ゴースト・マリッジ@

 なんだか学園内が大変になっているらしく、うちの寮長に副寮長、フロイド先輩まで駆り出されてしまったらしい。どうやらあのイデアさんが、ゴーストの花婿として選ばれてしまったとかなんとか。それを阻止するために花嫁さん相手に求婚を試みているだそうで、私も行きたかったなあ。学園長に、「あなたは女性なのでそもそも条件に合う以前の問題です!」なんて言われて、サムさんのミステリーショップで最後の陣営を送り出してから愚痴を吐いているところだ。

「リドル先輩もエペルもよく似合ってましたね」
「ああ。どの小鬼ちゃんもすごく魅力的だった」
「クル先とか求婚しに行けば良かったのに」

 トラッポラやルークさんだって、特にトラッポラは珍しい感じのデザインで、ヘアセットまでしっかりして何割増かでかっこよかった。うーん、顔面の暴力たるシルバー先輩やクルーウェル先生、ヴィルさんにレオナさんのタキシード姿が見れなかったのは残念ではあるけれど。……クルーウェル先生のタキシードはなんとなく生々しくて嫌な気もするなあ、似合うけれど。
 私もタキシードが着たかったなあ、と思ったけれど、まあいざとなればいつでもサムさんのところに置いてあるらしいから、そういう気分になれば着させてもらおう。私は第一、ウエディングドレスの方だし。ウエディングドレス、白が主流だけどあえて黒、なんていうのも悪くないかもしれない。ゴシック調でかわいいし。

「ナマエちゃんが結婚するってなればオレのことも式に呼んでくれるかい? いつでも飛んでいくよ」
「気が向いたら呼びますね。んー……うちの寮と一年と……割とすぐに埋まりそう」
「小鬼ちゃんは交友関係が広いんだね」
「いや、私に限らずでは?」

 そんな何年後かの結婚式トークで、例えばどんな花のブーケが良いかだとか、理想の相手像について呑気にお話している間にも、秒針は規則正しく時を刻む。
 あっという間に十二時を告げる鐘がなってしまいそうで、確かそれまでにイデアさんが解放されていなかったら、イデアさんは花嫁さんとキスをしてあの世に……という話だったと思う。よくよく考えればそれはとても面白い話ではなく、なかなかの緊急事態だ。
 私の手元のスマホのロック画面を見ていると、時間はいきなりリセットされて、ミステリーショップ内でもあらゆる変な音のする時計が鳴り響く。

「……上手くいったんですかね」
「だといいけど」

 イデアさんがあの世に連れて行かれてしまったら、流石のオルトもあの世まで行くことは難しいだろう。いわゆる『死』の状態だし、もう救いようだってない。あの最後の四人が行く前に求婚に行った人たちはもれなくビンタをかまされて動けなくなっているようだし、その両方の安否が心配である。

 サムさんに、少し様子を見てくると言って購買部の外に出ると、一気に夜の空気がひんやりと感じられた。この騒動が始まったときは、まだ暖かかったのになあ。
 そうして校舎に向かおうとしたところで、何やらバサバサという羽音のようなものが徐々に近づいてくるようだった。

「……ミョウジさん!」
「学園長?」

 タッ、と軽い靴音で着地をした学園長は、ひと息ついて、私の前に立つとそれはそれはもう、いつもの胡散臭い笑顔を向けてくるものだから、思わず身を引いた。これは、良からぬことを考えている顔だ。仮面越しにもわかるだなんて、この仮面の奥はどれほど怪しい顔をしているのか。

「トラッポラくんたちのおかげで無事にシュラウドくんは解放され、花嫁さんもハッピーエンドに終わりました」
「わ、それは良かったです」

 良かった〜、最終陣営が何とかしてくれたのだろう。ルーク先輩あたりが確かに向いてはいそう。ただ学園長の言い回し的にはトラッポラのおかげなのかもしれない。私も早く帰って寮長たちに話でも聞かせてもらおう。ほっと胸を撫で下ろしていると、学園長は困ったみたいに顎に手を添えた。声色もわざとらしいくらいに困ってますよ、というふうに。

「ただあのゴーストたちが『結婚式場』として食堂をたいそう華やかにしたまま帰ってしまいまして……」
「あ、私用事が」
「今一年生に片付けを頼んでいるところです。丁度いいところにミョウジさんを見つけたので、ぜひ今日活躍した一年生たちを手伝ってあげてください」
「強制ですか?」
「ええ」

