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未来に帰ってすぐ私はまずお父様の元に突撃し、今回の事件の全容とバダップたちへの温情を願い出た。今回の件は、そもそもヒビキ提督一派による企みにより、王牙学園が設立されたことから始まっている。つまりは間接的にだけれど、設立を許した政府の失態とも言えたから、政府がこの件をあまり公にはしないだろう、と考えてのことだった。お父様も、未来ある若者たちのことを考えると、温情を与えた方が得策だという考えらしかった。それにヒビキ提督一派の企みも結局は潰えた上に、今となっては大人しく沙汰を待っていると聞いているので、その態度により減刑もなされるらしい。だから。

「ご機嫌よう軟禁中の皆さん!数日ぶりね!!そろそろお外の空気が恋しいのではないかしら!」
「ミノルちゃんなんで開幕から煽るの」
「…豪炎寺ミノル、円堂カノン」

そんなお父様たちの計らいで、オーガの皆さんの処罰が正式に決定する間、私は皆さんの元に通うことにしたわ。何故かって?前までは仲良くなれそうになかったけれど、意識の変わった今なら仲良くなれそうだと思ったのだもの。少なくとも、あのとき微笑んでくれたバダップとは仲良くなりたいと私は思ったわ。

「明日からは、監視用のGPSの着用ありを条件に外出も許されるそうよ。良かったわね」
「…いや、それよりこれなんだよ」
「クッキーよ。サッカーボールの形。可愛いでしょう?」

毎日とはいかずとも、三日に一度のペースで通う私とカノンに、少しずつ交流をしてくれるオーガの方々。今日は私が直々に焼いて差し上げたクッキーをお茶請けに、ティーパーティーと洒落込んだわ。エスカ・バメルが怪訝そうに摘むそのクッキー、一生懸命作ったのよ。

「パンダの成れの果てかと思ったね」
「お黙りなさいミストレーネ・カルス。私の方が可憐で可愛らしいからといって妬かないの」
「は?ふざけんな?」

王牙学園内では親衛隊まで居るらしいミストレーネ・カルス…長いわね、もうミストレで良いわ。そんなミストレは、今のようによく私に絡んでくるの。私の方が可愛いからといって突っ掛からなくても良いのに。ほらご覧なさい、バダップを。何も言わずにもくもくと私のクッキーを食べてるじゃない!そう、もくもくと…。

「…感想は言っても良いのよ?」
「…美味いな」
「そうでしょう!」

我ながら上手く焼けたと思うわ。お母様たちにも褒めていただいたもの。サッカーボールは難しかったけれど、我ながら三時間かけて丁寧に焼いた甲斐があったわね!

「ミノルちゃんの料理、見た目はともかく味は絶品だから大丈夫だよ」
「カノン、後でお話があるわ」
「ひえ」

聞き逃せないカノンの一言に裁定を下して、私もお茶を傾ける。しかしふと、まだクッキーに手を伸ばすバダップの口の端に、クッキーの欠片がついているのを見て、私は苦笑しながらそっと手を伸ばした。

「あらバダップ、貴方口端にクッキーの欠片が付いているわよ。取って差し上げるから動かないでちょうだい」
「…ん」
「はい、これで綺麗になったわ。…何故貴方たちはそんなげんなりしたお顔をしているの」
「自覚無しかよ…」
「オエッ、吐きそう」
「その辺りの鈍感さ、ミノルちゃんは間違いなく円堂の血が入ってるよね」

何のことかしら?あとミストレは絶対に後で一発叩き込むし、カノンに至っては褒めてるのか褒めてないのかはっきりしてちょうだい。ひいお祖母様のひ孫なのだから、円堂の血もちゃんと入っていて当然でしょう?

