九月(愚者の革命)





「ポスター撮影…?」
「えぇ、コマーシャル撮影の代わりなのですが」

FF地区予選も残すところはあと一試合となったところで、そんな話が島袋さんから持ちかけられた。何でも、やはり私たちのスポンサーになった以上は私たちをモデルにした宣伝にも力を入れたいらしく、しかしCM撮影となれば私たちの練習の邪魔になるだろうからと、監督たちと話し合った結果、妥協してポスター撮影の方向になったという。

「撮影は今週末に行います。時間は申し訳ないのですが、一日いただくことになるでしょう。…よろしいでしょうか?」
「こちらこそ、チームに配慮していただきありがとうございます」

達巳くんがチームを代表して頭を下げたのを、私たちも倣って一緒に頭を下げる。たしかにスポンサーについてもらっている以上、あちらには無理を通す権利があるというのに、あくまでも私たちの都合を優先してくださるのはありがた過ぎた。それならポスター撮影くらい、全面的に協力しなくては。

「…って、思ったけどさすがにこれは…!」
「似合ってますよ!」

女の子らしい白いロングワンピースに麦わら帽子。さながらテーマがあるとすれば「リゾートに来たお嬢様」だろうか。髪を短く切ってからは普段の私服もズボンにしてあるので、ワンピースなんて久々だったりした。だからだろうか、裾がヒラヒラして落ち着かない。…そんなの女の子としてはアウトなのでは?

「初めましてッ!僕はカメラマンの榊原と言いますッ!!皆さんの素敵で華麗な写真を撮って、撮って、撮りまくらせていただきますねッ!!」

そんな私の個人的な思惑を置いて、随分と個性的なカメラマンさんがやってきた。なんでもアイランド観光の専属カメラマンさんらしい。撮影技術は優れたものらしく、島袋さんも心から信頼している人なのだとか。ちょっとその情熱が不安だけども。

「それではッ、撮影スタートッ!」

しかしそんな不安を他所に撮影はどんどん進んでいった。撮影場所に選ばれたのはとあるビーチで、今回は撮影のために貸し切りにしてあるらしい。プロのヘアメイクさんまでいて、これがちゃんとした「撮影」であることを今更のように思い知らされる。そしてそんな撮影のパターンはいろいろ。個人で撮るのはもちろん、私やのりかちゃん、そしてマネージャー陣も含めた女子勢で撮ったり、学年ごとで撮ったりポジションごとに分けて撮ったり。最初はみんな緊張気味だったものの、やはり海沿いだったことが功を成したのか、みんなの出身である島とよく似た風景はその緊張をほぐしてくれたらしい。私以外の。

「それにしても、暑くないですか?」
「本当にな…」
「円堂さん、日傘貰ったけど使うかな」
「うん、ありがとう達巳くん」

一通り写真を撮り終えたものの、少々納得いかないらしい榊原さんが他の構図を考えている間に与えられた休憩時間。衣装を汚さなければ遊んでも良いとのことで、私たちは波打ち際に来ていた。一緒について来た明日人くんや雄一郎くんが疲れたように手で仰いでいるのを横目に見ていれば、達巳くんがどうやら女子勢に配慮してくれたらしく、女子全員分の日傘をもらってきてくれた。それをありがたく受け取って、せっかくだからと達巳くんを日傘の中に招く。他のみんなも日傘に入れてもらうなり、木の影に入ったりとしていた。暑いもんね。

「達巳くん、塩飴食べる?」
「あぁ、貰うよ」

ポケットからいつもの塩飴を出して差し出せば、達巳くんもホッと息を吐いて嬉しそうにもらってくれる。するとそこで、他の構図に悩んでいた榊原さんが、私たちを指差しつつ思いついたように声を上げた。いったい全体何事だ。

「僕…僕はこの撮影において足りないものに気がつきましたッ!」
(ろくでもない予感)
「そもそも旅行といえば、お一人様で優雅に、家族で素敵な思い出を、そして友人たちと絆を育むものッ!そしてもう一つ…絶対に忘れてはならないのが恋人同士の甘酸っぱい雰囲気の中の旅ッ!!そう…この撮影にはラブが足りなかったのですッ!!」
「ろくでもねぇな」

鉄之助くんが言いたいこと全部言ってくれたものの、生憎このメンバーで恋人同士は一人も居ない。恋愛経験というか、片思い中なのも私一人だったりする。しかし榊原さんは別にそれは構わないという。プロのモデルさんも、本当に付き合ってるわけじゃなくても恋人同士を演じて撮影するからと。

「そうですねッ…このビーチの雰囲気にぴったりな女性モデルはそこのショートカットが麗しい貴女ッ!」
「はぁ」
「そのお相手はッ…迷いますねッ…!よしッ、それではそこの帽子が男前の貴方かッ、パッツン前髪が魅力的な貴方のどちらかにしましょうッ!」

