思っていたより平和


病院で私を「エイリア学園の仲間になれ」と脅してきた連中から逃れようと必死に叫んだものの、それでも私を逃す気は無かったらしい連中に、私はなす術も無く捕まって病院から連れ去られた。
もろもろを拘束して、目隠ししてまで連れて来られた先にあったのは富士山。その麓に建てられていた宇宙船のような建物に、私は思わず絶句してしまった。
そして私はそのままどうやら軟禁されることが決まったらしく、監視カメラ付きの個室に入れられた。腕にはGPS付きのブレスレット。認証無しでは外せないようになっているし、耐久性防水性に長けた優れものだと得意そうに語った剣崎とやらはとっととくたばれば良い。ぶっ飛ばすぞ。

「もうぶっ飛ばしてるじゃないか…」
「初対面で『実験だ』だの『測定だ』だの理由つけて服を剥ごうとしてきた変態ロリコンにどうして手加減しなきゃいけないの」

本日のお目付役の一人であるグランくんの目が死んだ。隣にいるウルビダちゃんの目もゴミを見るような目で監視カメラを睨み付けている。私は憤然やる方ない思いで眉を顰めながら、二人が持ってきてくれたお茶をあおった。
…実はここに来てから一週間が経ったのだけれど、案外ここでの生活は苦労が無い。

『変態ロリコンクソ野郎!!年頃の女の子の服を無断で脱がそうとするなんて最低!!死ね!!!!!』
『グアッ!?!?!?』

そもそもの発端は、先ほども言った通り研究員代表で宇宙人のボスの側近の剣崎とやらがあのニヤついた表情で私の服を脱がせにかかろうとした時だ。本人曰く実験前には測定が必要だ、などと抜かしたらしいがそうは問屋が卸さない。咄嗟だったので怪我をしている方だったけれど、思い切り足をかちあげて奴の股間に打撃を加えてやったのだ。
男の研究員がこぞって内股になっていた。ざまぁない。

『こっち来んなあっち行け出ていけ出ていけ出ていけーーー!!』
『ヒィッ!!』

もうやけだった。ただでさえ、こんなところに無理やり連れて来られたのに突然の性犯罪まがいの扱いだ。泣き叫びながらパイプ椅子をぶん回して威嚇すれば、何とも貧弱な研究員たちは悲鳴を上げて出て行ってしまった。
そしてそのまま一人泣き喚く私の元に次に連れて来られたのが、このグランくんとウルビダちゃん。どうやら奴らは、私と同じ年くらいだけれど、とても強い彼らに私を制して欲しいと思ったらしい。グランくんも私の制圧くらい簡単だと思っていたようだ。…けれど。

『やぁ、君には悪いんだけど早いところ大人しくしておいた方が』
『うるさい!!』
『…面倒だ。私に任せろグラン』

ウルビダちゃんはまず私の胸ぐらを掴むと、私の頬を叩いた。涙をこぼしながら思わず呆然とする私に、ウルビダちゃんは自分の勝利を確信したという。グランくんも、手段は手荒であれこれで収まるだろうと胸を撫で下ろしたとも。…けれどこの時の私は、もはや荒ぶる獣だ。こんなところに無理やり連れて来られてこの仕打ち。ただでさえ爆発していた感情がさらに暴発して、私はとうとうガチ切れした。

『何で叩くのッ!!!』
『ガッ!?』
『ウルビダッ!?』

グーで殴り返した。幸いなことにウルビダちゃんは私の胸ぐらを掴んでいたため、彼女にぶち当てることは容易だった。思わずよろけて手を離して頬を抑えたウルビダちゃんが、ゆっくりと私に目を移す。…彼女もキレていた。そして当然、私だってガチギレ状態のため。

『…潰す』
『ぶっ飛ばす』

そこからは私とウルビダちゃんの大戦争。グランくんも思わず悲鳴を上げたらしい。殴る蹴るは当たり前、髪を引っ掴んでまでのキャッツファイトにその場は阿鼻叫喚。咄嗟のグランくんの判断でパイプ椅子は退けられたらしいのだけど多分正解。理性という理性が消えていたあの時の私なら、それを凶器にしても可笑しく無かった。

『二人とも落ち着くんだ!君はただでさえ足を…』
『邪魔をするなグランッ!!』
『外野は引っ込んでてッ!!』
『ゴアッ』

決まったのは私から繰り出されたアッパーとウルビダちゃんの回し蹴り。見事に部屋の端まで吹っ飛んで気絶したグランくんを他所に、私とウルビダちゃんの大戦争は続いた。途中で面白がって覗きに来たチューリップ頭にも一発叩き込み、一緒に着いてきたらしい白い髪の男の子はチューリップ頭がぶっ飛んで即座に両手を上げて降参の意を示していたのでお目溢し。
最後は私とウルビダちゃんの同時のグーパンが互いの頬に決まって床に力無く倒れ伏したところで、この争いは終戦を迎えた。

