さよならではおわらない


※序盤のネタバレあり

 エマとともに成人の儀式を終えた日のことは、一生忘れないだろう。大人の仲間いりを果たしたものの、なにかが変わるわけでもなく、どこかふわふわした気持ちのまま、母に儀式を終えたことを報告した。

 そこで僕は、じぶんが"勇者の生まれ変わり"であることを知った。勇者? とエマは首をかしげた。僕もおなじ気持ちだった。
 はるかむかし、世界を救った存在。それが勇者だという。母は涙ぐんでいたが、僕は気持ちが追いつかず、多少驚きはしたものの、理解できずにいた。僕は勇者の生まれ変わり。口に出してみても、実感はわかない。なにかのまちがいではないか? 僕は、いなかの村に住む、平凡な少年。そんな物語のような展開とは、無関係。そのはずだった。

 16歳になったらデルカダールへ行くようにと、祖父が言っていたらしい。村を北上したところにある、大きな街。そこへ行き、王さまに会う。なんだか、話が大きくなってきた、ととまどう。なにがなんだかわからないまま、大好きなシチューを食べ、眠りにつく。
 眠れるはずもない。そんな僕の気持ちを察してか、母は夜風にあたるように言った。冷たい風が心地いい。じぶんが勇者の生まれ変わりであることはぴんと来ないが、祖父の言ったことだ。きっとまちがいではないのだろう。祖父は、なんでも知っていたから。
 村の中でもひときわ目立つ木の下に、エマが立っていた。むかしの話をして、今日の話をした。去り際に、エマの瞳から涙がこぼれた。デルカダールに赴くことは、僕が思っている以上に大きなことらしい。でも、もしも行かなくてもいいのなら、行きたくはない。僕は勇者としてではなく、平凡な人間として、この村で平和に暮らしたい。

 そんな願いは届くはずもなく、出発の朝を迎えた。エマに会えなかったことは気がかりだったが、どうせすぐに帰ってくるんだ。エマは大げさだな、と苦笑する。永遠のわかれというわけではない。帰ってきたら、からかってやろう。
 いってきます。そう言い、馬を走らせようとすると、エマが駆けよってきた。手づくりのおまもりを渡され、無事に帰ってきてほしいと言われる。だから、大げさだって。危険な旅に出るわけじゃないんだ。心配することはないよ。そう言うと、エマは少し恥ずかしそうにそうよね、と笑った。



「きれいな村だったんだ」

 ぽつり、つぶやく。誰かに聞いてほしかったわけではない。ただ、言葉にしないとおかしくなりそうだった。
 美しい村だった。人も、花も、木も、すべて。しかし、その面影はもう残っていない。

「優しい人たちだった」

 村にいたときは、そんな風には感じなかった。だけど、村を出たことでじぶんがいかに恵まれていたかを実感した。
 優しい母がいること。大切だと思える幼なじみがいること。愛する祖父がいること。すべて、あたりまえではない。そう気づいたから、帰ったらたくさんの感謝を伝えようと思っていた。
 母さん、いつもありがとう。エマ、きみは最高の幼なじみだよ。じいちゃん、じいちゃんがいて、よかった。
 伝える相手は、もういない。

「どうして……どうしてこんなことされなきゃいけないんだ」

 不安。悲しみ。後悔。怒り。いろんな感情がごちゃまぜになる。大切な場所が、一瞬にして奪われた。僕が勇者だから、勇者を育てた村を焼く。それが、正義なのか。まちがっているのは、悪いのは、僕なのか。

「僕は、悪魔の子なんかじゃない」

 僕は、悪くない。非のない善人だとも思わないが、少なくともこんな仕打ちを受けるほどの悪人ではない。おかしい。あいつらはまちがっている。こんなこと、許されるべきではない。

「……気持ちはわかるが、ここに長居するのはよくない。今は、前に進まないと」

 地下牢で出会った青年は、さらりと、簡単に、そんなことを言う。僕の肩に触れようとした手を、思いきり払いのける。
 彼はその手を引っこめて、小さな声でいくぞ、と言った。

「きみにはわからない。僕の今の気持ちが、わかるはずがない。そんな簡単に諦められるものじゃないんだよ!」

 彼は一瞬、苦しげに顔をゆがめた。それがどういう意味なのかを考えられるほど、僕は冷静ではなかったし、そんな余裕もなかった。

「こんなことになるなら、行かなきゃよかった。過去にもどれるのなら、やり直したい。こんなの、あんまりだ」

 叫びにも似た言葉は止まらない。こんなことを言ってもどうにもならないと、頭ではわかっている。彼の言ったことは、ひとつもまちがっていない。たしかに、そうするべきなんだ。ここにいてもなにか起こるわけじゃない。それどころか、デルカダール兵に見つかる危険性がある。
 行かなきゃ。行くしかない。僕の帰る場所は、もうない。優しく迎えてくれる人はいない。僕は、ひとりぼっちだ。