榊原さん曰く、私と雄一郎くんか達巳くんがペアを組むらしい。決め手は身長差と雰囲気だそう。まぁたしかに私はともかく、この二人はチームの中でも飛び抜けて大人っぽいし、恋人同士というテーマならぴったりなのかもしれない。だがしかし私たちの気持ちとはどこに行った。たとえ仲間とはいえど、一応私も立場的には恋する乙女であるゆえ、他の男子と恋人の真似は…ちょっと…。

「でもやるしかないんだよね…」
「なんかすみません…」

結局じゃんけんで負けた雄一郎くんとペアを組むことになった。と言っても、やることは波打ち際を寄り添って歩くだけ。どうやら旅先で仲睦まじげに散歩するカップルをテーマにして撮りたいらしい。手も繋ぐように言われた上に、恋人繋ぎを言い渡された。大丈夫だろうか。私は雄一郎くんのファンに殺されそうな気配しかしないのだが。しかしここで躊躇っていても仕方ないので、普通に会話を始めることにした。

「雄一郎くんは、お寿司屋さんの息子なんだよね」
「あぁ、はい。親父が島で店開いてて…」
「この前お寿司パーティーしたって聞いて羨ましかったんだ。雄一郎くんもお寿司握れるんでしょ?」
「そりゃまぁ、親父に仕込まれてますから」

お寿司は私も大好きだ。高いからやっぱり特別感があるし、滅多に食べられないのは残念だけどそんな高級感もお寿司の良いところ。

「ちなみに好きなネタとかあるんですか?」
「ハマチ」
「渋い…」

個人的には白い身の魚が好きなのだ。ブリとかカンパチとか、旬のものは脂が乗っていてとても美味しい。そう言うと、雄一郎くんは可笑しそうに笑って顔の前で手を振った。

「はは、それ全部赤身魚ですよ」
「嘘でしょ」
「そんなにショックだったんですか…?」

カルチャーショック(?)だ。え、だってあんなに見た目白いのに赤身なの…?マグロとかとは全然違うのに…?今まで知らなかった。危ない、今度からはちゃんと覚えておこう。将来恥をかかないようにしなければ。一人そう頷いていれば、ふと雄一郎くんが私の後ろ髪に触れる。目を向ければ、そこにはジッと私の髪を見つめながら指先で弄る雄一郎くんが居た。どうしたの。

「いや…髪、少し伸びましたね」
「そうかな…じゃあ、また切らなくちゃ」
「…切るんですか?」
「結ぶのにも中途半端だしね」

それに、これは私の決意の証というか、新しい私になるための覚悟というか。そういうものだから、少なくとも今は伸ばすつもりは皆無だったりする。そう説明すれば、私の髪に触れていた雄一郎くんは肩を落とし、眉を下げてぼそりと呟いた。

「勿体ないっすね。綺麗な髪してるのに」

その目が本当に残念そうな色に見えて、私は目を瞬くと、思わず吹き出してしまった。それを見てギョッとしたような顔の雄一郎くんの肩を、私は笑いを噛み殺しながら叩く。私の髪を惜しいなんて言ってくれたのは、友達以外だと男の子では君が初めてだったよ。

「…それならね、FF本戦に上がれたら、伸ばしても良いよ」
「…じゃあ伸ばすのは確定ですね。俺たち負けるつもりは無いんで」
「言うねぇ」

なんだか嬉しかった。少なくとも誰か一人くらいは、私が別れを告げてしまった過去の私を惜しんでくれる人が居るのだと。私が小さい頃から伸ばし続けて、密かに自慢だった茶色の髪を、綺麗だと褒めてくれる人が居ることも、何だか心が擽ったくて仕方ない。
思わず満面の笑みで笑ってしまうくらいには、それが、私にとっては嬉しくて幸せで仕方なかったのだ。





しかし後日、サンプルとして送られてきたアイランド観光のポスターに私は思わず目を剥くことになる。採用された構図は、個人で撮影した全員分と、女子メンバーと男子メンバーそれぞれのもの、そしてあの雄一郎くんとのツーショット。しかも何故か二人が互いを見つめて笑い合う顔の部分を拡大したものだった。嘘でしょ、私こんなにゆるゆるな顔で笑ってるの。しかもキャッチフレーズが「愛しいあの人と忘れられない記憶を」だった。やっぱり真似事といっても誤解にもほどがある。

「か、か、監督、あの、これ取りやめにしてもらう訳には」
「言い忘れてましたが、これは本日から各所に張り出されてまーす」
「ひえ」

つまり、この私の何とも緩み切っただらし無い写真が全国各所に張り出される…?地獄か…?しかしそんな私にトドメを刺すように、杏奈ちゃんが「今更止めても無駄ですよ」と嗜めてくる。…無駄とは?

「この写真はスポンサーからブロマイドなどのグッズとして売られ、後々の私たちの活動資金になります」
「………つまり?」
「全国に売られるでしょうね」

終わった。何がとは言わないけれど終わった。だってさっきから携帯の着信やらメールやらがピコピコピコピコうるさいし、誰からかは見てないけど絶対に帝国組。分かるもん。佐久間くんと風丸くんあたり。絶対にそうだと思ったし、実際にそうだった。

「消えたい…」

…とりあえず明日から、雄一郎くんのファンに殺されないように生きていかなくちゃね…。