氷雨の笑顔を見てから、私は薔薇を多く吐くようになった。
氷雨と会うのはお昼時間。そして、帰りの公園。
お昼時間に会っては胸を痛める。会わなくても考えるだけで、薔薇を吐く。脳裏にあの、微笑みがちらつく。
消そうとするけど、消えないでほしい。
鼈甲飴は相変わらず、流れている。
部屋の窓の外を見れば、青い薔薇はないとしても鼈甲飴が光っている。
鼈甲飴と青い薔薇を吐くのには、とても体力がいる。喉は痛いし、目は熱くなる。頭は真っ白になるし、いいことはない。憎めないことが憎い。私はきっと一生このままなんだろうな。と思う。
氷雨の声。冷たい体温。白銀の髪。紫陽花色の瞳。赤紫色の唇。透明な肌。
全てが好きだ。
うえ。
吐く音が嫌という程耳に残る。
青い薔薇がポロポロと流れる。透明の涙を頬に流しながら口から溢れる。
氷雨。
会いたい。好きだよ。氷雨。大好きだよ。
そう想うたびに、青い薔薇は量が増える。
「雪、明日。降るって」
「らしいね」
食堂でいつも通りご飯を食べた。
食欲はなく、残るのはなんだか嫌だったからお母さんに食堂で食べると言っている。もちろん、食堂のご飯も入る気になれず、購買でパンを1つ買う。
氷雨は日替わりランチを食べていた。
「まだ、少しだけど雪残っているのにね」
「学校休みにならなかったのは、すごいよね」
「そうね。でも、案外そんなものじゃない?」
「休みがいいなぁ」
「そう?私は、いやよ。2人に会えないもの」
と笑えば
「寝たいしね。それに、瑠璃は大丈夫だよ」
と氷雨が言った。
「大丈夫?」
「だって、瑠璃だったら会いにこれるから」
と言った。
なんだか、恋人の会話のような気がして
「そ・・うね。でも、会いに行っていいの?」
と早口で聞いた。
「いいよ」
と言った。
照れているのバレないようにパンを食べたが
「なんで、照れてんの?」
と聞かれた。
ギクッとして
「い、いや。なんかね」
とにやけ口に笑った。
氷雨は
「なにそれ」
と言った。
明日も雪が降る。休みになっても会いに行ける。休日も会える。そう思うととても嬉しくなった。今、会っているのにまた会いたくなった。
「じゃあね」
と言って別れた。
私は、教室ではなくトイレへ行く。個室へ入り深呼吸をする。
落ち着け。落ち着け。心臓を優しく叩いた。
それでも、ふとした時に思い出してしまう。食べている時も危うかった。
あの、氷雨の、笑顔。
うえ。
膝をつき。便座の座るところに手をつき中に吐き出した。
ああ。気持ち悪い。喉が痛い。バンが出てきそうだ。しかし、パンなどは出ずに青い青い花びらが沢山でてきた。
吐き終えて、深呼吸をする。手を洗い鏡を見た。目は腫れていない。
トイレから出ると霧氷がいた。
「あら、瑠璃」
「霧氷」
「どうしたの?」
「ちょっとね」
「薔薇?」
「え、ええ。まあ」
そういうと霧氷は微笑み。
「なにか、いいことでもあったの?」
と聞いてきた。いいこと?いいことなんてない。口から花びらが出るのだ。まるで、悪夢だ。
「最近。多いから。花びら」
と言った。
「そ、うだったかしら。いいことね・・・そうね。氷雨の、笑顔を見たの。とても、綺麗で、儚くて、可愛くて、それで、それで・・・それで、ね・・」
吐きそう。
そう思いまた、トイレへ行った。トイレの個室で吐いていると、チャイムがなった。
「瑠璃」
霧氷は授業に行かずに、私の入った個室を、コンコンとノックした。
「落ち着いてからでいいよ」
そう言った。
少し落ち着いてから、ドアを開けた。霧氷が入ってきた。
顔は涙が流れ、目が痛い。鼻先も痛い。なんだか、惨めに思えて、また泣けた。しかし今回は鼈甲飴だった。床にコツンコツンと音がする。拭うこともできない鼈甲飴。
薔薇を吐いては惨めに思えて、鼈甲飴を落とす。
「瑠璃」
顔を上げると、霧氷が微笑んでいた。
「・・・大丈夫?」
と聞いてきた。
なんだか、もっと惨めに感じた。鼈甲飴は音を出しながら床に落ちた。
そのとき、
「大丈夫。大丈夫だよ」
霧氷がそう言ってくれた。
そう言われると鼈甲飴がとまらなくなった。
それでも、私はその大丈夫だよ。があの時の、冷たい雨の日の、あの日の氷雨の言葉と重ねた。
あの子からの、大丈夫。はとても心が満たされた。霧氷の、大丈夫。も心が満たされる。暖かい。それでも、なぜか氷雨の大丈夫。には敵わないような気がした。
「大丈夫だよ」
再度霧氷が言った。手を少し差し出して言った。
その手を掴んで、抱きつきたかった。
それでも、なんだかそうじゃない気がして、モヤモヤした。
自分は、声を出すこともできず手で覆い。しゃがみこんだ。手の甲には鼈甲飴が当たって床に当たった。
私は、氷雨に大丈夫だと言われたかった。抱きしめられたかった。
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