店員は何度でも死ぬ



今日から一週間後の8月22日。その日は豪炎寺にとって重要な日である。特に祝日でも試合の日でも何でもないその日に何があるのかというと。

「何を贈れば良いと思う」
「とりあえずそれは僕に聞くべきことでは無いと思うな」

恋人の誕生日プレゼントなんてさ。と微笑む吹雪の言葉にぐうの音も出ない豪炎寺は、思わずガックリと肩を落とした。…そうなのだ。実は来週の今日、雷門中サッカー部のマネージャーであり豪炎寺の恋人でもある円堂薫の誕生日なのである。双子の兄の方とも重ねて祝おうということで、昨年世界一を成し遂げた代表のみんなも交えたパーティーを計画中なのだった。夏休みって便利。

「去年は何も上げなかったの?」
「…缶ジュースを」
「は??」
「直前まで知らなかったんだ…」

吹雪はそのあり得ない答えに対して思わず低い声で問い直してしまった。好きな女の子へのプレゼントが缶ジュース。彼女が優しく気立ての良い女の子だから良かったものの、普通の女子ならたとえ豪炎寺ほどのイケメンであっても引かれてしまうじゃないか。
だがしかし、だからこそ彼は今年こそ彼女の欲しいものをリサーチし、彼氏としてきちんと祝ってやりたいと思っているらしい。先ほどとは打って変わって素晴らしい心がけだと吹雪は褒め称えた。

「本人には内緒にしたいんだよね」
「あぁ」
「なら周りの女の子たちに聞いてみなよ。東雲さんたち辺りなら知ってるんじゃないかな」
「却下だ」

あんな奴らに聞いたら、それこそ揶揄うネタを見つけたと言わんばかりに一生弄られるのに違いない。それだけは勘弁だ。そう言えば、吹雪もその光景を簡単に想像できてしまったのかアッサリと代替案を出す。

「木野さんたちはどうかな。彼女たちなら揶揄うこともしないだろうし」
「…そうするか」

たしかにマネージャーである彼女たちならばそう簡単に他へ情報を流すことは無いだろう。そう結論づけて豪炎寺は、メッセージアプリを開いて木野に連絡を取る。やがていくつかのやり取りを行った後、薫がよく通っているという小物屋を紹介された。

「薫ちゃん、可愛いもの好きだし、豪炎寺くんからのプレゼントならきっと何でも喜ぶわよ」
「…悪いな、助かった」

店はどうやら駅前の端辺りにあるらしく、明日はちょうど夏季講習も約束も無い日だった。受験生として夏が山場であることは理解しているが、少しの息抜きだと思ってこれくらいの外出は許して欲しい。そんな言い訳じみたことを胸の中でボヤきながら、豪炎寺はまず自分の貯金額を確認することから始めた。





その日、とある駅前の隅にひっそりと店を構える小物屋の女性店員は衝撃を受けた。さりげない可愛らしさが売りのその小物屋は、隠れ家的な場所にあるせいで店の規模こそ小さいものの、密かに女性からの根強い人気を誇る立派な人気店なのである。
しかしそんな今日、少しだけ居心地の悪そうな顔で入店してきたその少年に店員は雷のような衝撃を受けたのだ。何せイケメン。まだ背格好的にまだ中学生くらいであるが、実に将来が楽しみだと言わんばかりに顔が整っている。
そんなイケメンが何故、こんな可愛いらしい小物屋へ来たのだろうか。すぐさまいくつかの予想を立てた店員は、とある一つの可能性に目をつける。

(…なるほど、彼女への贈り物だな?)

最初から大正解を叩き出した店員は接客用のスマイルを保ったまま、さりげなくその少年を観察することにする。決して暇だからとか、興味があるからだとかそんな訳じゃない。店員として客が困ってないか窺うのも立派な仕事であるのだから。
ちなみに同じく衝撃を受けたらしい店長は、どこか興奮気味に「行け!」と言わんばかりの合図をこちらに送っている。少女漫画と青春が大好きだが彼氏のいない【情報規制】歳は欲望に忠実だった。

