4. 五夜・前
今日も今日とてあのバーでアカギさんと出会った。いつも通りお互い一杯の酒を飲み終えると、二人で連れ出る。今日はどこへ行くんだろう、と思っていると急にアカギさんが立ち止まった。

「……悪いんだけど、俺金持ってないんだよね」
「え?」

初めてのパターンに困惑する。いつもあんなに羽振りのいいアカギさんがお金を持っていない時があるなんて。しかし、何となく彼が望んでいることに察しがついた。

「……うちに、泊まりに来ますか?」
「いいの?悪いね」

私が断らないことを分かっていて、悪いなんて一つも思っていないくせに、と心の中で思いながらも突然の『おうちデート』に心拍数が上がっていた。

「あ、夕飯作るのに材料買って帰りましょうか。アカギさん、何か食べたいものありますか?」
「名前が作るもんなら何でも食うよ」
「一番困る回答ですねえ……」

アカギさんを軽く睨むと喉を鳴らしながら彼は笑った。
徒歩で二十分ほど歩いている間、いつもホテルや旅館で美味しいものを食べていて舌が肥えている彼に何を食べさせようか迷っていると、あっという間に家の近くの商店街に差しかかった。

店を回り買い物をするも、結局安売りの牛薄切り肉と豆腐を見つけてしまい、献立は自然と肉豆腐になってしまった。付け合わせとお吸い物のための具材も買い込み自分の家に帰る。いつもより重い買い物袋をアカギさんは何も言わず持ってくれた。さり気ない優しさに胸がきゅっとなる。


しばらく歩くと見えてきた小さいアパート。その二階の一角が私の城だ。階段を登りながら鞄から鍵を取り出し解錠するといつもの見慣れた1Kの間取りが現れた。
いつもと違うのは、この家にアカギさんがいること。

「邪魔するよ」
「どうぞ!狭いですけど」

アカギさんは玄関で靴を脱ぐと買い物袋を台所の近くに置いてくれた。洗面所の場所を教えると彼は律儀に手を洗った。

「ご飯作るので、その間居間で寛いでいてください」
「そうさせてもらうよ」

私はシンクで手を洗いエプロンを着けると調理を始めた。いつも自分の分しか作らないから手を抜くことが多いけど今日は二人分。しかも食べるのがアカギさんなんだから作り甲斐があるというもの。
手早くご飯を炊く準備をし、肉豆腐の具材を鍋に入れて火にかけた。付け合わせも適当に作り、一息つく。

後はご飯が炊けるのを待つだけ、といったタイミングで後ろから抱きしめられ首筋に頭を埋められた。

「ぁ、アカギさん」
「名前、腹減った」
「もうすぐできるので待っててください」

こうやって構って欲しくなった時にふらっと現れてまるで猫みたいだなあ、なんて思いながら彼のふわふわな白髪を撫でるとピクリ、と反応した。ぐりぐりと頭を擦りつけるアカギさんはまるでもっととせがんでいるようだった。
何分か優しく頭を撫でると満足したのか離れていく。そして何事もなかったかのように声をかけてきた。

「……皿とかどこ」
「あ、えっと、そこの棚にお茶碗と取皿があるから二つずつ出してほしいです。お箸はここに……」
「わかった」

二人分の食器を用意し居間に戻っていくアカギさん。……可愛いところもあるんだな、なんて思いながら丁度炊けたご飯をしゃもじでかき混ぜる。アカギさんが用意してくれたお皿におかずを乗せて食卓に並べる。蒸らしたご飯もお茶碗によそって食卓に並べるとベランダで煙草を吸っていたアカギさんがこちらを見てお……と声を上げた。

「旨そう」
「ただの家庭料理ですよ。煙草、吸い終わったら食べましょう」
「ああ。ありがとうな、わざわざ用意してくれて」
「ふふ、アカギさんはお客様ですから」

着けていたエプロンを取り、押入れにしまっていた来客用の座布団を一枚取り出しいつも座っている座布団の対面に敷いた。
そしていつもの座布団に座る。
数分後、煙草を吸い終えたアカギさんが部屋に戻ってきて先程出した座布団に座った。私が手を合わせると、つられたのかアカギさんも手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」

お箸を持って食べ始めるアカギさん。
私もお箸を持つもアカギさんの様子が気になりお吸い物の碗を持った状態でじっと見つめてしまう。彼は無言のまま一口、二口と私が作った料理を口にする。

「……そんなに見られてると食いづらいんだけど」
「あ……ごめんなさい」
「フフ……心配しなくてもちゃんと旨いよ。アンタが俺のために作ってくれたんだから」
「!!」

アカギさんの言葉に嬉しくなった私は上機嫌で肉豆腐を摘んだ。うん、いつもよりちゃんと出汁がきいてる、かも。

二人で囲む食卓は静かでお互いの咀嚼音しか聞こえなかったけれど、一人で食べる食事よりもうんと温かく感じた。毎日こうならいいのに、なんて絶対に叶うことのない願いを抱きながらご飯を口に運ぶ。



夕食を食べ終わると、アカギさんは煙草をふかしにベランダへ、私は台所で食器や調理器具を洗う。洗いながらふと、お布団が一人分しかないことに気付く。どうしよう。
食器を一通り洗い終わって、ベランダにいるアカギさんに声をかける。

「あのアカギさん、申し訳ないんですけどお布団一人分しかなくて……。私座布団で簡易なお布団作るのでそこで寝ます」
「……何言ってんの。一緒に寝ればいいでしょ。いつもそうしてるんだから」
「い、いやでも……お布団一人用だからいつもより狭いですし……」
「夏でもないんだし、くっついて寝ればいいでしょ。……それとも、名前はそれだと不都合があるわけ?」

「…………ない、です……」

そう言われては何も返せない。アカギさんは本当に狡い。

そろそろ深夜に差し掛かる頃。アカギさんから先にお風呂に入るように言われ、私は素直に従った。身体を綺麗に洗いタオルで拭いた後、部屋着に着替え居間に戻る。

「すみません、お待たせしました」
「……ん、じゃあ風呂借りるよ」
「タオル、出しておいたのでそれを使ってください」
「ありがとうな」

片付けていた布団を広げ、先に潜り込む。なるべく端っこに寄ってアカギさんが狭くないように。
と、同時に睡魔が襲ってくる。一週間の疲れが急に来たみたい。それもそうだ。仕事終わりに毎日あのバーで一杯ひっかけて帰りはいつも深夜なのだから。



気付いたら、私は意識を手放していた。


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