きみの一瞬がいとおしい


「カレカノといったら」という友人たちからの力説で、とあることを勧められた。しかしそれは案外私にとってはハードル低めのことで、せっかくなら、と私は修也くんにさっそく許可を取ってみることにした。勉強会という名のお家デートで招かれた修也くんの部屋の中、私は休憩の合間に修也くんへと向き直る。思わず正座になってしまったので、修也くんも何事か?と言わんばかりに居住まいを正した。ごめんね、そんなに大したことじゃないんだけど。

「修也くんの写真、携帯の待ち受けにしていい?」

私が修也くんに頼んだのは、最近新しく買い替えたスマホのホーム画面とやらの背景を修也くんの写真にすることだった。何でも普通はそこに好きな人や物の写真を設定するものらしく、確かに友人たちもそれぞれ彼氏や好きなアニメのキャラクターなど、個人それぞれが熱烈に好きなものの写真を設定していた。そして思わず感心して呆けてしまう私に、友人が「薫もやれば?」と促してきたのである。

「…あぁ、良いぞ」

やっぱり勝手に写真を使われるのは嫌かな…と思ったものの、修也くんの許可はあっさり下りたのは少し意外だった。けれどせっかく許可を貰えたので、さっそく撮らせてもらうことにする。嬉々としてカメラを起動させた私に、修也くんも少し姿勢を正して。

「…証明写真かな…?」

やや緊張に染まった顔でこちらを真っ直ぐに向いたそれは、服装が制服やスーツだったなら完璧に証明写真だった。思わず吹き出して震える私に、修也くんが「おい」と文句を言いたげに声を出す。ごめんね、でも何か君が可愛かったから思わず笑っちゃったの。

「ふふ、撮られ慣れてないの丸分かりだね」
「…仕方ないだろ。こういうものはよく分からないんだ。撮らせてくれって言ったのもお前が初めてなんだ」

少し拗ねたようにそう言って視線を逸らした修也くんに、今度は私が思わず黙り込む番だった。そこそこ威力の高いお言葉をいただいてしまった。だってそれはそれで何だか嬉しいような気もするのだ。修也くんの言葉が本当なら、こうして気軽に写真を撮らせるのは私が初めて。そしてきっと、こんなことをさせてくれるのも私だけ。そうだったらすごく幸せなことだと思う。修也くんがそれを簡単に許してくれる女の子が、私だけなんだと思うと、少々大人げ無い優越感に満たされてしまう。
だからちょっとだけ、その喜びに溢れてしまった勢いのまま、私は一歩踏み込むようにしてわがままを言ってみる。

「…ツーショット撮っても良い?」
「…誰が撮るんだ」
「自撮りでできるんだよ。教えてもらったんだ」

だめ?と小首を傾げれば、修也くんはグッと何かを堪えるように一瞬体を強張らせながらも最後は頷いてくれた。それに思わず笑みが溢れつつ、私はいそいそと修也くんの右隣に座り込んだ。内カメラにセットして、目一杯に手を伸ばす。

「修也くん、もうちょっと寄って欲しいな」
「…」
「じゃあ撮るよ。はーいチーズ」
「…」
「もう一枚撮って良い?」
「……誘ってるのか?」
「…え?」
「当たってるんだが」

左手で顔を覆いながら、ややいかがわしい熱を孕んだ目で私を見据える修也くんの視線の先には、距離を近づけるために抱き込んでいた修也くんの右腕がある。そして当然、抱き込んだならその二の腕には私のまあそこそこな胸の膨らみが当たるわけで…当たるわけで!?