「… 豪炎寺ミノル」
「何かしら」

思わず眉をしかめていれば、そこで何やらバダップが少しだけ張り詰めたような顔で私の名前を呼ぶ。それに律儀に答えつつ彼と向き合えば、バダップは何かを言いかけて口を開いた。しかし躊躇うかのように閉口してしまった彼は、やはりと言った様子で再び口を開きかけ…という動作を数度繰り返す。その彼らしくないもだもだとした行動に苛立ち、私はバダップの頬を両手で挟んで軽く睨みつけた。

「私に言いたいことがあるのなら、はっきりと仰いなさい!」

言いたいことを言えない人間はいつだって損するものよ。後悔が無いように、自分の言いたいことは言いたい時に言う。私はそれを、他でも無いひいお祖母様から教えていただいたわ!
そう怒ってみせれば、彼は呆けたように瞬きし、しかしその直後、どこか柔らかく目を細めて、彼の頬に当てた私の手の甲を包むようにして、自分の手を添えた。


「豪炎寺ミノル」
「えぇ」
「俺と結婚を前提に交際してほしい」
「………………えっ?」


ハラハラしながらも私たちを見守っていたカノンが、盛大にお茶を噴き出すのが横目に見えた。汚いわ、なんて文句を言うどころか、目の前でとんでもないことを言い始めた彼の言葉を理解するので私の頭は精一杯。今なんて言ったのこの人。

「…い、一応、理由を、聞こうかしら」
「?お前を好ましく思っているからだ」
「それは分かってるわよ!」

一応!お友達という関係性を!築いているのに!嫌われていたら逆にショックよ!?そうじゃなくて、私が聞きたいのは、何故私を好ましく思っているのかということ。つまり分かりやすく言えば、私を好きになった理由を教えてほしいの。
そう言えば、バダップは納得したようにひとつ頷き、間髪入れずに口を開く。

「顔だ」
「顔」

その答えに落胆し、失望してしまった。彼もまた、これまでの有象無象の男性方と同じように、私の容姿にしか目を向けていないのかと、苛立ちさえもした。反射的に詰ろうかと口を開きかけて、しかしそれは、その後に続いた彼の言葉に絶句することになる。

「お前のその、自らの意思を語る輝いた瞳と、微笑みを、俺は好ましく思う」
「…はぇ」
「声も好きだ。伸びやかに遠くまで届くその声で名を呼ばれると、不思議と胸が詰まる。鈴の音を鳴らすような笑い声も、時折囁くように口ずさむ歌声も、全てが俺を惹きつけてやまない」
「え、ちょ、あ」

怒涛の口説き文句に目を白黒させながら、じわじわと赤くなっていく頬を隠すこともできないほどに、ただ戸惑う。何故そこまで淡々とした口調で恥ずかしげもなく言えるのか不思議でならない。

「す、すとっぷ!お待ちなさい!それ以上は許容範囲外よ!!そもそもいきなりどうしたのよ!貴方そんなキャラじゃ無いでしょう!?」
「?お前が言っただろう」
「は」
「『自分の意思のままに生きろ』と。そう言ったのはお前だ」

…それは確かに、私が彼に告げた言葉だった。過去での対決を終え、真に正すべきは過去でなく、「仲間」や「友情」といった思想を曲解して、馴れ合いへと変化させてしまった未来の人々の心であると、そう自らの頭で悟ってみせた彼に、私が告げたものだけれども。その言葉を口にしたのは、彼への餞別として贈るためであって。
まさかそれを、私への告白なんかに適応してくるだなんて、思いもしないでしょう!?

「そ、それにっ!貴方は私じゃなくたって、他に相応しいお嬢さんはいくらだって!」
「俺はお前が良い、豪炎寺ミノル」
「う」
「俺はお前以外の女を伴侶に選ぶ気は無い」
「あ」

いつのまにか掴まれていた手は、しかしいつでも逃げ出せてしまう程度の力で握り込まれている。あまりの弱々しさに、もしや私の手を掴む力加減を測りかねているのだろうかなんて、そんな彼にしては可愛らしいような推測を立ててみたりなんかして。それでも確かに、こちらに向けられた視線に宿る、やけに熱のこもった意思を真っ直ぐに向けられて、私はやや混乱しながら、叫ぶようにして口を開いた。

「い、一度離れなさい!!」
「…すまない」

私の要望通りに二歩ほど後退した彼に、私は激しい動悸を落ち着かせながら、三度深呼吸を繰り返す。そして私の準備が整うのを律儀に待っていたらしいバダップに、私は宣言するようにして指を差す。お行儀が悪いから、真似なんてしたら絶対に駄目よ。

