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そしてとうとう軍部は、直接的に円堂守さんを害しにきた。運命の決戦の日は、本来ならば世宇子中と戦うはずだった決勝戦。シレッと過去の戦績を変えて大会に参戦してきたあんちくしょうたちに殺意が倍ドンで来ているわ。何せ世宇子中と言えば、ひいお祖母様が生涯の親友であられる照美さんと友情を育まれるイベントがあるというのに。それを阻み、邪魔してひいお祖母様の幸福を減らした奴らには地獄を見せねば。照美さんは私が幼い頃から孫よろしく可愛がってくださる優しいお方なのよ!!

「と、いう訳でひいお祖母様方のラブストーリーを邪魔する輩を、共に退けましょう!!」
「違う違う違う、ミノルちゃん、目的が変わってる」

可笑しいところなんて無いわ!!ほら、だって基山ヒロトさんや飛鷹征矢さんも納得したように頷いてらっしゃるし、ひいお祖父様の恋路のピンチと聞いた宇都宮虎丸さんもにっこり笑顔でファイティングポーズ。吹雪士郎さんなんて、ひいお祖母様たちが未来で結ばれると聞いて無言でガッツポーズを取ってらっしゃるわ!さすがはひいお祖母様たち夫婦過激派。これには私も思わずにっこり。唯一例外として、あまりひいお祖母様方と親交の無いフィディオ・アルデナさんだけはきょとん顔でしたけれど、円堂守さんのピンチでもあることを伝えたら乗り気でしたわ!!

「薫さんには、俺も緑川も世話になってるからね。彼女の助けになれるのなら、いくらだって力を貸すよ」
「俺もです!」

ちなみに今、私たちが居るのはFFIでイナズマジャパンが優勝した後の時代の世界。そこで世界を共に戦っていらっしゃった基山さんたちや、円堂守さんと個人的に友好を深められたフィディオさんに助っ人をお願いしに来ているの。何せ悔しいけれど敵ながらオーガは強大な力を有しているし、基山さんたちのようなものすごい選手がいれば、頼もしいことこの上ないから。

「それにしても、やっぱりあの二人は結婚するんだね」
「お似合いでしょう?」

お二人が愛を育んだ証拠がこの私。言葉通り生き証人という訳よ。基山さんは、ひいお祖母様たちが気持ちを通わせあったことをチームの中で誰よりも早くお知りになったらしく、無事に結ばれたお二人の未来を心から祝福してくださったわ。そしてだからこそ、お二人の未来を退けるかもしれない軍部の企みを阻むお手伝いをしてくださるそう。百人力ね。

「そんな訳で真打登場よ!!」

満を辞して助っ人として姿を表した私とカノンに、円堂守さんたち雷門中は戸惑いを見せていらっしゃる。しかし私たちのことを…詳しく言えば私の正体を知っていたオーガのトップ、バダップ・スリードだけは、私を見て顔を歪めた。私はそれを鼻で笑い飛ばしてさしあげる。

「…お前は…」
「あら、相変わらずつまらないお顔。今でもご両親の駒を務めていらっしゃるのかしら?」

私のお父様は、未来で名を馳せた名医だ。政界や財界などにも幅を利かせる有名人で、しかしお祖父様たちからの教育で清廉潔白な権力者として上に立っていらっしゃる。そのせいか、私も何度かそういったパーティーに連れて行かれた。そこでよく顔を合わせたのがこのバダップ・スリード。つまらない顔でご両親の後ろをついて回っていた幼い彼とは、私も同年代の子供として何度も顔を合わせている。

「軍に逆らうつもりか」
「お父様のことに関してならば気にしていただかなくて結構。私のような小娘の動きで失脚するほど、お父様の地位は脆弱では無いの」

ちなみに私は彼のことが気に食わない。何故かって?そんなの、大人の理想に従い、偏った考えを与えられ、己の意思を口にすることなく委ねられた使命を、自分のものだと飲み込んで人形のように従順になるその態度が嫌なのよ。運命は、人生は、自分の力で切り開き、自分の手で手に入れるべきだわ。それが出来ない傀儡の人生なんて、つまらないじゃない。


