◾︎give your smile to me




広い海の片隅、観光客で賑わう夏島。
その表通りから少し逸れた路地裏を抜けた先、
ネオンひしめく歓楽街の一等大きな店が、おれの職場である。

「ビール、樽でェ!」
「骨付き肉10人前!」
「あい、ただいまぁ!」

なんの秩序もなく飛び交う注文をメモに書きつけながら、薄暗いオレンジのライトの光の中走り回る。絡まれないようにかけたサングラス越しに見える満席のテーブル。この酒場はいつだって盛況だが、今日は輪にかけて客が多い。

と、いうのも、年に一度店主の趣味で開催されるとあるイベントが、何故か異様な人気を博しており、今日が正にその日なのだ。

…おれには全くもって理解しがたいのだが。

げっそりとホール真ん中のステージを見やり、ため息をつく。激しいピンクの装飾、ピンクの照明、ピンクの舞台。

数分後に始まるその様相を思うとますますモチベーションが下がる。すると、混み合う店内でよそ見をしていたせいで人にぶつかってしまった。

「あっ、すみませ…」
「危ねえなあ!カツラが取れたらどうしてくれんだ!」
「あ、はあ……本当すみません…」

見上げた先、青髭の大柄な男が舌打ちをして去っていく。フリルのついたドレスと、くるくるにカールした長髪のカツラを揺らしながら。
思わず硬直したまま目を閉じる。ああ、この店ほんと給料はいいんだけど、今日だけはシフト入れなきゃ良かった。

…そう、イベントのタイトルはこうだ。

『集え!海の男!大女装コンテスト~優勝者には100万ベリーと美味しいブランド米5種てんこ盛り~』

広い店内のあちこちに、女装した屈強な男がうろついている。やたらと高額な賞金のおかげか、いやそのせいで、店主主催のこのイベントは毎年大盛況なのだ。

審査するのは、この店の観客全員。
とにかくこのフロアを沸かせたものが勝者となる。だから女装の出来が悪かろうが良かろうが、惹きつけたもん勝ちなのだ。そういう意味では公平なコンテストと言えなくもない。

しかし基本は先ほどの男のような、荒くれ者が殆ど。
フロアが沸くといってもそれは悲鳴なのか歓声なのか判断しがたいものだ。大盛り上がりになるのは間違いないので、イベントとしては成功なんだろうが。それにしたってやる気でないんだよなァ。店主の趣味なら仕方ないけどさ。


「…おい、突っ立ってられっと邪魔なんだけど」
「あ、すみませ、」

またしてもお客様の邪魔になってしまった。慌てて顔を上げて、そして、固まる。

まず目に入ったスリットの入った裾から覗く長い脚、上を見れば細くくびれた腰、ノースリーブの肩にかかる黒髪。極めつけに、胡乱げにおれを見下ろす人形めいた美しい顔。

「うっ…わあ…」
「………何?」

低い声は明らかに男のそれなのに、明るいグレーの瞳に射抜かれて心臓がバクバクと音を立てた。大きな目を縁取る睫毛までが煌めいて見えるのは、おれの幻覚か?思わずサングラスをずらしてその美貌を視界に収めた。

「すっげえ…綺麗ですねお客さん…」

ふり絞った賞賛は全く感情の籠らない「あっそ」という返事で流された。小さな顔に誂えたように収まる鼻先が、うんざりしたように息を漏らす。きっと言われなれてるんだろうが、それでも構うもんか。ごった返した酒場の中で、彼だけがキラキラとして見える。

真っ黒のドレスは膝上の丈で、白い脚が見事な曲線を描いてパンプスを履きこなしている。デコルテと肩が丸出しの上半身は、真っ平な男の胸だというのにそれさえも煽情的に映った。

少し癖毛の黒髪を耳にかけるその様を通り過ぎる誰もがぽかんと眺めている。

惚けて見つめていれば、黒々とした睫毛がぴくりと動いて彼の透きとおる肌に影を落とした。
何やらおれの顔をじっと見つめて、真っ赤に塗られた唇が少し開く。

「なあ、そのサングラスちょっと貸してくんねェ?」
「えっ、お、おれのですか?」
「コンテスト始まるまででいーからさ。声かけられんのだりィんだよ」
「も、もちろん…」