「…じょ、条件をつけます!!!」
「何だ」
「今日から百日間!私は貴方の愛を試します!」

大昔の物語もかくやと言わんばかりの試練を彼に課す。私だってバダップのことは好きだわ。でもそれは、友情あってのものであって、まさか彼を男性として見る日が来るだなんて思いもしなかった。彼もまた、私のことを友人だとしか見ていないと思っていたから。…そしてだからこそ、私は彼を試すの。
百日間、彼は私に愛を囁かなければならない。一日足りとも欠かすことなく私だけを見つめ、私だけの手を取り、私だけに膝まづいて愛を告げる。それが出来て私は初めて、貴方の愛が本物であると信じましょう。貴方の想いが友愛ではなく、真に私への恋心であると認めて、私も貴方に向き合ってみせるわ。でも、だからと言って百日後に貴方の想いを受け入れるとは限らない。

「それでよろしくて!?」
「了解した。それで構わない」

素直に頷いたバダップに、とりあえず安堵の息を吐く。今日は取り乱し過ぎてしまったわ。少し落ち着きましょうか…なんて思いながら目を伏せていれば、そんな私を取り乱させた張本人が私の手をおもむろに取り、その甲に口付けた。思わず絶句して顔を赤くする私を見据えて、彼は何でもないように目を緩めて囁く。

「好きだ」
「さっき言ったのだから今日は言わなくてもよろしくてよ!!!」
「俺が言いたかっただけだが」
「お黙りなさい!!」

悔しいわ!悔しいわ!悔しいわ!!どうして私がここまで振り回されなきゃいけないのかしら!?それに、なぜバダップはこう平然と愛を囁けるというの!?普通ならもっと照れるかどうかするのではなくて!?私だけが無駄にどきどきしているだなんて、そんなのずるいわ!!

「は?あれ絶対オレたちのこと忘れてるだろ。腹立つな」
「だろうな…」
「完全に二人の世界だよね…」

そしてその日から、バダップ・スリードによる百夜通いならぬ百日通いが始まった。タイミングが良かったことに、次の日からは条件付きで外出が許されてしまっていた彼は、どこか意気揚々とした足取りで私の元まで通ってくる。告白の言葉はいつも決まって「好きだ」の一言だったけれど、たまにどこから仕入れてきたのか、とんでもない言葉を足して告げてくることさえあった。

『好きだ。俺はお前の唯一になりたい』

『好きだ。お前の側に居させてくれないか』

『好きだ。誰よりも、好きだ』

それがミストレから仕入れてきた口説き文句だと知ったときには、羞恥と怒りで吹き飛びそうだったわね。それにいちいち彼ったら、頼んでもいないのに膝まづいて告白してくるのよ。その格好が王子様みたいで少しときめいてしまうのが最近の悩み。

「円堂カノンからお前の好みを聞いた」
「教えてくれてありがとう。後で締め上げるわ」

戦犯は身近にいたわ。どうして私の弱点ならぬ好みを易々と教えてしまったというの。一番の味方のはずの親戚が、一番バダップの背中を押しているように見えてしまうのだけれど、その辺りどうなんでしょうね。後で拳を交えつつ教えてちょうだい。

「…貴方、本当にどうして私なのよ。元はと言えば敵対した間柄で、特に貴方に好んでもらえるようなこと、私はして居ないわ」
「あぁ、そうだな」
「…あっさり認められても腹が立つわね」

そこは嘘でも「そんなことない」と囁く場面よ、と口にすれば、しかしバダップは不思議そうな顔で首を傾げて「お前に嘘はつかない」とだけ答えた。…これで天然なのだから末恐ろしくてたまらないわね。

「俺はお前の在り方を好ましく思った。お前の言葉に胸を打たれた。だから、お前の側に居たいと願った。それは理由にならないのか」
「…なるわ」
「そうか、なら良い」

こっちは何一つだって良くないのよ。貴方がそうやって済まし顔で口説いてくる度に、私の心臓は破裂しそうになっちゃうんだから。最近のカノンなんて、私が相談しようとしても適当に相槌を打つようになってしまったし、ミストレに関してはこの件で弄る気満々。消去法で今はエスカバに愚痴をこぼさせてもらっているわ。何故かうんざりしたような顔でコーヒーを飲んでいるけれど。

「…バダップ」
「?どうした」
「これ、差し上げるわ」
「!」

お茶を飲んでから、私は目を逸らしつつ、バダップにミサンガを手渡す。黒系統の糸で紡いだそれは、見た目はとても地味だけれど、よく見ればラメ入りの黒い糸も一緒に編み込んであるので、日にかざせば光を反射して綺麗に煌めいた。お祖母様に教わりながら作ったの。お祖母様も昔、お祖父様のために作ったとおっしゃっていたから。

