ごちゃっと置き場3


■ 君がいなくなる夢を見た

👒 次の島へと向かう航海の途中、船長であり恋人でもあるルフィを探していると甲板の芝生の上で大の字で倒れ込んでいる姿を発見した。きっとウソップやチョッパーと遊び疲れて昼寝しているのだろう。思い返せば少し前まで随分と騒がしい声が聞こえてきていたような気がする。そっと近寄ってみるとしかし予想とは裏腹に彼の眉間にはぐっと皺が寄っている。まさか船のど真ん中で敵にやられたなんてことではあるまい。少しずつ乱れていく荒い呼吸が心配になり肩を揺らすが、起きてくれる気配はない。どうしよう、誰かを呼んだ方がいいのだろうか。「ルフィ、」堪らず声を出し彼の名前を呼ぶと、不意にまぶたが開かれ肩に触れていた手のひらを掴まれた。「ひ、!」突然のことで思わず驚き身を退くも、強く握りしめられた手がそれを許さない。寝転がったまま目を見開きこちらを見つめるルフィはしばらく呆然とわたしの顔を見つめていると、その後きゅうと目を細めて掴んでいた手を引いた。その力に従うまま彼の方へと身体を倒せば苦しいほどに強く抱き締められる。「ルフィ…?」「おまえが、」怖いほどに静かな彼の名前を呼ぶと、肩口に顔を埋めたルフィがぽつりと口を開いた。「おまえが、いなくなっちまうかと思った」静かな声音で紡がれたその言葉に、返す言葉は浮かんでこない。まさか、どうして?そう疑問が過ぎりながら口にはしないのは、彼の様子が普段と随分違うものだからだった。「わたしは、勝手にいなくならないよ、」安心させるように案外大きなその背中に腕を回しあやす様にとんとんと背中を数度叩けばゆっくりと顔をあげたルフィの瞳と目が合った。ルフィ、もう一度名前を呼ぼうと口を開いたその時、ふにと唇に感じる柔らかい感触にようやくキスされたのだと分かった。ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスを角度を変えて繰り返した後、ようやくお互いの距離が離れたと思えば再びルフィの顔はわたしの首元へと埋まってしまう。わたしが考えているよりもずっと、なんだか参ってしまっているらしい。たかが夢に、なんて馬鹿にはできない。きっとそれこそが彼の恐れることなんだろう。「お前のことはおれが守る」「勿論、頼りにしてるよ」わたしの言葉を耳にして顔をあげたルフィはやっといつものように太陽のような笑顔を見せたのだった。

🔥 「エース」普段ならば名前を呼べばくるりと振り返り眩しい笑顔を見せてくれるのに、目の前の彼はそうはしてくれなかった。「悪いな」何が?問いかける暇もなく露のように消えてしまった彼に、わたしは呆然と立ち尽くしていた。「ッ!」ガバリと慌てて起き上がると、視界に入るのは見慣れた自分の部屋。まるで全力疾走した後のような、ひどく疲れた身体と荒い呼吸に脳は混乱するばかりだ。わからない、わからないけど、すごく悲しい夢を見ていた気がする。自覚するなりぼろりと溢れ出した雫を止める術を持っているはずもなく、身支度をすることもせずに靴を引っ掛けると重い足を引きずりながら自室を後にした。早朝の船内とはいえこの大きな船には既に起床し活動している人も、まだ睡眠にすら至れていない人もたくさんいた。廊下で船員たちとすれ違うたびに何事かとギョッとされながらエースの部屋を訪ねたのだが、どうやら中には居ないらしい。こんなに朝早く起きるタイプではないはずなので不寝番か、任務か、いずれにせよ今すぐ会うのは難しそうだ。案外冷静に思考をしながらもその間涙は絶えず流れ落ちていて、嗚咽こそ漏れはしないもののひたりひたりと廊下を水で濡らしていた。「えーす、」悲しくて切なくて、昨日もたくさん話して笑って過ごした彼が恋しくて心細くて、ここに居もしない男の名前を涙で濡らしながら呼ぶと、不意に大きな声で名前を呼ばれた。「おい、大丈夫か!何があったんだよ」驚きと心配とを詰めた眼差しでわたしを見つめ駆け寄ってきたのは紛れもなく会いたかった男だ。どうして?声にもならず視線で訴えるとエースは腰を折り視線を合わせるとわたしの濡れた頬を強引に手の甲で拭う。「隊員のやつらが教えてくれた。お前が泣きながらおれのこと探してたって」あーあ、仕方ねェな、なんて言いながらも声音とその表情は底抜けに優しくて溢れる涙は止まってはくれない。確かめるようにベタベタと無遠慮に彼の頬を触ってそのまま逞しい首に腕を回ししがみつけば彼は難なくわたしの身体を受け止めた。「悲しい夢を見たの」ず、と鼻をすすりその首筋に擦り寄る。そんなつまらない理由で、なんて呆れられてしまっただろうか。口にしたあと途端に怖くなり身を強ばらせるも、彼からの反応はひどく優しかった。「そうか、そりゃ辛かったな」壊れ物を扱うような優しい手つきで頭を撫でられなんかして、涙は一向に止まる気配は見えない。「おれがついてる、おまえの怖いものなんて全部ぶっ飛ばしてやるよ」自信に溢れた力強い言葉にそろりと顔をあげると、優しい顔をしたエースは不安を攫ってしまうように、きゅうと引き絞られた唇にキスをした。

