「なぁ苗字、わりいんだけどノート貸してくんない?」
午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってすぐ、目の前の席の持ち主は私を振り返ってそういった。よく見ると、彼の額にはセーターの袖の凹凸らしい寝跡が刻まれている。
「……またよく寝てたね、切原くん。」
「あんなの起きてられる方がおかしいだろ!大体、なんで古文とか勉強する必要があんのかすらわかんねーし。」
「それは私もわかんないけど…」
だろ!?と言いながら、彼は私の机に広げられたままになっていたノートをちゃっかり持っていき、自分のノートを隣に広げて写しだした。今日の授業はあまり進まなかったので、ノートもあまり書かなかった。そのことが幸いして、彼はさらさらとノートを写し終える。
「いつも思うけど、お前のノートわかりやすくっていいんだよ!先生の書いたやつ後から見ても意味わかんねーもん。」
「…話もたまによくわかんない。私、帰ってからちょっと調べたりしてノートに書き足してるから。」
「何それ!?お前そんなことしてんの!?」
私は存外古典が好きだ。正直言って午後にやる古典は眠くて仕方がないし、寝たことがないかと言えば完全にウソになるのだが、一応、毎回聞く努力くらいはする。
「うん、一応ね。」
「信じらんねー」と呟きながらも、彼は私が書き足したメモの項目もせっせとノートに写し始める。
「……へー、これこういう話だったんだ。初めて古典がわかった気がするぜ。」
さんきゅー、とノートを返してきた彼は、ふいにニカッっと笑った。
「…てことは……俺、授業聞く必要ないんじゃね!?」
「…え?」
「だってさ、お前のノートの方がわかるってことは、お前のノート見ればいいってことじゃん!」
「意味分かんな――」
「うわっ、やべー!部活遅れる!じゃーな苗字!これからお前が古典の先生な!」
それだけを半ば叫ぶように言い残すと、彼は荷物をバッグに放り込んでばたばたと去って行った。
自分の努力をそのまま彼に持っていかれるのかと思うと複雑だけれども、彼に笑顔であのように言われたからか、不思議と嫌な気がしなかった。
今度はもう少し色ペンでも使って書いてみるか、と頭の片隅に自分でもよくわからない考えが浮かんでは消えた。
授業中の居眠り 切原の場合・end
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