「今日、ほら、あの、ちょうど半分でしょう?ご褒美だと思って受け取りなさいな」
「…」
「は、初めてにしては、結構上手く編めたと思うのだけれど」
「…」
「…何か言ってくれないと、不安だわ…」
「!」

何も言わず、手渡されたミサンガをジッと見つめたままのバダップに、もしや余計なお世話だっただろうかと少々不安になってしまった。けれど彼は、そんな私の顔を見て即座に首を横に振り、私の不安を否定する。

「着けてもらっても、構わないか」
「…良いわよ」

律儀に許可なんて取って差し出されたそれを受け取って、私はバダップの左手首にそっと結びつける。どれほどの緩さであれば構わないのか分からず、彼の顔色を窺いながら調整していれば、それに気がついたらしいバダップは程良い長さになると目線で頷いた。優しげに細められた、柔らかな彼の瞳がこそばゆくて、思わず目を逸らす。結び終えたそこを、どこか満足そうに撫でた彼は、少しだけ柔らかく目を細めて私にお礼を告げた。

「感謝する。まさか、お前が覚えているとは思わなかった」
「それくらい、私だって当事者なんだから覚えてるわよ。…それで、五十日経っても、気持ちは変わらないのかしら」
「ああ」

即答なのね。少しくらい躊躇ってくれたら、私も貴方のこと適当にあしらえるというのに。そんなに真面目に真正面から向き合ってきたりなんかして、どうして本当にそこまで私のことが好きなのかしら、この人。いえ私が可愛らしくて、見る人全てを惹きつける美少女だということは分かっているのよ。でもそれを合わせても、バダップが私を好きになるのが分からない。

「本当に物好きよ、貴方は」
「そうか」

私の作ったスコーンを咀嚼しながら、ゆるりと目を細めて頷くバダップに、私はため息をつきながらお茶のお代わりを注いで差し上げることにした。





季節を跨いで、夏から秋に変わる頃。とうとうバダップの通った日々も九十を超えた。その頃既に彼は、私へのバダップの挑戦を知ったお母様やお父様とまで交遊を深め始めていて、周囲からは妻問婚だなんて揶揄われたのだけどお止めになって。結婚なんてしてないわ。まだ友達以上婚約者未満よ。

「それほとんど結婚してない?」
「してないわ!」
「でも外堀は埋められてるよね」
「う」

そうなのよ。バダップったら、もともと家柄も容姿も性格も非の打ち所が無かったから、やけに家族のみんなに気に入られてしまっていて。もう既に我が家では婿扱いよ。お父様なんて「だから彼らの温情を求めたんだなぁ」みたいな生温い目を!していらっしゃった!!
違います違います違います。私にとって彼は友人であって、恋愛感情なんて無いの。今のこの挑戦も、あくまで彼の気持ちを試すものであって、必ずしもそのプロポーズじみた告白を受け入れるとは限らないのよ。

「だけどバダップの両親にも挨拶したんでしょ?」
「したけれど」

あれは仕方ないと思うの。どうやらお父様が、バダップたちへの温情を求めたのが私だとバラしてしまったらしく、夫婦揃ってお礼を言いにいらっしゃった。そのときついでにバダップの告白通いもバレて、何とも微笑ましい目で見られたものよ。あのときほど消えたいと思ったことは無かったわね。

「それで、今日は何の用事なのかしら。私今日は忙しいのだけれど」
「あぁ、今日は百日目だもんね」
「…………どうして覚えてるの…!」
「叔父さんに聞いた!」

お父様。何をもらしてらっしゃるの。一応とても繊細な個人情報なのですけれど。
しかし、まあ確かにカノンの言う通り、本日はとうとう百日目。あのプロポーズ事件から早いこと三ヶ月以上が過ぎて、そしてその間、バダップは一日たりとも欠かすことなく私の元に通い続けてきた。その間、彼の告げる言葉の熱は、欠片だって冷めることの無いまま、ずっと何度も私に差し出されて。