 このテンポ感だ。学園長にはなんだかんだでいつも言いくるめられてしまったり、私の興味を引くものでまんまと嵌められてしまったりするのだ。あとは頼みましたよ、と満足げな表情をした学園長は、私が校舎に足を向けてようやく飛び去ってしまった。うーん、学園長の命令なら仕方ない。明日も平日、授業だって普通に実施されるし、一刻も早く寝たいのだけれど、好奇心を持って出てきてしまった私の負けということだ。

 ◈◈◈

 ギイ、と食堂への扉を開けると、思った以上にがっつりと飾り付けがされていて、これはあの世に持ち帰らないのか? なんて思う。この大規模な飾り付けの後始末を一年生とオルト。私含めてたったの八人と一匹でだなんて、明らかに人員不足だ。他の二年生や三年生だって手伝ってくれても良かったと思うのだけれど。

「あれ? ナマエちゃんじゃん。なに、手伝ってくれんの?」
「うーん、不本意ながら。学園長に見つかって」
「それは……災難だな」

 スペードに慰められて、あなたも求婚の様子は慰められる立場だよ〜なんて思いながら皆が集まっているところへと足を向けた。この広い食堂をこの人数で、は流石に三時間以上かかってしまって寝不足ルート確定だ。ハウルなんて、普段はめちゃくちゃ早寝らしいのに。
 とりあえず近くにあった袋を広げると、テーブルの上に揺らめく蝋燭を吹き消していく。あ、これは流石に暗い。そう思ってほの暗い明かりだけを灯していたシャンデリアにペンを向けると、パッ、と食堂一面を明るくした。すると突然、トラッポラが何か語り出したようだった。

「――あのお姫様のこと、オレには一生理解できねーわ。サクッと結婚を諦めてあの世で楽しく暮らしてればオレが苦労することもなかったのに……」
「エースクンは、好きな人……いたことないの?」
「はっ!? なんだよ急に」

 やれやれ口調で語っていたトラッポラが、エペルのひと言で狼狽えたのを見てから監督生はもちろん、オルトもこちらへと移動してくる。他の三人は興味があるのかないのか、遠くで聞き耳でも立てているのだろう。いやあ、まさか男子と恋バナをする日が来るなんて、なんとも貴重な。

「なんだかもっと、恋愛に詳しそうに見えるから」
「つまりオレのこと、チャラいって言いたいわけ?」
「ん、わかる。いっぱい経験ありそうだよね」
「ナマエちゃんまで……」

 プレイボーイ、とはいかなくても、軽いノリで付き合って軽いノリで別れて、というか、まあそんなイメージはある。この陽キャっぷりだし、女の子は結構好きだと思うんだよねえ、トラッポラみたいなタイプ。
 グリムが「恋愛のことなんて聞いたら可哀想」なんてドヤ顔で言うものだから、トラッポラは案外モテるタイプだと思っている私とはどうやら考えが合わないらしい。

「ひがむのやめてもらえますー? ミドルスクールの頃は、一緒に遊園地や映画館に行くガールフレンドくらいいたし」
「な、なにッ!?」
「あ、やっぱり? そんな感じする」
「ナマエちゃんにとってオレってそういうイメージ?」

 なんとなく女の子の扱いには慣れてるな〜とも思ったのと、何より他の一年生たちに恋愛の気がなさすぎる。スペードも割と顔は良いし、何より荒れてたみたいだし、モテそうといえばまあ、モテそうではあるけれど。
 トラッポラのガールフレンドがいたという言葉から、オルトとエペルがめちゃくちゃ興味津々に身を乗り出してトラッポラとそのガールフレンドとやらのラブラブトークを期待していたのだけれど、そのトラッポラときたらわざとらしく溜息をついた。

「女の子ってさあ、絶叫系の乗り物は怖いからってメリーゴーラウンドか観覧車しか乗んないの。『かわいい!』ってマジカメ撮って喜んでたけどオレにはいまいち面白さがわかんなくてさあ。映画も恋愛映画とか動物モノばっかで、アクションやホラーはヤダ! って感じだったし……」
「そうなんだ。ちょっとあっけない……かな?」

 女の子にはうんざり! といった感じで女の子に対する不満を女の子である私の前で言うのもどうかと思う。一理あるといえば一理あるけれど、私がミドルスクール時代に仲良かった女の子の友達は結構バリバリにジェットコースターを乗り回す子だったり、嫌と言っても無理やりホラー映画を見せてくる子だったりもいたから、トラッポラの偏見なところはあると思う。