『…やるな、お前』
『そっちこそ…』

殴り合って地固まる。私とウルビダちゃんにぶっ飛ばされたグランくんとチューリップ頭ことバーンくんが気絶して床に転がる惨状の中、硬い硬い友情の握手に拍手してくれたのは部屋の隅で震えていた白い髪の男の子ことガゼルくんだけだった。
そしてそこから、どうやら骨のある人間として認められたらしい私はウルビダちゃんを筆頭とした女子メンバーの庇護の元に生活している。当然、私で実験したかったらしい剣崎たち研究員から苦情が来たものの。

『信用ならないお前にこいつを預ける訳がない』

と一刀両断してくれた。ウルビダちゃん大好き。彼女たちがお父様、と呼び慕う宇宙人のボスにも許可は得ているらしいのでさらに安心安全。まぁ私も無理やり守たちと戦わされるくらいならこの足を折ってみせるから、と朗らかに伝えてはあるので恐らく私が利用されることは無い。安心安心。

「だが、お前がエイリアに囚われているのは間違いでは無い。虜囚であることは勘違いするなよ」
「うんうん」
「…午後からは練習に協力しろ」
「はーい」

なんだかんだそんな怖いこと言いつつ私にやらせる練習はパスやらマネージャー的なサポートばかりだし、本音は「運動して気分でも紛らわせ」なのでやっぱりウルビダちゃんは優しい。よく守たち雷門イレブンの様子を見に行っているらしいグランくん曰く、守たちは沖縄に向かっているらしい。最近よく顔を出すようになったバーンくんからは「内緒だぜ」と沖縄に行く旨を教えられた。
私は元気だから心配しないでね、と伝えて欲しいと伝言を頼んだところ馬鹿を見るような目で見られたよね。虜囚はそんなこと言わないらしい。そうなの?

「あぁでもバーンくん」
「あ?ンだよ…」
「ちょっかい出すのは多目に見るとして、試合形式以外で守たちに何かしたらまたぶっ飛ばすからね」
「はい」

良いお返事。釘は一応そういう風に差しておいたけれど、それでもやはり心配ではあったのでこっそりグランくんにはチクっておいた。帰ってきたバーンくんに「グランの邪魔が入った」と文句を言われたもののデコピンしたら黙ったので問題は無い。









突然部屋に入ってきたかと思えば、申し訳無さそうなグランくんにガッチリした首輪を付けられて、ウルビダちゃんに手を引かれていつものグラウンドに連行された。
道を歩く途中、なんだか建物内が騒がしいなと思ったものの彼ら曰く雷門中イレブンがとうとう乗り込んできたらしい。帰って良いかな。

「お前は人質として黙ってベンチに居ろ」
「もうここまで来ちゃったのに人質の意味ある?」
「……………………ある」

ウルビダちゃんも無いとは思ってるんだね。グランくんも苦笑いだし。分かるよ。まぁ今日まで二人にはお世話になったし、変なことされないなら大人しくしとくのだけれど、それにしても人質ってどんな顔しとけば良いの。緊張感のある悲痛そうな顔なんて出来ないよ私。

「グランくんに酷いことした覚えはあるけど君たちに酷いことされた覚えが無い」
「そういえばそうだね」
「くそ、ほんの情けがこんなところでアダになるとは…!」

ウルビダちゃんとは恨みっこ無しの痛み分けだもんね。先に集まっていたジェネシスのみんなとも話し合って、私は仕方無く仮面を着けられることになった。表情が見えにくいやつ。名前を呼ばれても反応はするな、と厳命されたので頷いておいた。

「手足拘束しておいた方が人質っぽいんじゃない?」
「それはちょっと…」
「手枷はともかく…」

一応私も意見したら微妙な顔された。短くは無い付き合いの中で察してるけど、この人たちみんな根本的に良い人なんだよね。人質が手足拘束を提案して、犯人側が却下する。側から見て可笑しくない?
結局、私は仮面と手枷を着けて、それっぽい雰囲気が出るようにカーディガンを着せられてベンチに座ることになった。雰囲気を出すために、ジェネシスの中でも大柄なゾーハンくんに抱っこで運んでもらうことに。ごめんね、と伝えたら気にするなというように首を振られた。やっぱり優しい。

「薫!!」
「薫先輩!!」

そして現れた雷門中イレブン。見覚えの無い新メンバーも居るし、居たはずのメンバーもちらほら見えないけれどいったいどうした。聞きたいのに聞けない。聞いてはいけない。何とももどかしくて堪らないね。
しっかり拘束されている私を見て仮面の目の穴のところから、みんなの悔しそうだったり悲痛そうな顔が見えるのだけれど心が痛い。まさかみんなが戦っている間、やってたことが宇宙人たちとのお茶会やらの交流だなんて口が裂けても言えない。怒られる。