いつの間にか信号はまた青になり、車は着々と私の自宅へと近づいてゆく。
斎藤さんはしばらく無言を貫いていたが、
不意に、また私に問うてきた。
「…あんたは、俺に送られるのが嫌なのか」
相変わらず、表情を崩さず、真っすぐ前を見据えている。
私は、さっきから斎藤さんの質問が若干変だということをこの際一旦触れずに素直に返答することにした。
「嫌ではないです、そうではなくて…」
「ならばいいだろう。いいから黙って俺の隣にいればいい。」
「……っ(な…何言ってんの…)」
斎藤さん、それって、どういう人に言う言葉か分かってます?
一体何を考えてるんですか…。
言いたいことはたくさんあったけど、突然の積極的な言葉に驚いて思わず口が開きっぱなしになる。
ハンドルを握る斎藤さんの形のいい耳が、心なしか赤くなっているような気がしたのは、きっときのせいだろう…。
だいたい、いつもはこんなに喋らない。
車の中では大体沈黙で、たまに私が話しかける程度だった。
今日の夕飯はおそばにしました、とか
明日は映画を見に行く予定です、とか。
それに対して、斎藤さんはいつも静かに相槌を打つだけで大した話なんてした覚えがない。
ただ、一度だけ、車内でお互いの手が当たってしまったときは、何とも言えない恥ずかしさでいっぱいになったっけ…
この半年間、本当に何もなかった。
隣で運転してくれる斎藤さんに、安心感さえ抱いていた。
だけど。
「斎藤さん…そういうことは普通、彼女とか好きな人に言うものじゃないですか?」
そうだ。
俺の隣にいろ、だなんて。
そんなこと言われたら、勘違いされてもおかしくないよ。
いつも冷静な斎藤さんにしては珍しく変なことを言うものだ。
そうこうしているうちに、もう自宅付近まで来た。
あの交差点を超えれば、家に着く。
いつもは安心した気持ちでいたけれど、
今日は変な緊張感に包まれてどうも居心地が良くない。
斎藤さんもあれからずっと黙ったままだし。
とてつもなく、長い帰り道のように感じた。
交差点の手前で、信号が赤に変わる。
信号に従って、ゆっくりとブレーキを踏む。
そして、静かに止まった車の中で、真っすぐ前を見たまま斎藤さんが口を開く。
「あんたは先ほど、嫌ではない、と言った。ということは、俺を好いているということになる。」
斎藤さんが、私の方へ体を向けた。
なぜ、そういう解釈になるのだろう。
そんなこと一言も言ってないじゃない。
そう思うのに、私の心臓は何故だか大きく波を打っている。
「千里」
え、今、名前…
私はただならぬこの雰囲気に、思わず窓側へ体を寄せた。
すると斎藤さんは、体を少しこちらへ乗り出し、窓に手をつくと
「半年、待ったのだ」
そう言って、頭にもう片方の手をそっと添え、
「俺は、お前を好いている…」
頭の中が、真っ白になった。
心臓がうるさい。
近づく、斎藤さんの綺麗な顔
優しく触れた、互いの唇
最後に見えたのは、信号が赤から青に変わる瞬間だった―――――。
狼まであと何秒?
(斎藤さんっ…な、なにしてるんですか!)
(千里、今日からは送るだけでは済まさぬ)
(はい…?)
(…この続きまでお預けか?)
(なっ…なっ…)
(もうお前は俺のものだ。覚悟しろ)
どうやら私は狼に豹変した彼に、たった今から食べられてしまう運命のようです。
前へ 終わり
blue moon