「私はいつだって、私の思うがままに生きるわ。それを貴方たちに覆される謂れなんて、ひとつもないのよ」


だから私は、貴方を認めはしない。貴方の、貴方たちオーガの意思が一つも見えないこの行いを、私たちは意思ある目的を持って阻んでみせるわ。

「…ミノルちゃん、バダップ・スリードと何か因縁でもあるの?」
「あら、どうして?」
「いや、何かすごく刺々しかったから…」

一度ベンチに戻り、まだ私たちの登場に戸惑っていらっしゃる皆さんに説明する前、カノンにそう聞かれた。そのことを言おうかどうかは少し迷ったのだけれど、別に隠すことではないし、やましいことでも無いからと、私はあっさり白状した。

「彼は元婚約者候補よ」
「こんやくしゃ」
「候補よ候補。あちらからの申し入れだったのだけれど、彼の父親があまりにも提督に心酔しているから、お父様が結局断ってしまったの。それに私たちが婚約関係になるだけで、権力のバランスが極端に崩れるから、慎重にならざるを得ないこともあって…」

今思えば、それで良かったのかもしれない。どうしても今の彼を私は好きになれないし、婚約関係になっていれば、こんな風に敵対関係になることも難しかった。そう考えれば、お父様の判断もナイスと言わざるを得ないわね。





そんなバダップ・スリードとの因縁はさておき。とうとうお待ちかねのひいお祖母様への正式なご挨拶!初対面のときはあまりにも失礼な態度を取ってしまったから、今度こそ礼儀正しくひいお祖母様に挨拶をしなければ。カノンが挨拶した後に、私も前へ進み出て改めて挨拶をさせてもらうこときする。

「改めまして、初めましてひいお祖母様!私は貴女のひ孫の、ご」
「ストップだよミノルちゃん!!!!!」
「ひまご」

オーガとの試合に乱入した私たちは、とりあえず詳しい訳を説明しなければということでベンチに行ったのだけれど、そこに居た若かりし頃のひいお祖母様と対面して私は思わず大興奮。礼儀正しく名乗らなくては!とさっそく自己紹介しようとしたところ、それはカノンによって阻まれてしまった。何をするというの。

「苗字は!名乗ったら!ダメだよ!!」
「どうして?」
「まだ薫さんたちはこのとき恋人どころか両思いですら無いんだから!!」
「…つまり?」
「ミノルちゃんが詳しい存在を明かすことにより、場合によってはそもそも二人の恋人関係が成立しないことがある」
「なんてこと」

つまりこれは私が生きるか死ぬかの瀬戸際案件。二人が結ばれず、お祖父様が生まれない未来があったら私の存在はグッバイフォーエバー。作戦コード「命大事に」へ切り替えてよろしくて?基山さんたちにも顔を向ければ良い笑顔で親指を立ててくださった。どうもありがとうございます。
それにしてもひいお祖母様の麗しさが止まることを知らない。困惑した表情でさえも哀愁さが漂っていて絵画的美しさを感じてしまう。私とひいお祖母様を見比べながら眉を潜めているひいお祖父様も、切れ長な瞳にひいお祖母様への心配を浮かべていてとっても素敵。そして私はそんなお二人の血を受け継いだ勝ち組のひ孫。

「私が美少女な訳だわ…」
「自信がすごいな…」
「すみませんこういう子なんです決して悪気はないんです」

私のお父様もお祖父様も、そしてその親戚一同も見事に美形だけが揃った豪炎寺一族。何故かその伴侶まで美形ときた上に相思相愛のラブラブぶり。私のお父様もお母様も、お祖父様もお祖母様も口を揃えて言うの。「ひいお祖父様とひいお祖母様のような素敵な夫婦になりたい」と!!つまり!私の推しカプは一族の中でも理想の夫婦!!それもそうよね!だってそうじゃなきゃ八十年も一緒に居られるわけがないのだわ!!素敵!!!

「こほん。…申し訳ありません、少々こちらの都合により姓を名乗ることはできませんが…どうぞ私のことはミノル、とお呼びください!ひいお祖母様がつけてくださった大切な名前です!」
「私が…」

ひいお祖母様は、未だ私の存在に狼狽えていらっしゃるようだったものの、それでも今は一応受け入れてくださるらしい。その偉大なる寛容さに震えてしまうわ。他の皆さんも、カノンが取り出した円堂家に伝わるノートを見て信じてくださった。あの悪筆は円堂家だけが読めるものだし、うちはひいお祖母様以外は読めなかったものの、私はそれを努力という形で補って、ひいお祖母様の指導もあり、無事に読めるようになったの。

「俺たち、ずっとひい祖父ちゃんたちのこと見てきたんだ。なのに、肝心なときに遅れちゃってごめんね」
「肝心なときって…」
「この試合さ。…残念だったね、チームオーガ!勝手に歴史を変えようとするお前たちを、俺は許さない!」

