平安貴族というものは恐ろしい。それを私は、身を以て体験しているところである。
三条の刀の中では二番目にうちの本丸へやってきたのは石切丸という大太刀だった。神事を司り神社へと奉納されている彼は、見た感じだととても包容力があって優しげな印象を受けた。そう、見た感じでは。
そこを強調してしまえば多少の誤解を生んでしまうのだが、あくまでも見た感じを強調したくなったのは現状のせいだろう。
「石切丸さん」
「うん?」
「これは一体どういうことでしょう」
「さて、何か間違ってしまったかな?」
にこやかにそう言ってのける彼は冗談での返しではなく、本当に理解できていないように眉を下げる。これだからこの時代の人――と呼んでも差し支えないのかは別として――は困るのだ。
実に現状を把握したくはないのだが、寝ぼけた思考がすっかり通常運転に戻るほどには頭の冷えるものだった。私は寝台にいた。そして、何者かの気配を感じたかと思えば目の前に石切丸さんがいたのだ。目の前、というよりも同じ布団の中に。
にこやかに覆いかぶさっている石切丸さんを両手で押しのけながら文句を口にする。
「貴方の鍛刀された時代では常識だったかも知れませんが、そもそも現代まで祀られてましたよね? 常識わかってますよね? それともずっと神社の中にいたからわかんないとか言っちゃいますか?」
「これは手厳しいな」
「ほら、気が済んだでしょう? 早く……」
「だからといって私のやることは変わらないよ」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
静止など聞こえぬと言わんばかりに彼の唇が耳元をくすぐる。ざわりと肌が粟だって、これは本格的にまずいのではないかとようやく本気で焦りを覚える。石切丸さんはそんなことをするようなふうに見えなかったから油断していた。しかしそれがどうやら間違いであったと、私はようやく気づくことが出来たわけだ。
ぐっと手に力を込めてみても、さすがというべきか彼は微動だにしない。
「だ、ダメですってば! 冗談もほどほどにしてください!」
「冗談じゃないんだけどな」
「余計にダメです」
優しげな彼の視線が今はどこか恐怖を覚える。そもそも、先日鍛刀して出会ったばかりではないか。いや、時間の問題では無いのだが、うっかり流されそうになっている私にはそれすらも縋りたい程の言い訳である。
自分は審神者で、彼は刀剣で付喪神で、というかそれ以前の問題なわけだが。
問題視すべきところなのは正直な話、こう、石切丸さんの存在自体がどことなく自分の中で、全てを許してしまっても構わないようなそんな雰囲気をはらんでいるのだ。この感覚になんと名をつければいいのかは分からないが、実際大問題だ。
「そもそも神社に祀られているような方が何やっちゃってるんですか」
「祀られているからといってこういうことに無縁なわけではないよ」
「いや、いや……そもそもその肉体を得たのは最近でしょう」
「だからこそ余計に知りたいんだよ」
「興味本位ですか」
余計に嫌だ。興味本位で押し倒されているとは何とも虚しいし情けない。これはつまり、彼には主として接することができていないのではないか。ここは絶対に、流されるわけにはいくまい。
しかし当然と言わんばかりにこうして私を組み敷いている彼は、本来鍛刀された時代のせいなのか、はたまた彼の元々の気質なのかの判別に困る。先にうちにやってきた今剣はそんなことなかったような気がするのだが、やはり同じ三条のでだからといって中身まで似通うことはないのだろう。
……それはそうか。彼らにも当然個性はあるのだから、同じに考えてはいけないのだ。というのをよもやこんな形で知ることになろうとは思わなかった。
「もう、本当に怒りますよ」
「それは困るな」
苦笑しながらもようやく彼は私の上から体をどける。そこでようやく安心して息をつくことが出来た。多分、それは間違いだったのだろう。
やわらかな視線には先程のやばそうな雰囲気は感じられず、大きな手で頭を撫でられればどこか安心感を覚えるほどにこの人の雰囲気は柔らかいのに、なぜあんな強行にでたのだろうか。
「……一つ聞きたいのですが何故あんなことを?」
「そんなもの、君が可愛かったからに決まっているだろう」
「なっ、荷を恥ずかしいことを」
「そういう反応とか」
一拍置いて、不意に彼との距離が縮まった。というよりは、彼が私の首元に顔を埋めた。
いや、ちょっと、ちょっとまってほしい。先ほどのやり取りでそんな気がすっかり消えてしまったのではないのか。そんな私の胸中などお構いなしに彼は鎖骨のあたりに唇を寄せる。柔らかなその感触に自身が震えるのを感じる。
だから、流されるわけには……! そう思って再度彼を押しのけようともがけば、彼の唇が触れているあたりにちりっと痛みが走る。
「なっ、なにを……」
「君の心の整理がつくまでは、これで我慢することにするよ」
そう言って鎖骨を撫でる指に、見つめる視線に、一拍遅れて羞恥が駆け上ってくる。
心の整理とか、我慢とか、そんな不穏な単語にいちいち反応してしまう。そんなに初な少女でもないくせに、どうしようもなく恥ずかしい。
高調してしまった顔を隠すことも出来ず、彼とめがあう。
「顔が赤いようだけど」
「当然です! だってこんな」
「こんな?」
「もっ、もういいです! 早くお部屋へ戻ってください!」
「つれないなあ」
「つれるつれないの問題じゃないです」
「我慢するって言った手前、それを早々に覆すわけにもいかない、か」
残念そうにそう呟いた彼にもう一度「当然です!」と返しはしたものの、あとどれくらいこれを凌げるのか検討もつかない。つまりは既に籠絡されかかっているわけだが、そういうわけにもいかない。何よりも自分の立場へのプライドだ。
漸く体を離す石切丸さんを睨むように見つめれば、彼は困ったように笑うのだ。しかしそんな顔をされても私はもうだまされないぞ。
今後寝所には結界を張って寝てしまおう。そう思ったがそれはそれで不便があるだろう。ああ、もう。一体どうしたらいいのだろうか。余裕の笑みを浮かベて部屋を去る石切丸さんの姿を、私は恨めしげに見つめることしか出来ないのだった。