『明日だ』

昨日そう呟いて、少しだけ緩められた眦に、彼の歓喜を見たとき。私は確かにこの胸が高鳴って揺れる音を聞いた。他所を向くことなく、私だけを想って咲いた花の名前を私は知っている。…本当は最初からきっと、わかっていたくせに。バダップのあの言葉に、初めから嘘なんて無かったことも。打算も何一つ含まない、彼が自身の心に従って胸に抱いたその想いは、いつだって純粋に私への愛で溢れていたのだから。

「…でも、本当に婚約するとは限らないわよ。向き合う、としか言ってないもの」
「はいはい」

その「分かってますから」みたいなお顔、止めてくださる?言っておくけれど貴方、何も分かってないのよ。とりあえずはまず、きちんと彼と向き合って話して、そうして改めて私は私の心と向き合えば良いわ。
そう一人頷いて息を吐く。まだ来ない彼の来訪が妙に待ち遠しくて、そわつく気分を何でもない顔で誤魔化した。いつ来るのだろう。そして今日、彼はどんな顔で私を見るのかしら。そんなことを考えて、想像して、一人で恥ずかしがって。…だから、あんなこと、露とも思わなかった。

[カノンくん!ミノルくん!大変だ!!]
「キラード博士!?」
「バダップくんたちの処分が決まった!!」
「!」

時として、運命というものは悪戯に私たちを振り回すのだということを、私は知っていたはずなのに。
…その「処分」の意味が、決して良いもので無いことは、博士の焦ったような声音ですぐに理解した。はち切れそうな心臓に気がつかないフリで、詳しい訳を問う。博士曰く、政府内の過激派が動いてしまったらしい。

[彼らはバダップくんたちを脅威だと判断した。頭脳も肉体も並外れた実力であると!]

それが単なる褒め言葉であったなら、どれほど良かったのだろう。けれど政府の過激派は、そんなバダップたちの力を、脅威だと決め付けてしまった。いつか手遅れになるかもしれない可能性を恐れて、処分することで安寧を図るのだと。

「愚かな…!」

これは政府高官の独断らしく、温情を申し出ていたお父様は、面子を潰されたとお怒りですぐさま政府に向かわれたらしい。決して軽くは無いお父様の発言を無視なさったのだ。その高官にはそれ相応の罰が下るのでしょう。しかしそれは問題じゃないわ。バダップたちは、今、どこかで秘密裏に処分を受けようとしているのだから。

「博士!バダップたちはどこに!?」
[落ち着きなさいカノンくん。今私が全力で割り出しているところです!奴ら、バダップくんたちのGPSも破壊したらしく…途中までの足取りは掴めたのですが…!]
「そんな…!」

キラード博士からは、自宅待機を命じられてしまった。命の危険さえあるような事態だから、絶対に外に出ないようにと。お父様にも加えてそう言われてしまえば、私は逆らえない。心配してくれるカノンに断って、私はひいお祖母様方のお部屋に足を踏み入れた。出迎えてくれたひいお祖母様の微笑みの前に、私は崩れ落ちるようにして膝をつく。

「…ひいお祖母様、私、私は、どうすれば」

バダップが、バダップたちが、死ぬかもしれない。そう聞いて私は、自分でも驚くほどに動揺してしまっていた。何故、だなんて自問自答するほど私は愚かじゃない。だから私の抱えるこの想いの理由も、意味も、全てちゃんと理解している。それでも私は、踏み出すことが怖くて仕方ないの。ずっと知らなかった想いを抱いて初めて、私は随分と自分自身が弱い人間であったことを自覚してしまったから。

『豪炎寺ミノル』

もう、会えないのかもしれない。バダップと、私を好きだと言ってくれた彼と、もう二度と。ありのままの私が好きだと言ってくれた彼に、私は、今までいったい何を返すことができていたのだろうか。想いも受け取るばかりで、傲慢にも私は返すことをしなかった。…だっていつか返せるだなんて、そんなことを当たり前のように信じていたから。
そしてそんな彼に、今、私が出来ることは、何。


「教えて、ひいお祖母様」


けれど、ひいお祖母様は微笑んだまま、何もお答えにならない。…写真の中の人間が答えることはできないと、分かっていて、私は尋ねたのだ。
だってひいお祖母様は、もう既に。
ずっと昔にあの優しいお心のまま、私たちの健やかな未来を願って、二度と目を覚ますことなく。
ひいお祖父様の待つあの世へと、逝ってしまわれたのだから。