴミ箱に入れる事となった。
やはり幼さの残るような(と言ってもいい歳なのだが)行動を取ってしまうのはもう仕方がない。正確だからと諦めることにした。
思考もそうだが、人間諦めも肝心だ。恋人が大人っぽいのだからバランスが取れているということにしよう。
「で、大人な篤くん」
「……」
「返事くらいしてよね」
「わざとらしすぎるだろ。今のは」
「わざとだもん」
にっこりと笑えば、彼は大きなため息をついた。私の言動のせいでもあり、恐らくは続く言葉が予測できるからなのかもしれない。
先程抱いた悔しさや嫉妬心も、今からのことに全て上乗せしてやることにした。
「私ね、個人ランク戦がしたいんだ」
「サンドバックにする気か。俺を」
「ポイント頂戴?」
自分よりも目線の高い彼に向かって小首をかしげてやれば、彼は諦めたように肩をすくめた。
続く言葉はいつだって同じだ。
「お気に召すまま。付き合ってやるよ。なまえの気が済むなら」
その言葉を待ってましたと両手を打ち鳴らせば、やはり彼は諦めたようにもう一つ、ため息を落とすのであった。