🎩 昨日まで長期の任務に入っていて、ベッドでゆっくり眠りにつくのも久しぶりだった。彼女の柔い身体を抱き締めて幸せを噛み締めながら意識を落としたのだが、僅か数時間後に恐怖で飛び起きる羽目になってしまった。室内に響き渡っているのではないかと錯覚するほど心臓は早く大きく鼓動を打ち、額からは冷たい汗が滑り落ちる。何も無い空間を掴もうとして伸ばされた手のひらを彷徨わせ、恐る恐る隣に視線を落とすと先程まで見ていた夢とは裏腹に気持ちよさそうに眠る彼女がいた。呼吸により上下する胸は見てわかるものではあるが、それでも不安が消えることは無かった。涎こそ垂れていないものの半分開かれた口元と鼻の真上に手をかざし呼吸を確認する。その後しっかり肩までかけられた布団を剥ぎ取り彼女の胸に耳をあてると規則的な心臓の音を感じ、ようやく安堵の息を吐き出した。恐ろしい。自分が傷つくことなんかより何よりも、再び大切な人を失ってしまうのが一番恐ろしくてならない。「…さ、ぼ?」寝ぼけ眼できっとふわふわした意識であろう彼女が名前を呼ぶ。「…あァ、悪い。起こしちまったな」「んーん…」何とか会話は続いているがすぐにでも再び意識を落としてしまいそうな彼女の腕がゆっくり持ち上がる。しばらく何かを探すように宙をかいた後、最後にはおれの背中に腕を回し胸元に収まるように寝返りをうった。「だいじょ、ぶ…」辛うじて聞き取った言葉はきっとおれを安心させるための言葉。お互いの動きや声どころか鼓動も聴こえるこの体勢で、彼女は反対の腕で二、三度おれの髪を撫でると再びすこんと眠りについてしまった。ぐう、とすぐに寝息も聞こえ始め無防備な寝顔は何よりも愛おしい。「…頼む、おれの前からいなくならないでくれ」縋るような懇願は既に夢の世界へと旅立ってしまった彼女には聞こえてはいない。だけど、それでもよかった。こんな情けない弱音も怯えも、彼女には見せなくてもいい。「愛してる」耳元で囁いた言葉に、彼女が小さく笑ったような、そんな気がした。


■ 退行する彼女と🍳くんの話
・5日目(-1)
「なんか、イメチェンした?」うーんと眉を寄せて首を傾げるナミに、わたしも同じようにこてんと首を傾げる。まったく、決して、これっぽっちもそんなつもりはないし心当たりだってない。「気のせいじゃない?」「そうかしら…」わたしの言葉にやはり納得がいかないと言わんばかりに難しい顔をしたままのナミはすぐ横を通り過ぎようとした金色の髪をした彼を呼び止めた。「あ、サンジくん!ねえ、なんか変わったと思わない?」「え?」突然呼び止められたサンジくんは驚きに目を見開きながらも文句のひとつも言わずにナミと並んでわたしの姿を上から下まで視線を投げる。「うーん…今日もすげェ可愛いことは分かるけど…」さも当然と言わんばかりに告げられた言葉にじわりと頬が熱を持ったのがわかった。「あ、ありがとう…」俯きがちに呟けば、ナミは「そういうこと聞いてんじゃないのよ」なんてぼやいて、後ろ手にひらりと手を振りながらイチャつくのは二人きりでどーぞと投げ捨てるとその場を後にした。