「そうやって女の子ってカテゴリーで一括りにしないの。たまたまトラッポラと付き合った子がそうだっただけだって」
「んー……それもそうかもしんないけど、もう少しオレのこと尊重してくれても良くね?」
「お互いね」

 確かにその女の子は自分勝手といえばそうだけれど、お互いの意見とかの擦り合わせってめちゃくちゃ大事だと思うし。まあこれも今になってから考えられることで、ミドルスクールに通う年齢だったりすれば自分本位なところが強いのだろう。
「ここからが問題なんだって」と咳払いをしたトラッポラがエペルやグリムの方を向き直している間にも、火の消えた蝋燭を袋に入れる。問題……っていってもまあ、ミドルスクール生なりの喧嘩とかだろう。聞いてほしそうにしていたので、手を止めてトラッポラの方を向き直った。

「大変だったのはそっから先。そろーっと距離を置いたら、何が起こったと思う? ……ある日突然、名前も知らない女子グループに呼び出されて……」
「まさか」
「そう。『なんで連絡してあげないの?』『可哀想!』『あの子ずっと泣いてるんだよ』『人でなし!』」

 やっぱりそうだ。全世界の女子あるあるなんだね、これ。黙って聞いていた監督生も思い当たる節があるかのように頷いた。私にもめちゃくちゃ身に覚えがあるなあ、そういうの。「恋愛なんて面倒臭いだけ!」というトラッポラの主張にはいまいち納得はできないけれど、そういう女子が面倒なのは間違いなく。うんうん、頷きながらテーブルクロスを剥がしていると、トラッポラも私の持っていた反対側を持った。

「やけに同意してくれんじゃん。ナマエちゃんもそういうことがあったわけ?」
「んー……私ってそんなにずっと同じ子とつるむって感じのタイプじゃなかったし。だからたまに全然関係ない子に言われてたりはしたな〜って」

 だからまあ、私じゃなくてもそういう噂みたいのとかはよく回ってくるし、それを本人に言う人も、良かれと思ってだか悪気があってかは知らないけれど、本人は中立という立場を保ってる気らしいし。そういう拗れるようなのは好きじゃないんだよねえ。

「女子同士もやっぱ大変そうね。じゃあ男子校入ってどう? 結構気楽なんじゃね?」
「気楽といえば気楽だけど……私と同じスタンスの子見つけたら女の子といるのが結局楽しいし。もちろん今もめちゃくちゃ楽しいよ」

 おかげさまで本当に楽しいのは事実だけれど、地元に戻ってミドルスクールまでの女友達と会ったりするのも楽しみだし。そう言うと、トラッポラはテーブルクロスを持ったままに「ふーん」と相槌を打った。いや、引いて畳んでくれたらいいのに。モテないとしたらそういうところ、だけれど。でもトラッポラ、明るいし要領もいいしネタをネタとして捉えてくれるし。そこまで聞いて、なんとなくトラッポラに対する解像度が上がり、ふわ、と一つ降りてきた。
 
「……トラッポラの彼女ってかわいい子多かった?」
「やだなに。ナマエちゃんオレのこと狙ってんの?」
「そうかもね。偏見でごめんだけど、告白したこともなさそう。来る者拒まず去るもの追わず……っていうか」
「流すなよ〜。……マジでよくオレのことわかってんね。そー。かわいい子ばっかだし、オレから告白したこともフッたこともない」
「でしょ、エース検定一級目指そうかな」

 略してエー検だ。言いやすい。トラッポラは「普段は呼ばねーくせにそういうときだけ名前呼ぶなよ」なんて不貞腐れているらしい。
 女子だからこそわかるのかもしれないけれど、なんとなくこういう要領の良いタイプは人気があると同時にかわいい若干メンヘラ気質のある子に好かれる傾向が多かったと思う。私のミドルスクール時代の男友達とか、女友達もそうだったし。私がクロスを回収していると、結局畳んでくれるのはトラッポラらしく、「よっ、色男」なんてからかえば、目の前の男より先に今度はグリムが口を挟んでくる。

「色男なんて似合わねー。エースはお子ちゃまなんだゾ」
「一番恋愛に関係なさそうなお前が言うなっ。……つーかさあ! オレより、問題があるのはあいつらの方だろ」

 トラッポラはそうしてセベクとスペードとハウルの方をちら、と見た。それに関してはまあ、お子ちゃまというか、確かになあ、なんて現場を見れていないにもかかわらず苦笑が洩れた。