そう言われてつい来てしまった。テーブルシティからほど近い原っぱを抜けてポケモンリーグの本部に辿り着くと、既にドアの前で待機しているチリさんが軽く手を振って迎えてくれた。
ほんのりと煙草の匂いが鼻を掠める。不思議とこの匂いは嫌いじゃない、と思った。
「誘っといてなんやけど、実は今日リーグ休館日でなあ」
チリさんはバツの悪そうな顔をして頬を掻いた。
「そんでな…自分さえよかったらウチ来ーへん?」
「それはチリさんの…ということですか?」
「そうそう!あ、嫌やったら別にええねんけどな」
拗ねたような表情でこちらの様子を伺うのがなんだか可愛くて、思わず笑みが零れてしまう。
「そういうことならぜひお邪魔させて頂きたいです」
「ほんまに?チリちゃん嬉しいわあ」
へにゃりと笑う姿に面接の時からは想像できないなあと思いつつ、ほんなら行こかあとマイペースに歩を進めるチリさんの後に続いた。
「着いたで。中入ってや」
一言お邪魔します、と声を掛けて家に入れてもらう。シンプルで、けれど温かみのある内装がチリさんらしい。
リビングに案内してもらうとあるポケモンがのそのそと動いているのを見つけた。
「あ、スナバァだ。かわいい...」
手を伸ばすと途端にくらりと視界が揺らいだ。意識が、思考が遠のいて何も考えられなくなる。
「...ごめんなぁ」
視界を手で遮られ、全ての感覚を遮断された私はやがて深く沈むように意識を手放した。
ーーー
催眠術がよく効いているのだろう、少女はベッドの上で虚ろな目をして横たわっている。
罪深い行為をしていると、チリは自覚していた。けれどそれ以上に彼女はこの歪んだ感情の行き場をどうしようもなく求めていた。
「ほんまに、かわいいなあ」
チリは少女の髪に優しく触れ、撫でる。少女はピクリとも反応せず、ただ輝きを失った目が彼女をぼんやりと捉えていた。
「アオイはチリちゃんだけ見てればええ」
意思を失った少女はこくりと頷く。その様子はさながら糸の解れた操り人形のようで。
「もっと笑ってや」
少女はその発言通りにっこりと口角を上げる。けれど、何かが違うとチリは舌打ちをする。
「なんでアオイはチリちゃんだけにかわいい顔見せてくれへんの」
困ったさんやなあ、そう呟く声色には憂いが交じっている。
こんな手段を取ったところでアオイは自分のものにはならないのに。けれど、彼女はどうしてもこの少女の体も、心も全て手に入れたくて仕方がない。
「もうええよ、スナバァ」
スナバァは催眠をゆっくり解いていく。彼女に特段心境の変化があったという訳ではない。
ただ、いつもの少女の笑顔が恋しくて。
なんとなく呆れたような気持ちになっただけだ。
「う......」
少女に意識が戻ったようだ。その瞳を見てチリは少し安堵する。
「わ...もしかして私、寝ちゃってました...?」
「せやなあ...でもそんだけくつろげてるっちゅうことやろ?チリちゃんは全然構わへんで」
すみません、と謝る少女を見て罪悪感を感じつつも、この感情は全て自分だけに向けられたものだと思うとどこか嬉しくも感じてしまう。
「お疲れみたいやな、今日ははよ帰って休み」
「そうさせていただきます!ご迷惑おかけしました!」
「また来いや。いつでも待ってるで」
慌ただしく帰る後ろ姿は一瞬にして消え去り、時を刻む音だけが無機質に響くいつもの風景に舞い戻ってしまった。
「絶対、手に入れたる」
チリはぽつりと呟いた。どんな手段を使ってでもあの少女を手に入れると強く決意した。
けれど、今はまだその時じゃない。少しずつ、周りから囲いこんで、とうとう逃げられなくなったところを美味しく頂いてしまおう。その姿はさながら用意周到な蛇のようだ。
ああ、楽しみで仕方ないとチリはくつくつと笑った。