度なしの色付き眼鏡は、この職場で舐められないための装備のようなものだった。童顔を隠すにはうってつけだったから。
恐る恐る手渡せば、骨ばった白い指がするりとそれを受け取り、長い髪がはらりとかかる彼の目元へと居場所を変えた。

わー、ちょっと触れ合っちゃった。

指先が熱い。男相手にどうしちゃったんだおれ。
いや、この人のこれはちょっと、ずるいだろ。脳内で葛藤がせめぎ合う。

厨房に電伝虫で注文を通しつつ、傍らに立つ青年を横目で伺った。年は若い。サングラスをかけても到底消えていないオーラで目立ちまくっている彼は、見事な化粧までしている徹底ぶりだった。

多分、最初に声を聞かなければおれもとんでもない美女だと勘違いしただろう。

「あ、あのー…お兄さん?も、コンテスト出るんです?」
「まァな。最初はこんなもん出る気もなかったけど、大量の米が景品なんだろ」
「え、まさかの米目当てですか?100万ベリーでなく?」
「金もあるに越したこたねェけど、米だな普通に」

麗しい容姿とは裏腹にガラの悪い口調で語り、青年はおれを見下ろし少し口角を上げた。微笑まれるとドキドキすっからやめて、と内心悲鳴をあげる。
ざわめく店内にまぎれるよう少し声を潜めて、青年の顔が耳元に近づく。揺れる黒髪が少し肌に触れた。

「おれのキャプテン、ちょーおにぎり好きなんだよ」

言われた言葉に、思わずぱっと顔を上げる。
青年は、こんなにも近くにいるのにおれのことがまるで目に入っていないかのように楽しげに目を細めていた。
ていうか、キャプテン、ってことは。

「…海賊、すか?」
「あァ」

あっけからんと言われて目を瞠った。まさか。

「そ、そんなに綺麗なのに、なんで海賊なんて」

なんかこう、モデルとか俳優とか、他にいくらでも道がありそうなのに。サングラスの向こう側で、大きな目が緩慢に瞬きをする。

「別に綺麗じゃねェから海賊になったんだ」

どこからどう見たって綺麗な男が言うから、頭が回った。

「そんなあ」
「…何ふらついてんの?お前変だな」
「だって勿体ないですよお…はあ…ここには仲間と来たんですか?」
「この店には一人で来たけど。多分仲間はそろそろ来る」
「え、じゃあそれ一人で着替えたんです?」
「ま、経験あっから。あいつらには見せたことねーけど」

慣れた様子でかきあげられた髪の下から見えた真っ白いうなじに、また胸が高鳴った。ちくしょー、男なのに、男なのに…!

「…っていうかキャプテンのおにぎりのためだけにそんな見事な女装してんですか?どこの誰っすか?あなたみたいな美しい人がそんな…そんなに良い人なんですか!」

根っからの女の子好きなおれをここまでドキドキさせておいて、この見事な女装がおにぎりのためだなんて。
なんだか悔しくて、引いている様子の青年に鼻息荒く詰め寄った時、コンテスト出場者は舞台裏に集合するようにと号令がかかった。

背筋を伸ばした青年がサングラスを取って、おれの胸ポケットに引っ掛ける。また見ることができた切れ長の大きな瞳と至近距離で視線が合って、脳がほわほわと茹った。

「うわー…お兄さんやっぱ超綺麗っす…この後飯でも…」
「は?あー…おれのキャプテンな、トラファルガー・ロー。おれあいつ一筋だから、お前とは飯行かねー。じゃ」
「えっ?ト、トラ……あの七武海の!?ってことは、ちょ、もしかしてあなた、」