・10日目(-2)
「やっぱりおかしいわ」そう言ったナミの言葉に、そろそろ頷くしかないことは自分自身でも分かっていた。鏡で見た自分の顔は幾分か、確実に幼くなっている。「あんた変な悪魔の実食べたりしてないでしょうね?」「ええ?まさか…」悪魔の実を食べておきながら自分でその変化に気付かないなんて、そんな馬鹿な話があるわけない。「そうなったら敵の能力か、」いつの間に隣にいたのやら、顎に手をかけ難しそうな顔をしたサンジくんがぽつりと呟いた。船員の誰もおかしなところは無いというのに、わたしだけ?それもまた変な話のような気がする。しかしナミはというと「チョッパーに診てもらうわよ」と言い残しこの船の可愛い船医さんを呼ぶため走り出してしまった。「…なんだか、出会った頃のことを思い出しちまうな」「え?ああ、確かに…二年前ぐらい、かもしれないね」サンジくんの言葉に記憶を手繰り寄せながら頷いて、その顔を見るべく視線をあげるとぴしりと身体は固まってしまった。懐かしむような、それでいてうんと優しい眼差しは一心にわたしへと向けられている。何だかとっても気恥ずかしくて視線を泳がせながら遠くへ投げると、隣からはくすくすと笑う声が聞こえてきた。

・15日目(-3)
結論から言うと、わたしのこの少しずつ見た目が若返っていく現象は原因も解決方法も分からずのままだった。そうこう言っている間に今日もまた少し顔立ちが幼くなってしまったような気がする。「なんだか妹ができたみたいね」茶化すようにそう言って笑ったロビンが、わたしに内緒で原因を探し出そうとしていることは知っている。今日で約二週間が経ち、この退行は収まる気配を見せることはない。もしこのまま若返り続けたら、どうなってしまうのだろう。漠然とした不安は胸の内に蟠り、どろどろと黒い靄が腹の中に巣を作る。「まあでも、そうなったらそうなったで仕方ないなあ」こんなこと言ったらきっとサンジくんに怒られちゃうから、絶対に秘密だけどね。

・20日目(-4)
随分と少女に近付いたなと、女部屋にある鏡を見てそう思ったのだがそれはみんなも同じ感想らしかった。「この頃の君もとっても素敵だ!」目をハートにしては跪き手のひらを取ったサンジくんの目の下が隈に覆われ始めたのは最近だった。本人は隠しているつもりのようだが、寝る間も惜しんで治す方法を探してくれているんだろう。それがサンジくんの生活を蝕んでいるのだと思うととっても心苦しくて申し訳なくて、それでいてほんの少しだけ嬉しい。わたしは彼にとってそれほどの存在になれているのかと思うと心に何かが満たされるようだった。身長と同じように少し縮んだ手のひらを取ったままのサンジくんの額にちゅっと唇を寄せてみる。「今日も大好き」不意打ちの告白に、サンジくんは少し驚いた顔を見せたあと、へにゃりと崩れるように柔らかい笑顔を見せてくれた。

・25日目(-5)
決してロビンや七武海の女帝ほど身長が高かったわけではないのだが、こうも視点が変わるのかと少し驚いていた。もっと具体的に言うと、サンジくんの隣に並んだ時に見上げる首の角度が増した。「どうしたんだい?」わたしの視線に気が付いたのか、首を傾げたサンジくんは何を言うでもなく腰を折り視線を合わせてくれる。「んーん、なんだかサンジくんが遠くなっちゃったなあって思っただけ」「なんだそりゃ」一か月前よりも少し高くなった声で呟くと、サンジくんは可笑しそうに笑う。「君が不安にならないようにずっと隣にいてあげるよ」ずっとなんて無理だと笑い飛ばしたいのだが、サンジくんならほんとにそれができそうなんだもんなあ。「ふふふ」溢れた笑いを見てサンジくんが腰を抱こうとして、暫し彷徨った後にその腕が彼の腰に戻っていったこと、気付いてない振りしてあげる。

