八月(愚者のパレード)




今日の天気予報は午後から雨、夜まで続く土砂降り。だからこそ今朝も自分はしっかりと傘を準備して学校に来た。…はずだったのだが。
今、自分の目の前には空っぽの傘立て。いくら目を擦ろうとも瞬きしようとも自分のものらしき傘は出てこない。…つまりこれは、パクられたというやつなのだろう。土門は思わず空を仰いだ。
昼からざあざあと雨が降っていたせいでサッカー部の活動も中止せざるを得なかった。サッカーをこよなく愛する我らがキャプテンは不満そうだったが、監督が「大事をとって修練場での練習も禁止」と言えばどう足掻いても駄目なのだ。

「…さっさと帰っとくんだったかな…」

思ったより時間が空いたし、と余裕ぶって図書室で自習したのがいけなかったのかもしれない。放課後になってから時間が経ったせいで周囲には人の姿は見えないし、こうなったらこの雨の中駅まで駆け抜けていくしかないのか。
そう思い、斜めがけの学生鞄の紐を握り締めていれば。

「あれ、土門くんだ」
「……薫ちゃん?」

後ろから不思議そうな声がかかって振り向くと、そこにはサッカー部のマネージャーでありキャプテン円堂の双子の妹でもある彼女が立っていた。その手には傘。どうやら彼女も今から帰宅のようだったらしい。

「土門くんも居残り?」
「図書室でちょっと、ね。それより薫ちゃんもまだ残ってたんだな」
「日直の仕事を頼まれちゃって…ずっとパチパチしてたの」

ホチキス止めの話だろう。苦笑いでその仕草をして見せた彼女はそこで、ふと土門と外の雨を見比べた。ついでに空っぽの傘立ても。そして一つ頷いてこちらを見上げた彼女は、何とも神妙な顔をしていた。

「……傘が無い感じですね?」
「その通りです」

盗られた、と簡潔に理由を説明すれば「ひどいね」と憤るように顔をしかめる。たしかにこの雨とはいえ、勝手に人のものを持っていくのは到底許せない。彼女らしいその言葉に、土門は思わず笑みが溢れた。
しかしそこで彼女は、何やら良案を思いついたように顔を輝かせる。

「土門くんが良ければだけど、駅まで傘に入ってく?」
「…え、あ、でもそれじゃあ薫ちゃんが大変なんじゃ…」
「この雨の中、部員を濡れ鼠にさせるマネージャーはいません。…ついでに駅前の文房具屋さんに行きたかったからいいの」

そう言って何でもないように微笑む彼女に、土門は思わず頬をかいた。…どうせそれも、自分を気遣うための言い訳なのだろう。今度の休みだって構わないであろう用事で土門に申し訳なさを感じさせようとさせないその心遣いにはいつだって頭が上がらなかった。

「…じゃ、せっかくだし甘えさせて貰っちゃおうかね。傘は俺に持たせてくんない?」
「それはお願いしようかな。土門くん背が高いから、腕がつりそう」

彼女らしいシンプルな傘をさして、二人して雨の中を歩き出す。普段よりも随分と近すぎる距離に平静を保ちながら、土門はただひたすらに願う。
今、自分の胸の真ん中で早鳴る心臓の音が、どうか彼女にだけは届きませんようにと。

「雨、すごいね」
「…そうだな」

この雨の轟音が全てを隠してくれることに感謝して、土門は彼女の言葉に一つ頷き返した。