一角天馬のチェンバーズ・リバーじゃん!という叫びは喧噪にかき消され、ヒールを鳴らし優雅に去った彼の背中もあっという間に見えなくなった。

絶対彼だ。たびたび紙面を騒がしていた美貌の男海賊。

同性としてはその女性人気の高さが気に入らず、手配書の写真を横目に人生イージーモードで良いなとしか思っていなかった、あの。

立ち尽くしていればウェイター仲間に「とっとと働け」と背中を蹴られ、おれは心ここにあらずのまま配膳を再開した。


賑わいがピークを迎えた店内が薄暗くなり、とうとうコンテストが始まった。


その直後、遠くでなった入口のベルの音に顔を上げれば、これまた紙面で見覚えのある長身が店内に入ってくるところだった。騒がしい声に顔をしかめ、隣のシロクマ(シロクマ!?)の影に隠れるようにして、その男は後ろの壁に寄りかかった。

デニムで覆われた長い脚、ブチ模様のもこもこ帽子、そして海にその名を轟かす端正な顔。とんでもなく目立つ男がいるのに客の目はステージを向いていて、男の傍にいるツナギ姿のクルー達にもまるで気づかないようだった。

「なになに、女装コンテスト…女装コンテスト!?リバーこれに出んの!?」
「は!?海の男コンテストっつってなかったか!?」
「あいつ黙ってやがったんだ…うわー…あ、目当て絶対これじゃん」
「あ、これだわ。キャプテン、景品米ですって米」
「……あの馬鹿……」


目深に帽子を被り、おれにまで聞こえるほどのため息を大海賊トラファルガー・ローが吐き出す。

うーわー、本物見ちゃったよ。生で見ると超かっこいいな、トラファルガー・ロー。あれが死の外科医。正直カッコ良さよりも恐ろしさの方が勝っちゃってるんだけど。

呆けながら見てしまったその長身をピンクの照明が鮮やかに照らし、客の歓声が店内を包んだ。
出場者が順番にステージに立ち、ポーズを決めていく。それがこのコンテストの流れ。シンプルな構成だが、これがとにかく盛り上がるのだ。


一通り注文が落ち着いたところでおれもカウンター近くに立ち、コンテストの推移を見守ることにした。視界の隅では、シロクマとクルー達がああだこうだと言いながらステージを見ている。

トラファルガー・ローは黙ったまま、大きな刀を抱えて壁を背に立っている。ただそれだけなのに、本当に絵になる男だと思った。


…なるほどなあ、あの美しい人が骨抜きになるわけだ。
敗北感を感じる暇もないほどの格上の男。七武海になるような奴だ。当然である。


次々にコンテストの順番が巡る。笑い声だったり、歓声だったりがあちこちから上がり続け店内の空気が少し間延びしてきた時、シロクマが「あ、」と声を漏らした。俯いていたトラファルガーが、素早く顔を上げる。


「リバーの匂いだ」


ピンクのライトが舞台袖を照らす。現れた黒いヒールが子気味よく板を鳴らし、そして、店内はさっきまでの騒めきが嘘のように静まり返った。

ああ、彼が出てきた。知れずおれの胸も高鳴る。

独壇場ってのは、このことを言うんだろう。大きく開いたスリットから覗く白い脚が眩しい。彼が歩を進める度に、黒いドレスが男の割に細い身体の曲線を美しく魅せた。腰から尻にかけてのラインが芸術的なまでに綺麗だ。

店中が息をのんで彼を見つめる中、おれはそのきらめくグレーの瞳が何かを探すように動き、そして店の奥に目当てを見つけたことに気が付いた。


思わず振り返れば、トラファルガー・ローが驚いた顔をして、チェンバーズ・リバーの視線を一身に受け止めていた。二人の間に誰も入ることの出来ない空気が漂うのが分かる。

骨格以外はどう見たって美しい女にしか見えない青年が、黒髪をかきあげて視線の先に向かって微笑んだ。おれだったら多分、卒倒してるけど。トラファルガーはただ目を見開き微動だにせず青年を見つめていた。