・30日目(-6)
「何やってんだ、チビ」「そういう言い方する…!」ふんぬぬぬ、と棚の上にあるマグカップを取ろうと奮闘していると真上から緑髪の彼が声を掛けた。しかし配慮の欠片も無いその言葉も正しく事実なので何も返す言葉が無い。必死に伸ばしていた爪先を落としはあ、と溜息を吐くと真上からぬっと腕が伸び目当てのものを手に取った。「これか?」「…そう。ありがと」彼の手から受け取って礼の言葉を告げると、わたしの顔をじっと見ていたゾロが今度は呆れたように溜息を吐き出した。「そんなに嫌だった…?」「違ェよ。困ってんなら人呼べばいいだろうが」それこそあのクソコックとか。続けられた人物を頭に思い浮かべて、そしてすぐさま首を横に振る。「んー…サンジくんにはこれ以上迷惑掛けられないし」きっと文句も嫌な顔を一切見せずに駆けてきてくれるのだろうが、だからこそ頼りきりになるのはいけないと思っていた。わたしの答えを聞いたゾロは何だか少し複雑そうな顔をして、「そーかよ」とだけ返すと踵を返す。わたしの姿を見つけてわざわざ助けに来てくれたみたいだ。「ありがとう、ゾロ」振り返りもせずひらりと手を振った彼に顔を綻ばせると、たまたまやってきたサンジくんが何を勘違いしたのやら「マリモ野郎!!」という怒声と共にゾロに飛び掛っていた。まったく、やれやれ。

・35日目(-7)
「もう少ししたら島に着く!準備しとけよ!」今日も笑顔満開な船長の言葉にこくりと頷く。曰く、次の目的地である街にはわたしのこの謎の現象を知る人物がいるかもしれないとのこと。目的地とは遠回りにわざわざ寄り道させることが申し訳なくてごめんと言おうとしたら船長から怖い顔で「お前はおれの仲間だ!それに!おれが行きてェから行くんだ!!」なんて怒られてしまった。そんなわたしはというとすっかり以前まで身に付けていた服がぶかぶかになってしまっていた。ロビンやナミになんとか見繕ってもらってはいるもののこれ以上小さくなってしまうと限界がきそうなものである。流石にチョッパーのサイズにはなれないし…。「こんなところでどうしたんだい?」「レディには悩みがたくさんあるものよ、サンジくん」「おっと、これは失礼しました」演技がかったように大袈裟に言ってみせたが、きっとこの姿では滑稽そのものだろう。しかし真剣に恭しく礼をしてみせたサンジくんは下げていたまぶたを開きちらりと片目でこちらへと視線を投げた。「ところで午後のスイーツの準備ができていますが、レディ?」「すぐにでも!」「喜んで」そっと差し出された手のひらに同じように手のひらを重ね、彼に導かれるままに歩を進める。重なった手のひらの大きさが変わってしまったことがなんだか寂しくなってしまったんだけど、きっと繊細な君の方が傷付いているんだろうな。

・40日目(-8)
「明日、島に着くみてェだよ」「そうらしいね」昼食を終えたあと、片付けをするサンジくんを見つめながら寛いでいると、彼から声が掛けられた。昨夜ナミから聞いていたことだからそのことはわたしも知っていた。「ねえ、サンジくん。わたし言わなきゃいけないことがあるね」島に着くまでに、彼とは話しておかなければならない。普段とは違った雰囲気を感じ取ったのか、サンジくんはハッと息を呑むと視線を彷徨わせたあとテーブルへと落とし、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。「…いやだ」「サンジくん」「聞きたくねェ」「聞かなきゃいけないことだよ」もしこれが治らず、わたしが消えてしまった時のことを。ぎゅうと握りしめられた拳は力が込められて白くなっている。きっと開いてみると爪が肉に食いこんで血が滲んでいることだろう。料理人の手にはあってはならないことだ。テーブルに押し付けられている拳を両手で包み込み、窘めるようにその手を開かせると案の定赤く滲んでいる。「…もしこれが治らなくても仕方がないことなんだよ」「そんなわけあるか。仕方がねェなんて、」声を荒らげまいと必死に押さえつけるサンジくんにううん、と首を横に振る。この世にはどうしようもならないことなんて沢山ある。それはわたし達だってよく知っているはずだ。「…ッそれでもおれは、おれは…」項垂れた彼を慰めることはわたしにはできない。「おれは、君を失いたく、ない」絞り出されたその言葉に聞こえない振りをして、わたしはそっと席を立った。

