立てる内は
寂雷先生の事は誰かが暇潰しに溢した噂話で知った。
まさかチームを組む事になるとは思わなかったけど乱数と談笑する姿は不思議と安心するものがあって
個人的にはT.D.Dを解散した時の方が驚いたくらいだ。
独歩くんは一二三くんに紹介してもらった。
私が女だってわかった時、目が落ちそうなくらい驚いたから暫く笑ったっけ。
一二三くんの事は出会ったと言うよりは"拾った"に近かった。
雨の中ズタボロでごみ捨て場に沈んでた一二三くんを
内装が整ったばかりの店に引きずってったのは今思うと必然であり運命だったのかもしれない。
目を覚ました一二三くんが虫みたいな早さで動いて花瓶が割れたのはいろんな意味で焦ったし
一二三くんを落ち着ける為に切った髪の毛は後々いろんな人に怒られた。
今ではいい思い出と笑い飛ばせる。
でも、鏡に映った自分を弟と見間違えて泣いた事は誰も笑ってくれないだろうな…。
「是非、詩央莉くんの経験をみんなに教えてあげてほしい。
無理な干渉は精神に負荷をかけてしまうし、チェインもブーストも双方を壊しかねない。
確かな信頼と正確なアプローチが必要になる。」
一郎と乱数に頼まれたサポーターとしての勉強会。
経験を話すって事は手の内を明かし塩をプレゼントするのと同義。
一応許可をもらえたけどどうやってラッピングするべきかはまだ考えてない。
「…できれば夏楠にはラップバトルに参加してほしくない。だけどそれを止める権利は私にはない。」
「そうですね。どんな経緯があり目的があっても自分の道は自分しか歩めません。」
「夏楠の心は力があるゆえ壊れやすい。1度暴走してしまえば夏楠自身が壊れる可能性がある。」
きっと今回の参加者で誰よりも夏楠ちゃんの事を知り、心配してるのは先生だ。
小さい頃から主治医として関わりがあった2人は家族にも近い絆が紡がれてる事だろう。
夏楠ちゃんのお姉さんの事件は私も知っている。
誰も何も口にしなかったが左馬刻の一派は揺らぎ、銃兎さんも忙しそうにしていた。
それから少しして左馬刻のとこに1人の女の子が出入りするようになった…それが夏楠ちゃん。
「夏楠ちゃんに何が起きたのか私は知りません。でも、同じように立つ覚悟を持った彼女は私の同士です。笑顔の為に私達は手を取ります。」
「うん、ありがとう。夏楠の事を頼む。」
頭を下げる先生。
長くて綺麗な髪の毛がさらさらと肩を流れて下を向く。
「…1つだけ聞いてもいいですか?」
「何かな?私に答えられる事だといいのだけど。」
「夏楠ちゃんの好きなもの教えてください。」
一郎も左馬刻も乱数も敵になる。
でもだからと言って仲良くしちゃいけない理由にはならない。
今までの事が無くなりはしない。
バトルが全てじゃない。
今日も明日も、毎日増える昨日を抱えて私は笑いたい。
新聞の隅に小さく記された1人の女性の死の真相がうやむやにされているなら尚更。
19.12.22
20.03.12 編集