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 私は、前世の記憶を持っている。つまりは転生者である。

 転生、ではあるのだろうけど、産まれた場所は現代日本。ファンタジー要素があるでもなく、前とはほぼ変わっていない。いくらか治安が悪い、ような気がする程度だ。私自身の変化は容姿が前よりも整っていることぐらいで、特殊能力があるわけではなかった。ただ家庭は少し変わっていた。
 前と同じような中流家庭ではあるけれど、2つ上の兄が亡くなっている。前では家族を失う経験は無かった(おそらく親より先に私が死んでいるということだろう)。家族の喪失、しかも歳の近い兄を失っているというのは普通ではない。だがしかし、それは13年前のことで、私は当時3歳で記憶は正直言って朧気だ。両親も娘の前では悲しい顔を見せることはないので、特に実感もなく平凡な毎日を送っていた。
 そう、送っていた。13年前に事故で死んだと言われていた兄が生きていることが分かるまでは。

 両親から経緯について説明を受けたが、ほぼ理解できなかった。もしかすると、両親も状況を理解しているとは言い難いのかもしれない。経緯はともかく、とりあえず兄は国外にいたことだけは理解した。そしてもう日本に向かっており、明日空港に到着するということも。

 空港で迎えた兄は、血の繋がりを疑うほどに顔が整っていた。

 最初、私は全くといっていいほど兄との距離感がつかめなかった。状況が特殊すぎるし、兄と言われても過ごした時間の記憶は朧気だ。歳が近くても、これまで育ってきた環境が異なりすぎて共通の話題が分からなかった。あとは、顔が良すぎて引け目を感じていたことも否めない。

「汐里、大丈夫か?」

 心配そうな顔で走り寄ってきた兄を見て、様々な感情でいっぱいになってしまい、ぎゅうと抱き着いてわんわん泣いた。怖かった、来てくれて安心した、お兄ちゃんが怪我をしそうで不安だった、色々な感情でいっぱいになって涙が止まらない私を、戸惑いながらも抱きしめてくれた。

「.......俺が怖くないか?」
「怖くないけど? なんで? なんでそんなこと聞くの?」

 私はただ単に転生したのではなく、LI〇Eマンガにあるような喧嘩漫画の世界に転生していたのだ。

 学校
 それからというもの、マンションの前で色々な人と兄が一緒にいるのを見かけた。兄と同年代であろう男の人を見かけることが多く、眼鏡をかけた大人しそうな人に、派手な髪色をしたイケメンと体格の良い強面の人はよく来ているようだった。一度、杖をついた和服の穏やかそうなおじいさんが来ているのを見た。ぱっと見普通のおじいさんだったけれど、後ろにスーツを着た壮年の男性が控えていたから多分一般人ではないだろう。裏世界か、財閥トップか、兄の強さにでも目を付けたのかもしれない。
 もちろん男性ばかりなわけがない。清楚な女子高生に派手めなギャル、肉感的な年上女性に可愛らしい女の子が兄に対して好意を示している姿もよく見た。ちなみに全員とびぬけた顔面偏差値をしている、ヒロイン(候補)なのだから当然だ。そしてこの中の誰かと兄は結ばれるんだろう、それがセオリーというものだ。
 ちなみに私は兄の周囲の人間とはまったく関わっていない。家の近くで見かけてそれで終わりで、あとはなんとなくどういう人なのか想像する程度だ。きっとあの人を守ったんだろうな、一回喧嘩して気に入られたんだろうな〜という風に。あとは女性陣のうち誰とくっつくのかなぁ、なんて考えながら過ごしている。個人的には清楚な女子高生がいい。兄の言動か行動に対して顔も耳も真っ赤にしている姿が可愛らしかったからと、義姉になったとき接しやすそうだからだ。


「汐里、最近はお兄ちゃんと一緒に帰ってこないのね。あんなに一緒だったのに……」

 今日も今日とて家の近くで女の子に囲まれている兄を横目に帰宅すると、迎えた母は開口一番そう言った。やや心配そうな表情を浮かべている。

「まあ、お兄ちゃん道覚えたし。今日はお兄ちゃん、いつもの友達と遊んでるみたいだよ? お昼休みに友達と私の教室に伝えに来た〜」

 お気楽な声で答える。仲違いをしたわけではないことを兄の様子を交えて伝えると、母は露骨にホッとした。
 年頃の兄妹が一緒に過ごさないからといって心配する必要はまったく無いとは思うが、うちの場合仕方ないのかもしれない。死んだと思っていた息子が生きていて、家族として迎えることに心を砕いていた母からすれば死活問題なんだろう。一度気まずい関係だった兄と私が折角仲良くなったのに、また距離を取り出して不安を覚えた。友達がいて、学校に馴染んでいることも母からすれば重要だ。伝えて良かったとは思うが、やや罪悪感がある。
 課題やるご飯できたら呼んで、と声をかけ自分の部屋に入る。……正直にいえば、兄の周囲だけでなく兄自身とも最近はあまり関わっていない。
 もしかして、いや、もしかしなくとも私のせい
一度離れると駄目だった。
「怖くないよ」と言ったくせに、




 今日は家の近くではなく、繁華街で男女交えて歩いている兄を見かけた。

「ただいま〜」

鼻歌交じりに

「おかえり」
「!?」

 後ろから声をかけられる。勢いよく振り返ると、暗い玄関に兄がひっそりと立っていた。

「びっくりしたー! なんも音しなかったよ!」

腕を引かれ、ぎゅうと抱きすくめられた。
 べろりと首筋を舐められた。息が短く漏れる。肌の上を滑る舌はひたすらに熱いのに、なぞった跡は唾液でひやりとする。その温度差に頭がクラクラする。

「汐里、汐里……」

熱っぽい声で名前を呼ばれて、思考が停止してしまう。

「すきだよ」

「避けられてるのは分かってたんだ。理由は分からなかったけどな」

「ごめんな?でも、無理だ」