「ヴァッ」

そして在庫補充の名目で少年の佇むコーナーの近くにさりげなく近づき、これまたさりげなく少年の様子を窺ったところ、目の前で繰り広げられるあまりの尊さに店員の煩悩が弾けて消えた。イケメンが、彼女持ち(推測)イケメンが、難しそうな顔でウサギとクマのぬいぐるみキーホルダーを手に持って比べているのである。四肢爆散しないのが不思議だった。イケメンとファンシーは映える。あとでSNSに呟こうと思った。
きっと恐らく、少年の彼女は可愛らしいものが好きなのだろう。しかしそのキーホルダーはいささかデザイン的にも幼いような気がする。少年もそう感じたらしい。一つため息を吐きながらキーホルダーを元の位置に戻した。どうやら見ている感じ、なかなかプレゼント選びは難航しているようだった。

「…お客様、よろしければお手伝いをさせていただきましょうか?」
「え」

渋い顔をしている少年を、店員はそれ以上見ていられず声をかけた。いきなり声をかけられた少年は少し狼狽えたものの、行き詰まっている自覚はあったらしい。その言葉に神妙な顔で頷いた。その許可を得た喜びのガッツポーズを胸の内にとどめ、店員は鉄壁の営業スマイルでまずは彼女について聞き出すことにした。プレゼントというものは何事も、贈る側のことを考えて選ぶべきなのである。

「失礼ですが、どなたかに差し上げられるんですか?」
「…はい」
「お友達でしょうか」
「いえ。…恋人です」

やっぱり確定ガチャだった。店員の頭の中ではカーニバルが発生している。向こうの店長はもはや隠すことなく天高々と拳を突き上げていた。少年の死角だからって荒ぶるな。

「そうなんですね!では、その彼女さんのお好きなものなどはご存知ですか?」
「…可愛いものが好きだとは、聞いているんですが」

なるほど、これは「人伝いに彼女の好みを聞いてこっそり贈り物をしよう」のパターン。少女漫画で百回読んだ流れ。しかしあまりにも大雑把過ぎる情報で逆に途方にくれてしまったのだろう。分かるよ、可愛いにも種類はたくさんあるものな。
しかしどうか安心して欲しい。この店員お姉さんが責任を持って君の彼女に相応しい贈り物を紹介してみせよう。だから彼女ちゃんの容姿性格好きなところをkwsk。
客に対して献身的な店員は、自分の欲に忠実だった。

「彼女は…………可愛い、です」

じゃろうな。見てて分かるよ。少年が彼女ちゃんのことが可愛くて好きで仕方ないのはさっきまでの葛藤を見てて分かる。何年可愛い小物屋の店員やってると思ってるんだ。彼氏の本気度なんて品物の選び方で分かるわい。しかもそれだけ難しい顔した挙句に溜めて出した言葉が、たったのそれだということは、それほど言語化し難い思いが彼の中にあったのだろう。語彙力はいつだって無力だよね。分かる(二度目)

「あとはお人好しで、損をすることもあって。だから俺は、あいつに笑ってて欲しくて、それで」
「(語彙が死んだ)」
「…俺なんかを好きになってくれた、素敵な人間です」

店長が向こうで倒れる音がした。私は耐えた。ガッツ付与つけてて良かった(ついてない)
その、照れたような微笑みがもう百億万点。君が優勝で良い。というか、こんなイケメンの好物件っぽい少年をここまでゾッコンにさせている彼女ちゃんの存在が気になる。そこらのお姫様よりずっと可愛い子なのかもしれない。
そんな動揺と興奮をひた隠しにしつつ、店員は見事に仕事を達成した。おすすめしたのはカスミソウをモチーフにしたシンプルだけど女の子らしいバレッタと、黄色の生地にやはりシンプルな花の刺繍が入った可愛らしいハンカチだった。店員はもう少し女の子らしいものを勧めようとしたのだが、それを目に留めた少年がどこか愛おしそうに目を細めて「これが良いです」と即決したのだ。恐らく彼の脳内には、そのバレッタとハンカチを身につける彼女が居たのに違いない。そういう目をしてた。店員は二度死んだ。

「お買い上げありがとうございます」
「すみません、ありがとうございました」

ラッピングを死ぬほど丁寧に仕上げて渡し、少年を店から見送った店員は、その姿が見えなくなった瞬間に店長と両手を合わせてハイタッチした。もはや言語化が出来ない萌えと尊さ故の無言なシンクロだった。








その数週間後店が休みの日に出かけた際、見覚えのある少年が幸せそうな顔で微笑みながら手を繋ぐ少女の髪を留めていたカスミソウを見て、店員は人前であることも忘れて一瞬止まりかけた心臓を抑える羽目になった。