・×××
つい昨日着いた島で、彼女の謎の病について何かわかるかもしれないとナミさんとチョッパーは島に着くや否や随分と幼くなってしまった彼女を連れ船を後にした。それから一日。ナミさんもチョッパーも彼女も未だこの船に戻ってはきていなかった。「あんまり張り詰めても仕方ねェだろ」吐き捨てるように言ったマリモにギリと歯を噛み締める。テメェに何がわかる。掴みかかりそうになる自分を押さえやれ肉だなんだと飛び出していったみんなを見送りじっと船で待っていた。先日の彼女の言葉が頭の中でリフレインする。「わたしが消えてしまった時」なんて。そんなこと、そんなことあっていいはずがない。「おい、船はおれが見とくからお前も街を見回ってこい」焦燥に駆られた自分を見かねたのだろうフランキーがそう言い、追い立てられるように船から足を踏み出した。こんな心情で気分転換などできるはずがない。足を動かしながらも目に映る風景も耳に入る雑踏もすべて自分をすり抜けていくようだった。──────日に日に小さくなっていく彼女が恐ろしくて仕方がなかった。取った手が、隣に並んだ彼女が、少しずつ知らないひとになっていくような心地だった。「頼む、」どうか、彼女をおれから奪わないでくれ。神様なんて信じちゃいないが柄にでもなく神頼みなんてしてしまうほど、参ってしまっているのだと思う。「サンジくん!」自分の名前を呼ばれ勢いよく振り返ると、そこにはナミさんが立っていた。「ナミさん、彼女は、」「あの子…、」困ったように眉を下げたナミさんにまるでナイフを突きつけられたかのように心臓がひやりと冷たくなる。まさか、まさか、ダメだった?彼女のあれは治ることはない?「話を聞くのは自分だけでいい、って…。チョッパーも私も追い出されちゃって、」だからどうなっちゃったのか分からないの、ごめんね…。視線を落とし申し訳なさそうに謝るナミさんに首を横に振る。「ナミさんのせいじゃねェさ…おれ、行ってみるから場所を教えて貰ってもいいかい?」

頷くナミさんから彼女の場所を聞き、半ば走りながら目的地へと向かう。彼女にはどうしてか色んなことを周囲に隠して抱え込んでしまうところがある。もっとおれのこと頼ってくれていいんだよ、と伝えると「サンジくんだって頼らないくせに」なんて悪戯っぽく笑われてしまったのも記憶に古くはない。顎を伝う汗を拭いナミさんから聞いた目的地に辿り着くと、民家の扉をノックする。しかし反応はなかった。それどころか中に人の気配すら感じない。まさか。嫌な予感が胸中を過る。治らないのならば、ともし彼女がひとり姿を消すことを選んだら。バクバクと心臓が暴れ回り息が浅くなる。馬鹿、そんなわけあるか。そうと決まったわけじゃない。ひとまず気を落ち着けようとポケットにいれている煙草を取り出す。だってまさかそんな。あァ、クソ、火がつかねェ。「サンジくん?」ぽろり、と。咥えたばかりの煙草が地面へ落ちる。背中から聞こえた声は紛れもなく彼女の声だ。恐る恐る振り返り彼女の姿を目にすると、そこには久しく見ていなかったいつもと変わらない姿の彼女が不思議そうな顔をして立っていた。「、」夢や幻ではないことを確認したくて、そうっと彼女へ手を伸ばす。断りもなくレディに触れるなんて、そんなのあってはならないことではあるが、脳はそこまで気を回してはくれなかった。手のひらが彼女の頬に触れる。それを見た彼女が擦り寄るように彼女自身の手のひらも重ね、ほんのりと温かい温度が手のひらから伝わることによってようやくほっと息を吐き出した。そうすると次に溢れ出したのは安堵で、力が抜けてしまいそうな身体を叱りつけ抱え込むように彼女の身体を抱き締めた。「ッよかった、」「…心配掛けちゃったね」応えるように彼女の腕が自分の背中に回り、彼女の手のひらも、彼女の身長も確かにこうだったことを思い出す。ぽろりと零れた涙は彼女の服に染み込んでいく。「おれは君を失いたくねェ」あの日応えてはくれなかった言葉をもう一度。抱き締めた腕の中から息を呑むような声と気配を感じた後、彼女の身体は少し震えた。「…わたしも、手放さないでほしい」健気で儚く愛おしい彼女の願いを決して違えたりしないよう、強く強くその身体を抱き締めた。