カノンがバダップたちを睨みつけるのを、私も隣でジッと見据える。バダップは、軍からの命令遂行中にいきなり乱入してきた私たち邪魔者を、憎々しげに見つめながら吐き捨てた。

「たった二人で何ができる」
「二人じゃ無いわよ」

二人で解決しようだなんて最初から思ってすら居ないわ。ちゃんと計画して、既に助っ人は用意してあるのよ!まさか私たちが未来から基山さんたちを連れてくるだなんて、頭のお堅い軍の上層部の方々は思いもしなかったのでしょうね。そんな軍の言いなりのオーガも。
カノンの合図で登場した皆さんは、やる気満々なご様子で、まだ知り合いでない頃の過去の雷門イレブンの皆さんにご挨拶をしている。宇都宮さんはひいお祖父様の元へ。基山さんとフィディオさんは円堂守さんの元へ。飛鷹さんは響木さんの元に。そして吹雪さんは。

「やぁ、薫ちゃん。この時代で会うのは初めましてらしいね。僕は吹雪士郎、よろしくね」
「う、うん…?」
「お触りは!!禁止です!!!」

ちょっと目を離している間にひいお祖母様の手を取ると、何ともにこやかにご挨拶。推しカプ警察が通るわよ!!その手を!!無条件にいつでも握ってよろしいのは!!この世でひいお祖父様ただお一人!!いくらひいお祖母様のご親友でも節度というものがあるわ!!
しかしそんな私に、吹雪さんはひいお祖母様の手を握ったまま一言。

「ご…じゃなくて、君のひいお祖父さんも許してくれてたよ」

ひいお祖父様が…許された…??それなら良いのだろうか…?でもさすがにハグは羨まし…じゃなくて、ひ孫として見過ごすわけにはいかないので禁止させていただいたわ。ひいお祖父様の前で他の男性と親密な態度を見せるだなんて、そんなのいけないもの。言わないけれど。
そしてそんなこんなで、助っ人の皆さんが参戦することが決まり、ならば私も共に、と構えたところでストップがかかってしまった。

「女子の出場が認められないだなんて何事!!」
「大会規定だぞ…」
「聞いてないわよカノン!!」
「いやだって、最初はミノルちゃんを連れてくるつもりは無かったし!!」

性別の壁が憎い。どうして?私はただ、ひいお祖父様と共にプレーして、ひいお祖母様に私の良いところをお見せしたかっただけだというのに。その何がいけないというの。

「…あの、ミノルちゃん」
「はい!何でしょうひいお祖母様!!」
「圧がすごい。…じゃなくて。私たちと一緒にみんなを応援しようよ。試合に出られなくても、私たちにはまだ出来ることがあるはずだから」

昇天しかけた。ひいお祖母様の天使っぷりに。何でしょうかこの尊く愛おしい方は。私のひいお祖母様でアンサーよ。それ以外の答えはあり得ないわ!!思わず感動に咽び泣きそうなのをグッと堪えて、私は笑顔でそれに何度も頷いた。そもそもひいお祖母様が提案なされたことに否を唱えるわけが無いのよ。





そして激闘は最終的に、助っ人擁する雷門中の勝利で幕を閉じた。ミッション失敗に苛立った様子で、円堂守さんに吠えるバダップ。円堂守さんの抱えるサッカーへの思いが、未来の人間を弱体化させたと詰る彼のその言葉を、間髪入れずにカノンが否定してみせた。

「俺、未来見てないからよく分かんないけど、本当に強くならなきゃいけないのは、ここじゃないのか?」

そしてその否定を受け継いで、円堂守さんは自身の胸を拳で叩く。大切なのは、戦うことそのものでなく、戦いに挑まんとする『勇気』なのだと。勇気さえあれば、未来は変えられる。そうおっしゃる円堂守さんの言葉に、バダップたちは自らの考えの食い違いと、方法の間違いに気がついたらしかった。

「優劣も変化もないことを正義とする俺たちの時代こそ、変えるべき時代ではないのか」

そう言って困惑を露わにする彼らに、私はとうとう我慢ならず前に進み出た。そして途端に浴びる注目をものともせずに胸を張り、オーガの方々に向けて口を開く。

「さっきから思っていたのだけれど、貴方失礼だわ、バダップ」
「…何?」
「その凝り固まった頭で考え、曇った目でよくご覧なさい!カノンを!私を!!貴方たちと戦う『意思』と『勇気』をもって、時空までをも超えてここまでやってきた私たちが、貴方には弱い人間に見えるのかしら!」