「人を憎んじゃいけない。じいちゃんが、そう言ったんだ」

 人を憎んじゃいけないよ。優しい声が、頭の中に響く。村が、みんなが、こんな風にされた。だけど僕は、村を壊したやつらを憎んじゃいけない。
 だったら、僕のこの感情は、どこに向ければいい? デルカダール王にも、将軍たちにも、兵士たちにも向けられない感情は、必然的にじぶんへと向いてしまう。

「僕は、じぶんが憎い」

 彼は、なにも言わない。僕の言葉を肯定することも、否定することもない。いったい、なにが正しい? 僕が正しいと思っていることは、まちがっている? ああ、もう、なにもわからない。
 こげたにおいが、けむりが、すべてなくなってしまったことを、感じさせる。ここには、なにもない。僕が育った村は、僕のせいでこわれてしまった。
 突然吐き気に襲われ、うずくまる。まとまりのない感情が身体中をかけめぐる。なにもないのか。僕にはもう、なにもないのか。

「イレブン、しっかりしろ」

 先ほどのことがあってか、彼は触れてこない。ただ隣にしゃがみこみ、僕に声をかけるだけ。やめてくれ。今はなにも考えたくないんだ。彼とは、この悲しみを共有することができない。僕はたったひとりで、この思いを背負っていかなければならないのか。

「僕は、これから、どうすれば、いい。ねえ、なんのために、誰のために、僕は、生きればいいの」

 わかってる。彼にそんなことを言ってもしかたがない。だけど、今、僕のそばにいるのは彼だけだ。彼にしか言えない。彼しかいない。

「たすけて、カミュ」

 彼にはわからない。僕のこの気持ちは。わかったような口をきいてほしくはない。だけど、自分勝手なのはわかってるけど、たすけて。このままじゃ、じぶんを見失ってしまいそうなんだ。
 たすけて、たすけて。うわごとのようにつぶやく。彼は一瞬迷って、それでも僕の肩を抱いた。
 俺はおまえを助けられない。
 彼はそう言って、しばらく黙った。少しして、でも、と再び話し始める。

「もう生きる意味がなにもないって、そう思っちまうなら、俺のために生きてくれよ。俺といっしょに、旅に出ようぜ」

 なぜか、彼は少し泣きそうだった。

「……うん。カミュ、ありがとう。さっきは、ごめんね。ひどいこと言った。ごめんなさい」
「謝んなよ。俺はなんとも思ってないから」
「ごめん。僕、もう少し、ここにいたい。もう少しだけ、だから」

 そういえば、ここに来てからまだ泣いていなかった、とふと気づく。あまりの惨状に、涙すら出なかったのか。でも、どうしてだろう。彼が僕の肩を抱いてから、僕に生きる意味をくれてから、涙がこぼれそうになるんだ。
 フードを深くかぶり、彼にばれないようにこっそり泣こうと思った。なのに聡い彼はすぐに気づいて、だけどなにも言わなかった。彼は優しい人だったんだ。信じてもいいんだ、きっと。
 母さん、エマ、じいちゃん、みんな。投げやりになってごめんなさい。でも、もう大丈夫。カミュがいるから。たぶん、まだ生きていける。いつか、あの美しい村をもういちど見られるように。

 先ほどまで、絶望しかなかったこの光景に、少しだけ希望を見いだせたのは、彼のおかげだ。みんながどこかで生きているかもって、信じてみてもいいよね。それくらい、許されるよね。

「……行けるか?」
「うん。大丈夫。ありがとう」

 村の光景を目にやきつける。必ず帰ってくる。だから今度は、おかえりって出迎えて。

「カミュ」
「ん、なんだ」

 なにもなかったかのように立ち上がる彼に、僕は笑顔をつくる。

「きみがいてくれて、よかった」

 彼は照れたように頭をかいて、なに言ってんだよ、ばか。と早口に言った。彼に出会えたのだから、捕まったのもむだではなかった、と今なら思える。

じぶんの都合で勇者を生きさせるカミュと、彼を簡単に信じてしまう勇者。恋情はまだない。


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