(後日談)
「いやあ〜なんかこの前停まってた島にだけ生えてる希少な毒キノコのせいだったみたいで。やっぱりあれ放っておくと死んじゃってたみたい。あっはっは!拾い食いってほんとよくないわ。肝に銘じます。これからサンジくんが作ってくれた食べ物しか口にしな あ痛ッ!痛い痛い痛い!ナミほんとに痛い!」ギリギリギリと首を絞めあげられ視界がふわふわと白くもやがかっていく。これほんとにだめなやつでしょ!顔に当たる豊満な胸を堪能する余裕もなく必死に腕をぺちぺち叩くとようやく解放され地面に倒れ伏した。こ、こんなところで死ぬかと思った…。先日訪ねた物知りおじいさんの知恵とチョッパーの調合力により解毒薬を摂取しみるみるうちに元に戻ったわたしはみんなが集まるサニー号の甲板の上にて正座をする羽目になっていた。今回ばかりは全面的にわたしが悪かったため何も文句は言えない。しゅんと項垂れる中、「あーあ、心配して損したぜ」と散り散りになっていくみんなを座り込んで見送る中、サンジくんがしゃがみこみ手を差し伸べてくれた。「…怒ってない?」「まさか。おれが?何に?」「…わたしが消えちゃった時の話したこと」差し伸べてくれた手を掴みその場に立ち上がるとサンジくんは困ったように眉を下げた。「怒ってはねェよ。悲しかったけど」「うっ…」「でも、」罪悪感でツキリと傷んだ胸をぐっと押さえ込むと、不自然に言葉を切ったサンジくんの顔を見上げる。ああそういえば、何だか顔が見やすくなったな。「これからは君がそんなこと言い出せねェぐらいどろっどろに甘やかしてあげればいいわけだ?」「あえ?」ぽかんと口を開き呆けたわたしの腰にすかさず腕を回したサンジくんはちゅっと可愛いリップ音と共に鼻の先にキスをした。「そ、そういう話じゃないような、」吹き飛んでしまいそうなほど弱々しいわたしの言い分は、ふっと小さく笑ったサンジくんによる口付けで言葉通り消えてなくなってしまったのだった。


■ 好きを伝えたい彼女と🎩の話

・1回目
「好きだなあ」すぐ近くから聞こえてきた独り言のような呟きに、何を言われたのか処理ができず数瞬遅れて彼女へと視線を向けた。彼女の様子はと言うとまるで先程の言葉とは釣り合わず、どうしてか自分よりも驚いた顔で大きな宝石のような瞳を一際丸くしてこちらを見つめていた。「あァ」なんだそりゃ。自分でもそう思う。こんな返し方ってあるか?もっとこう、今のってどういう意味だ?とか、ほんとにおれのこと好きなのか?とか、とにかく好きな女に好きだと言われて相槌ひとつで終わらせてしまうなんて信じられない。表にこそ出ないものの相当頭の中は混乱してしまっているらしい。いや、やっぱり今のナシ。自己嫌悪に駆られかけ口に出そうとしてすぐさま口を開き、そして固まった。「うん」喜色満面とはまさにこのことだ。薄ら紅潮した頬で満足そうに頷いた彼女に、掛ける言葉は失われてしまった。

・2回目
「す、き」絶対に聞き間違いなどではない。飯の途中、プレートに山盛り乗っている料理をかきこんでいると、目の前の彼女がにんまり笑いながらそう口にした。もぐもぐと咀嚼し、飲み込む頃には彼女の視線は既に料理へと移り変わっており、拍子抜けさせられる。「なァ、それって」「サボくん!」問い掛けるはずの言葉は大きな声で呼ばれた名前に遮られてしまった。思わず非難するような視線を向けると彼女は申し訳なさそうに両手を合わせる。「…コアラ」「食事中ごめんね、ちょっとさっきの任務のことについてなんだけど、」任務の話となれば仕方ない、コアラが悪いわけではない。ちらりと視線で彼女を見れば律儀に「ごちうさまでした!」と告げて空のプレートを手に席から立ち上がった。