それを聞いて、何かに気がついたように目を見開いたバダップに、私はにんまりと笑ってみせる。そうよ、私たちは貴方の言う弱体化した人間とやらとは違うの。そんな目の前の苦しみから目を背けて、一時の享楽に耽った方々なんかと同じにしないでほしいわ。
私たちには、円堂守さんの言う戦う勇気があるのよ。自分の相容れない現状に抗う勇気も、それを打破しようとする意思さえ持ち合わせて、私たちはここに居る。

「まず貴方たちは過去を変えようとしたことがナンセンス!それじゃあ貴方たちの言う、現実から目を背けて享楽に耽った輩と同じじゃない」
「!」
「貴方たちには戦う覚悟も、意志も、勇気も、現状を変えるための力だって持っているわ。それなら後は、それをどのように、どんな場所で使うのが問題じゃなくて?」

少なくとも、過去の皆さんは何一つだって悪くは無いわ。だってここに居る人々は皆、ただより良い明日を信じて、己の夢と希望を抱いて駆けた方ばかりだもの。そんな先人たちの築いた過去を、私たちの都合の良いように変えるだなんて可笑しいじゃない。


「せっかくの一度しかない人生なのよ?それならば、自分の意思のままに生きてごらんなさいな」


そう言えば、彼らはどこか憑物が落ちたような顔で頷き、円堂守さんに向き直った。そして彼らを代表して、バダップが口を開く。

「円堂守よ…。俺たちは、お前の言う勇気を見失っていたのかもしれない…。未来は、俺たちの進むべき未来は…」
「見つかるさ!お前たちの勇気で、きっとな!」

そう言って差し出された円堂守さんの手を、ジッと見つめていたバダップに、もう最初のような怒りも、先ほどまでの困惑も存在しない。ただ穏やかに微笑んだ彼は、その握手を返そうと一歩進み出て。

「バダップ!」
「軍の強制送還が始まったんだわ…!」

赤い光が彼らを包み始めたとき、思い至った可能性は軍による強制送還。ヒビキ提督をはじめとした、一部が企んでいた歴史改変を、政府はもう既に感知している。そして雷門中の優勝という、正しい歴史が刻まれた今だからこそ、これ以上歴史が変わらないようにオーガの回収が始まったのだろう。何故ならば、歴史改変は未来の時代において犯罪行為にあたるから。未来に帰れば、彼らに待ち受けているのは政府による捕縛でしょう。たとえ彼らがヒビキ提督たちの駒であったとしても、歴史を変えようとしたのは紛れもない事実なのだから。
…しかし、それを頭の良い彼なら分かっているくせに、穏やかに微笑んだまま胸を叩いてみせたバダップ。そんな彼と目が合って、私は微笑み返してみせる。

「…貴方、そんな顔ができたのね、バダップ・スリード」
「…あぁ」
「今の顔の貴方の方が、とても魅力的よ」

昔からよく知る、大人びている冷めた顔ではない微笑みは、私にとっては一番好印象に残るものだった。だからそう正直に告げれば、彼は僅かに目を細めて、そうしてそのまま赤い光に呑まれて消えてしまった。呆然としながらも、そんな彼らの消えた空を見つめる。しかし私たちもそろそろお別れの時間。あるべき場所へ、きちんと帰らなければならない。

「ありがとうございました、ひいお祖母様!私、貴女に出会えて幸せでしたわ!」
「私こそありがとう、ミノルちゃん。…それにしても、私もちゃんと結婚するんだね」

お別れを告げる際、しみじみといった様子でそう呟いたひいお祖母様に、私は一つ餞別として、一言だけかけておくことにした。未来でずっと、ひいお祖母様が何度も繰り返し私に語ってくださった、ひいお祖父様を表す言葉を。


「ひいお祖母様のヒーローは、いつでも側に居りますからね」
「…ヒーロー…?」


『あの人はね、昔も今も、これからも。ずっと、私のヒーローなのよ』


教えて差し上げられるのは、これだけ。けれどきっとそんな助言がなくたって、ひいお祖母様たちは惹かれ合う未来が待っている。だってあの人たちは運命で結ばれているのだから。


「未来で会いましょうね!ひいお祖母様方!」


皆さんに手を振り、少しだけひいお祖父様に目配せして、私もカノンたちと共にタイムリープを果たす。最後に見えたひいお祖母様たちの笑顔を胸に刻んで、私はこの時代に別れを告げた。