可愛いあの子をいただきます

「ねえ青江、あんた最近うちに入り浸ってるけど、授業は大丈夫なわけ?」
 テーブルに頬を乗せて髪を弄んでいる男に、私はじとりと目を細めて声をかける。
 付き合い始めてそこそこ時間が経つ年下の彼氏は、現在大学生という身分なはずだ。そうだというのに、先の言葉の通り彼はうちに入り浸っていて授業に出ている気配を感じない。
 昼間は仕事に出ているから、その間に彼が出かけているのであれば何の問題もないだろう。もちろん、学校に行っているのであれば、だが。
 その真意を問いただそうと投げかけた言葉だったのだが、彼はどこかばつが悪そうにちらりとこちらを見てから視線を逸らした。
 ――ああ、これは多分ダメなやつだ。
 そんな思いが確信を持って頭をよぎった。
「青江?」
「なんだい?」
 どこか開き直ったように――半ばヤケクソで――青江はこちらに顔を向ける。しかし、一向に目を合わせようとしない。
 何か隠し事があるのは明確だが、それが何かはわからない。なんでも彼のことがわかるわけではないのだから当然なのだが、それが少しだけ寂しい。
「学校、嫌いだっけ?」
「いいや。……そうだね。君と離れがたくて」
「私仕事で家空けてるじゃない」
 苦し紛れに吐いた言葉をバッサリと切り捨てる。言葉自体は嬉しいのだが、それをサボりの理由にはして欲しくない。
 それはまぁ、出席や成績は完全に自己責任である大学なのだから、たまにはそういうことがあってもいいだろう。何も全てをきちっとしろと言いたいわけではないのだ。
 ただ、なんの理由もなしに彼がこんな行動に出ることがないのはわかっているし、思うところがあるのならば吐き出して欲しいと思っている。
 多少、言葉はきつくなっている自覚はあるのだが。
「つっても、学校に行ってないだけで外出はしてるよね?」
 目ざとくも気づいてしまったのは、彼が学校に持っていく道具は動かされた気配があまりない割に、貴重品自体は置き場を定め切れていないと言わんばかりに動き回っているからだった。
 追及の手を緩めない私に、青江は諦めたようにため息をついた。
「間に合わなかったからね」
「へ?」
「これだよ」
 そう言って差し出されたのは、小ぶりでありながらも綺麗にラッピングのされた縦長の箱だった。
 そこですぐに思い当たったのは、少し前の自分の誕生日だ。しかしあの日は確かに彼と二人でお祝いをしたし、プレゼントだってもらった。
「これって……?」
「本当に僕が用意したかったもの」
 普段背伸びしてでも大人びているように見せている彼が、子供っぽさをにじませて口を尖らせている。これは無意識にしている表情なのだろうか。
 普段の言動も相まって、それだけでもう抱きしめたいほどに可愛いのだが、今はそういう時じゃない。
 可愛らしさをにじませる彼の言葉を、行動を、じっと待つ。
 はい。と手渡された箱と、青江の顔を交互に見やる。開けろということなのだろうか。視線で問いかければ、彼は苦笑を浮かべて「どうぞ」と促す。
 綺麗に施されたラッピングの、チョコレートカラーのリボンをそっと解く。
「わぁ……!」
 口からこぼれ出たのは感嘆の声だった。箱の中に入っていたのは雫型の緑の石が輝くネックレスだった。ピンクゴールドの華奢なチェーンにぶら下がるそれは、緑色なのに角度によっては虹色が輝く美しいものだ。
 しかし、真っ先に浮かんでしまうのは悲しいかな、彼のお財布事情だ。渡されたものの価値を探るなどという無粋なことはしたくないのだが、どう見たって高級感漂うそれは、学生がひょいと手を伸ばすような代物ではないだろう。
 宝石類に疎い私はこれがどれほど価値のあるものだとか、正確にはわからない。しかし、その辺に置いてあるものと違うことくらいはわかる。
「青江、これ……」
「一応言っておくけど、正規のルートで手に入れたものだよ」
「そういう心配をしてるんじゃないよ。たっ……高かった、でしょう?」
「全く、無粋だね」
 そう言って苦笑する彼は、年下のくせに大人びている。すっと手を伸ばして、私の髪を耳にかける。曝け出された私の耳たぶには、先日彼にもらったピアスが輝いている。
「本当はこれと一緒に渡したかったんだけど」
 そう口にする青江の顔は、どこか寂しそうに見えた。
 このピアスをもらった時、あまりの驚きに平静を保てなかったのが今でも羞恥を掻き立てる。
「これと同じ種類の石でね、探すのに苦労したんだ」
 言いながら、彼は私の手の中にあるネックレスをそっとつまみ、背後に回り込む。
 優しい低音が鼓膜を揺らしながら、慣れた手つきでネックレスを私にかけてくれる。その手の動きも、何もかもが優しさに満ちている。それが青江という男だ。
「教授の手伝いでね、報酬が出るっていうからやったのに……」
 彼はいつものんびりとしているから……とごちりながらもその声は優しい。信頼関係はしっかりと築かれているようだ。
 おかしな話なのだが、お互いに別人で、別々の時間を持っているのだからそれ相応のコミュニティが築かれているのは当然のことだと理解している。
 ……しているのだが、それが少しだけ、寂しいのだ。
 そんな私の思いに気づいているのか、青江は小さく息をついて、背後から腕を回してきた。
 ぎゅう、と後ろから抱きしめられて、安堵を覚えたのは私だ。こうしてずっと一緒にいたいと願っているのも私で、彼の中の一番になりたいと思っているのもまた……。
「おやおや、そんな物欲しそうな顔をするもんじゃないよ」
「そんな顔してないし」
「随分と甘えたそうな顔をしているようだけど?」
「そんなことない」
「知ってるかい?」
 君、嘘をつく時は少し早口になるんだよ。と耳元で囁かれて、カッと頰に熱が集中する。
 恥ずかしさを原動力へ変えんと、くるりと彼の腕の中で体を反転する。驚いた顔をしている彼を視界に入れて、私は唇を釣り上げた。あとはそう。彼の驚きを増幅させれば完璧だ。
 無防備な唇に、あえて噛みつくように口づけを落とす。しつこく彼の口内をねぶるように舌を絡ませれば、彼が苦しそうに小さく声をあげるのが聞こえる。
 ゆっくりと唇を離せば、銀糸が伸びてプツリと切れた。
「相変わらず、すごいものを持っているね」
「その言い方」
 熱っぽい吐息を吐いて、目元を朱に染めながらうっとりとこちらを見る。これは本人自覚してないのだろうか。
 こういうことに精通していそうな物言いをする実、この年下の男は初心であった。そのギャップがまたたまらないのだけど、こいつはそれを自覚しているのだろうか。
「ねえ青江」
「?」
「その顔は誘ってるのかな?」
 口角を上げてあえて彼に問いかければ、なんのことかと目を瞬かせる。全くの無知でもないくせに、すぐにそちらへと結びつけることができないのがまた、大変に可愛らしい。
 彼の太ももに片手を置いて、ゆっくりと撫でる。唇の触れそうな位置で、「ねぇ?」と問いかければ、ようやく言葉と行為が一致したようで耳まで赤く染まっている。
 ああもう、この子は本当に……!
 それが答えと言わんばかりに、こみ上げてきた愛おしさをそのままに、再び彼の唇を啄むのであった。