倒錯的恋愛観の末路やいかに

「あーあ、藪をつついて蛇出しちゃったね」
「何が言いたい」
 ニヤニヤと笑って言えば、彼は不機嫌そうな顔で返した。何が言いたい。なんて、わかりきったことなのにしらを切ろうとするのだから、本当に面白い。
 別にぃ。と返せば、今度はそれが気にくわないのかラインハートは顔を顰めてため息をついた。だから私は、声を上げて笑ってやるのだ。
「ランベルトのお坊ちゃん、そんな顔していいの?」
「みょうじのご令嬢こそ、他にそのような対応でいいのか?」
「アタシは別に?」
「"私"だろう? なまえ」
「はいはーい。お母さんか」
 鬱陶しそうに手を振って答えれば、ラインハートは間髪入れず「はいは一回だ」と指摘を続けた。本当に、世間一般の"お母さん"のようだ。生憎と私がこんな態度なのはごく一部の人間の前なのでそんな指摘を自分の母から受けたことはないが。
 この、所謂幼馴染という関係にある男は、先日この国でちょっとした騒ぎを起こした。私はそれをからかいの気持ち100%で彼の前では「例の媚薬」と呼んでいるのだが。
 その例の媚薬の時以降、明らかに彼と、そのごく一部の周辺が劇的に変化した。少なくとも、私にはそう見える。
「下手なことはするもんじゃないよね」
「だから何のことを言っている」
「ティーゼ」
「……っ」
 一向に認めようとしないから、1人の少女の名を口にすれば彼はわかりやすいほどに表情を崩す。苦虫を噛み潰したような、それでいて悲壮感を見て取れる、そんな顔だ。
 ――藪蛇は私もか。
 チクチクと自らの胸が主張する痛みに思わず苦笑する。でも、彼の知る"ナマエ"はこういう時に絶対に指摘するはずなのだ。それが私の業で、犯した罪で、積み上げてきた全てだ。
 有り体に言えば彼は失恋した。追いかけていた少女に、自らの恋心を自覚させるという自爆甚だしい方法で。
 愛を否定しようとする少女に、愛をぶつけ続けた結果待っていたものがそれなのだから仕方がない。
 それと同時に、彼のように自分も愛を主張していたのならば何か変わったのだろうかという疑問が頭をよぎる。
「……でもさ、ラインハートは諦めないんでしょう?」
「当然だ」
「凄いね。心から尊敬するよ」
「……馬鹿にしてるのか?」
「まさか。本心だよ」
 そう。本心だ。もちろん、私だってこの気持ちを捨てるつもりはない。恋慕の情などそう簡単に切り捨てられるものではないと、嫌という程にわかっている。
 でも、私は半ば諦めながらもそれを抱いている脱落者だ。叶わぬ恋に身を焦がし、諦めることなくぶつかり続けるなんて、到底できない。
 ……できるはずもない。私は誰よりも、彼の愛の向かう先が、その質量が、よくわかるのだから。
 おまけに、酔狂なことに私は、他の人に想いを寄せるその人が好きなのだ。……まあ、それ以前からも好いてはいたのだが。これの自覚が彼が恋をしたその瞬間なのだから、もうどうしようもない。
 応援したい気持ちと、嫉妬でドロドロなこの気持ち。自分ですらももうよくわからない。でも、あの子はとてもいい子で、可愛くて、実験に対して紳士的で、それから才能まで持ち合わせているのだ。彼でなくとも恋をするだろう。
 そう自分に言い聞かせて、逃げるのはこれで何度目なのか。
「アタシはね、そういうラインハートのことが本当に――」
「本当に?」
 好きなんだよ。と言いかけて理性を取り戻した。危うく、口にしてしまうところだった。
 友情としての好意ならば受け取ってくれるかもしれない。でも、私はそれが耐えきれない。
 だから多分、何も考えてなかった幼少期を除けば一度もそんな言葉を口にしていないはずだ。友愛だと解釈されて、それに同意なんてされてみろ。絶対にそうじゃないのだと叫び出してしまう。
「っ、馬鹿だなあって思うよ」
「やはり馬鹿にしているじゃないか!」
 目を釣り上げて怒りを表す彼に、違うんだよ。と釈明することすら、私には許されない。何よりも、私自身が許さないのだ。
 えへへ、と笑って見せれば、彼も起こることがばかばかしいと感じたのか、大きく息を吐いた。
 はあ。と疲れたように吐き出される空気の塊に、自分自身もう少しうまい誤魔化し方があっただろうと呆れる。本当に、馬鹿なのは私だ。
「いやいや、でもね、応援してるんだよ?」
「応援、だと?」
 ジトリと突き刺さる視線はやはり私の胸を痛めるものだったが、そこに嫌悪感が混ざっていないことが唯一の救いだ。友人関係ならば、こういったやりとりだって当たり前に行われてしかるべき、だ。
 彼も、私のこういうところに離れているといった風にまた、ため息をつく。今度は頭痛がすると言わんばかりに額に手を当てていたが。
「お前は時々信用ならんからな」
「ひっどいなあ」
「どの口が言う。今のやりとりを思い出してみろ」
「うーん?」
 笑顔でわかりませんと言わんばかりに唸ってみせる。今の私には、これで精一杯。
 彼が一度や二度の失恋ごときで恋を諦めるような人であれば、きっと今頃自分が! と言わんばかりに猛攻に出れたのだろう。でも、そんなことはあり得ない。だからこそ、私は彼が好きなのだ。
 誰よりも馬鹿なのは私で、非生産的なのも私で、 虚しさに塗れているのも私で……本当に、馬鹿だなあ。
「……どうした?」
「ん?」
「……いや、気のせいか?」
「何が?」
「なんでもない。忘れろ」
 私の、ごく些細な変化すらも見逃さないくせに。なんで好きな子の1人も振り向かせられないんだよ。バーカ。いっそ、2人が本当に結ばれて仕舞えば綺麗にピリオドが打てたはずなのに。
 ……そんなの、望み薄であることは初めから分かっていたけれど。
 彼の優しさにまた"好き"を募らせながら、私は今日も道化を演じる。