一番に叫んだのは、トラファルガーの傍らにいたクルー達だった。

「キャー!別嬪さんこっち向いてー!!!」
「あはははお前さいっこー!」
「ウインクしてー!!」

まるで男友達をひやかすような気軽さで、彼らが叫ぶ。それだけで、あの美しい青年と彼らがなんの気兼ねもなく関係を築いていることが分かった。

呼応するように、店内に歓声が広がっていく。
耳を塞ぎたくなるほどの声で誰もが叫ぶ。むさくるしかった雰囲気がますます暑苦しく、熱気がヒートアップした。

歓声を浴びてライトに照らされた青年が、べ、と舌を出して挑発するようにドレスの裾を少しめくった。

ウワ。最高じゃん。

おれは思わず鼻を抑えた。
最前の客たちが中を覗き込もうとしゃがみだしたのを店主がぶん殴る。荒くれ者が集う店の長だ。腕力が違う。

「あいつ、おにぎりのためにあそこまでやる!?」
「完全に負けず嫌いに火ついてるね〜」
「シンプルに勝ちにいってんなァリバー」

青年の仲間の楽し気な会話が聞こえ、おれは横目でその集団を見た。

…なあ、あれ全部あんたのためにやってるんだろ。どうなってんだよホント、羨ましいぜ大海賊!

赤いリップが弧を描き、大きな瞳が見事なウインクを決めて、店はこの日一番の大歓声を記録した。

恐らくそれを真正面から受けたであろうトラファルガーは、心底愉快そうに肩を震わしていた。目を細めた男が笑みを受かべながら頷けば、それを見たステージ上の青年の表情がパアっと華やぐ。

しかし一人の客が「良いから中見せろよォ」と暴れだした瞬間、トラファルガーの顔から笑みが消え去った。氷のような瞳が叫んだ男を射抜き、何やら呟く。

そして、歓声に紛れるように一人分の悲鳴が店内に走った。殆ど誰もその声に気づかない。
おれは血の気が引くのを感じた。太い男の腕が一本、人々の足元をごろごろと転がっていったのは多分見間違いではない。

店中の視線を集めた青年が、颯爽と舞台裏へと帰っていく。残念がる人々の声を聞きながらおれは冷や汗を拭った。

トラファルガー・ローも、そしてあの青年、チェンバーズ・リバーもこの海では上から数えた方が早い凶悪な海賊なのだ。くわばらくわばら。



さて、結局この年のコンテストはぶっちぎりでチェンバーズ・リバーの優勝だった。正に満場一致。出場者たちですら彼の女装に顔を赤くして拍手を送っていた。

ステージ上で100万ベリーとブランド米てんこ盛りの乗った台の隣に立った青年に、司会の店主がマイクを差し出す。

「いやーとんでもない美しさですが、自信はありましたか?」
「あった」
「気持ちいい程の即答ですねえ!賞金はどうされるんですか?」
「全部おにぎりにする」
「え、おに…?」
「はは、なァ見てロー!米!」

年相応の満面の笑みを浮かべて、青年が拳を突き上げた。白い腕がさらけ出されたのに店内がざわめいたかと思えば、薄青の妙な膜が一瞬広がり、そして次の瞬間には青年と景品の姿がステージからかき消えていた。

「わーキャプテン!お金!お金が!」

後ろから声がして振り返れば、シロクマの腕に100万ベリーの札束、そしてクルー達の上に米袋が降ってくるところだった。
そして青年はと言えば、トラファルガー・ローに横抱きにされもう店の出口へと向かっていた。長身からはみ出た白い脚がぱたぱたとはしゃいでいるのが見えた。

しゅ、瞬間移動してる。

「っしブランド米ゲット!やったなリバー!」
「リバーちゃんって呼ぼっか?」
「うっせえ。なァロー、おれ完璧だったろ?」

細い腕がトラファルガー・ローの逞しい肩に回された。いかにも愛おしげなその仕草に、おれを含め店内の連中皆、見てはいけないものを見たような気分になったと思う。


「…ああ。今まで会った女の中で一番上玉だった」
「へっ」


カチン、と青年の動きが止まると同時に、トラファルガー・ローの背中がシロクマに隠れて見えなくなる。

こうしておれのハートをかっさらっていったチャンピオンは、このコンテストの生ける伝説となるのだった。



◾︎
ずん様/ローの前で女装するリバー



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