「好きだなあ」ぽろ、と溢れたのは他の誰でもないわたしの口からで、彼が反応するよりも早く、あ、やばい、と心は焦りを見せた。決して口にするつもりはなかった。だってこの気持ちは墓まで明かさず持っていくつもりだったから。革命軍の参謀総長、サボくん。突然知らない場所で目を覚まし何がなにやら分からなくて泣いているわたしをあやし励まし傍にいてくれたたったひとりの素敵なひと。革命軍の一員などではなく、ただの保護対象、居候のわたしにもまるで親しい仲間のように優しく声を掛けてくれるひと。そんな彼に惹かれるなんてまさに当然のことで、気付いたらわたしの恋心は見る見るうちに膨れ上がっていた。でも、付き合いたいなんて思わない。いや、そう言ってしまえば嘘になるけど、決して彼を困らせたり足手まといにはなりたくない。だから生涯明かさずにいようと思っていたのに、わたしの心は自分で思っていたより軟弱だったらしい。やってしまった、どうしよう。何よりも恐ろしいのはこの恋心を拒絶されることだ。しかし大きな瞳をゆっくりと瞬きした彼は、少しした後に「あァ」と一言頷いた。ぶわりと身体の中で花が舞うような感覚に、頬は自然と持ち上がる。彼を好きでいいのだと認められたような気がして、わたしは確かめるように言葉を返す。「うん」ぼやけて透けた自分の手のひらは、彼に見えないようにしっかりと後ろ手に組んでみた。


・3回目
「すき」執務室の椅子に腰掛けて、机に肘をつきまじまじとおれの顔を見ながらそう言った彼女に視線を向ける。休憩にと珈琲の入ったマグカップを持ってきてくれて、そのまま彼女はじっとこちらを見つめていた。「どんなところが?」興味本位だった。彼女の真似をして、コップを持っていない方の腕は机に肘をつきじっと見つめると、ぱちくりと瞬いたあとに「んー、」と唸った。「困ってる人見掛けたら躊躇わず声を掛けに行くとことか、疲れてても一切顔に出さない心の強さ、戦ってる時だって楽しい!って感情がこっちにも伝わってくるものだから可愛いなあって思うし、それから、」「や、もういい!」つらつらと彼女の小さな口から紡がれる内容はもちろん初めて聞くものばかりで、柄にもなく照れが先に来てしまった。手のひらを出し項垂れたおれに、彼女はにっこり笑ってみせる。「あとは、キラキラ輝く笑った表情!」そんなの、おれの台詞だ。眩しいほどに輝いた彼女の笑顔に、むうと唇を尖らせた。

・???
「あ、サボくん」彼女の告白にも満たないような拙い好きの言葉に慣れ始めた頃、長期の任務で拠点を離れることになり戻ってきたのはつい昨日、彼女と会うのも実に一月振りだった。その折に廊下でばったり出会い、彼女の柔らかな表情に足を止める。「おう、変わりはなかったか?」「うん、とっても元気」確かに言葉の通り久方振りに会う彼女には何の変わりもなさそうで、ホッと安堵の息を吐く。ゆっくりと話をしたいところだが昨日までかかっていた任務の報告や纏めがまだまだ残っている。じゃあ、また後で、と手をあげようとしてぴたりと半端に宙に浮かんだ手のひらを止める。「サボくん」口元は笑みを浮かべ、しかし細められた瞳の奥は何かが燻っているような、とにかく大きな隠し事を秘めているみたいに変な気配が感じ取れた。いつもの唐突で自己満足にも思える好きという告白だろうか。彼女が次に紡ぐ言葉をじっと待っていると、飛び出してきたのは思いもしない台詞だった。「もしわたしが居なくなってもきっと探して見つけてね」なんだそれ。怪訝な顔をしたおれに、彼女は普段と変わらずにっこり笑った。

そして次の日、彼女は忽然と姿を消した。

最初に疑問を抱いたのはコアラ。いつも早起きで、決まった時間に朝食を摂りにくる彼女の姿が見えず心配したコアラが彼女の部屋を訪れた。部屋はまるで最初から使われていなかったみたいに綺麗でがらんとしていた。元々私物が少なくたまに入る度に質素な部屋だとは思っていたが流石にこれはおかしい。一日経って、彼女の姿が見つからなければ捜索を始めよう。そう決めて彼女を待つことにしたのだが、心の中ではまさか落ち着けるはずもなく、始終不安と恐怖に苛まれ堪らず執務室から飛び出した。嫌な予感がしたんだ、なんて、今更考えてももう遅い。昨日の彼女は確かに様子が変だった。どうしたんだ?と、何かあったのか、と声を掛けてやればもしかすると違ったのかもしれない。膨らむのは後悔ばかりでずしりと重石が身体にのしかかる。彼女がもし本当に見つからなかったら?どうしてこんなことになってしまったんだろう。せめて、そう、せめて彼女の好きにおれもだ、と応えていれば。もしもの話なんて意味を成さない。そう理解はしていれど心が休まることは無い。そろそろ日付けを越えようと時計の針が頂点を指す。明日からは居なくなった彼女の捜索が始まるのだ。ちく、たく。規則的に刻む二本の秒針が丁度真上で合わさった時、ガツンと頭を殴られたような衝撃に襲われた。いや、こんなことをしている場合じゃない。探さなければ、彼女を。彼女、を。あれ、探してるのってだれだっけ?