「さ、誘ってない!誤解!誤解です!」
「俺はその気になった」
「え、あ、もう!修也くんのえっち!!」
「…今のもう一度言ってくれ」
「何で興奮してるの!?」
「うるさい」

頬や首筋に唇を落としてくる修也くんに私は抗う意思を見せたものの、問答無用と言わんばかりに重ねられた唇から差し込まれた舌が、私の羞恥心を瞬く間に絡め取ってしまう。思わずぎこちないながら絡め返した舌に、目の前の修也くんが嬉しそうにキュウ、と目を細めたのを見て胸が高鳴る。…あぁ、駄目だ。修也くんにはどうやっても勝てない。いつのまにかもうベッドの上で押し倒されちゃってるし。
一応、もう既に私たちは一線を超えているから初めてというわけでは無いのだけれど、やっぱりそういう行為は何度したって恥ずかしい。まるで私が私でなくなるような、修也くんに呑まれてしまうかのような、そんな錯覚に陥ってしまうのだ。

「…良いか?」
「…だめって言っても押し切るくせに…」
「…まぁな」

まぁな、じゃない。そんな嬉しそうな顔をしないで欲しい。余裕が無くなってしまうから。
修也くんの不埒な手が私の腰に触れ、服の端からそっと肌を指先でなぞる。そのまま輪郭を確かめるようにして上へ、上へと登っていく指に私は覚悟を決めて目を閉じて…気づいた。…そういえば私今日、下着は上下揃ってたっけ。確か最近は部活三昧だったからって横着して、普段もスポブラを着けていた気がする。…それはつまり、今の私の格好は。

「やっぱ無しッッッ!!!」
「ウグッ」

首筋に顔を埋めていた修也くんの胸を押し上げて、私は申し訳ないが拒絶の意を示す。ごめんなさい。本当に申し訳ない。これはさすがに彼女として…というより、女の子としてちょっと譲れないことなのだ。しかし修也くんはそんな私の言い分に少しだけ不満そうな顔をする。だがやはりなけなしの意地で首を縦に振らない私。だが両者が互いに譲らないまま、しかし私の隙を窺う修也くんに対してやや不利な私。どう見ても私が劣勢だ。よもや万事休すか…と。そう思った時だった。

ピコンッ

特徴的な電子音を耳敏く聞きつけて、私は即座にベッドから飛び出して修也くんの勉強机に向かう。音が鳴ったのは修也くんのスマホだ。私よりも半年ほど早くスマホデビューを果たしていた修也くんのそれを私は掴み取り、メッセージが来たのを理由にして有耶無耶にしてやろうと画面を見て…思わず固まった。音が鳴りそうなほどにぎこちなく修也くんの方に目を向けると、彼はやや気まずそうな顔で両手をあげている。降参の意思だ。なるほど、自分の罪状を理解しているらしい。

「…修也くん?」
「…弁明させてくれ」
「どうぞ」
「可愛かったんだ」
「馬鹿」

私が持つ修也くんのスマホのホーム画面。そこに写っていたのは夕香ちゃんと一緒に昼寝している私の写真だった。酷い間抜け面だ。これを可愛いだなんて、修也くん盲目にもほどがあるのでは?
そう抗議してみると、修也くんは開き直ったのだろう。堂々とした態度で「恋人の写真を待ち受けにしても良いんだろ」と言ってきたのだ。それとこれとは話が違うのだ。

「……百歩譲歩して、消さなくて良いけど写真は変えてね」
「…分かった」
「ちゃんと目を合わせて」
「…………分かった」

し、信用ならない…!思わず頬を膨らませながら、明後日を向いた修也くんに抗議をすべく脇腹を無言で突けば、やけに据わった目の修也くんに「続きがしたいのか?」と押し倒す勢いの至近距離で問われたので、優しい私は大人しく引いてあげることにした。藪蛇は突くまい。
…だから現在私と修也くんの待ち受けはお揃いの写真なんだよ、と言いたいところなのだが、修也くんは何を開き直ったのか今度はロック画面を私と夕香ちゃんのツーショットにした上で「ホーム画面は違う」と屁理屈を捏ねたので、今度仕返しせねばなるまい。絶対にだ。





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