気付いていなかったわけがない。ここはわたしが今まで生まれ育ち暮らしてきた世界とは違うのだってことぐらい。聞いたことのない地名に馴染みのない風習。だが、なぜだか絶対に元の世界へ帰ることができるという確信だけは持っていた。革命軍に保護されて、無駄飯食いはどうにも気が引けてちょこまかと雑用を請け負う日々で実は少しづつ自分の姿がぼんやりと滲んできていることにはしっかり気が付いていた。きっと、もう少しで戻れるんだ。誰かに教えてもらったわけでもない。だけどその確信はわたしに大きな希望と、ほんの少しの寂しさをいつも齎していた。「あ、サボくん」わたしの声に、彼は手元の紙に落としていた視線をあげ、ニカッと笑顔を見せた。「おう、変わりはなかったか?」明るい声音で話す彼と会うのは実に一ヶ月振りのことだった。実の所詳しく何をしているのかは分からないが、革命軍のみんなはとにかく多忙のようだった。彼の言葉に笑顔で頷き、一言二言交わすとサボくんはちらと手元に視線を落とした。まだやるべきことが残っているんだろう。引き留めてはいられない。「サボくん」しかし自分の身体は意志とは反対に彼を拘束するべく彼の名前を口にしていた。直感だった。当たるかもしれないし、外れるかもしれない。けれどたぶん、サボくんと会うのはこれが最後になるような、そんな気がした。呼び止められた彼はというとゆるく首を傾げおとなしくわたしの言葉を待っている。律儀なひとだ。だが当のわたしは彼を引き留めためのの伝える言葉は何も浮かんではいなかった。頭の中はずっとこんがらがったままだというのに、身体は言うことを聞かず勝手に喋り出す。「もしわたしが居なくなってもきっと探して見つけてね」ああ、なんて傲慢だ。正しく怪訝な顔をしたサボくんは予想通りの反応で、自分自身への嫌気を通り過ぎて少しだけ面白くなってしまった。逃げるように廊下を足早に駆け抜け、その角を曲がった時、ふわりと身体ごと意識が宙に浮いたような、変な感覚に襲われた。




■何度季節を越えようと
何だか今朝はパッチリと目が覚めて、予定していたよりも随分と早い時間に家を出た。早朝のこの時間、すれ違うのは犬の散歩をしている近所のおじいさんかイヤホンつけて颯爽とランニングしているお姉さん。折角だからと遠回りになってしまうから普段は通らない道に足を踏み入れると、桜並木がわたしを迎え入れる。花弁は散り始め満開とは言い難いけれど、だからこそ桃色が宙へ地へと染まる姿は中々絶景と言えよう。散らばる桃色を踏みながらゆったりと流れる時間を満喫していると、不意に背後から勢いよく腕を掴まれた。ビクッと跳ね上がり不審者かと固まる身体は杞憂に終わる。ぜえぜえ、と息を吐くその犯人は顔を俯かせたまま必死に息を整えている。近所の高校の制服を着ている、緩くウェーブのかかった金色の髪。決して特別珍しいわけではない。しかし確信があった。「やっと見つけた」顔をあげた彼に、じわりじわりと涙腺が緩む。掴まれた手のひらがひどく熱を持ち、忽ち蒸発してしまいそうなんて思った。「遅すぎるよ、サボくん」潤んだ瞳と震えた声で吐き出した可愛げのない悪態にも似たそれを、彼は嬉しそうに笑って受け止めるとすかさずその身体で包み込むように強く抱き締めた。「なァ、いつもの、もう一回言ってくれ」いつもの?彼の腕の中でもぞもぞと頭をあげると、彼は頷きもう一度「いつもの」と繰り返す。たぶん、いや、きっとあれしかない。「…す、き」いつぞや繰り返した幼稚な恋心を伝える言葉にサボくんは満足そうに目を細めてこの世でいちばん欲しかった言葉をわたしに投げたのだ。「おれも好き」