「わっかりやすく拗ねてんなァ、リバーくん」
「…………拗ねてねー」
「リバー、嘘は良くないと思う」
「だって拗ねてねーし」
「拗ねてんだろ。…………あ、腕組んだ」
「は!?」
リバーが勢いよく顔を上げれば、長テーブルの端で、確かにローの腕に細腕がしっかりと絡んでいた。シャチ、ベポ、ペンギンに口々に拗ねていると指摘されて降下していたリバーの機嫌が更に急降下していくのが目に見えて分かる。
ペンギンはすっかりいじけてしまった弟分の皿に肉を盛ってやりながら苦笑いした。折角いい感じの酒場見つけて美味い料理にありつけたってのに、その店の看板娘がとんだ肉食系だとは。
健康的な長い茶髪のポニーテールを揺らしてペンギン達を出迎えたその娘は、扉をくぐった瞬間からローを一目見て顔を輝かせ、誰より先に飯を運んだり隣に座って話しかけたりと正に猪突猛進。動じることなく無視を決め込むロー以外のクルーは、その勢いに呆気に取られつつもひたすらに飯をかきこんでいる状況だ。
「リバーくーん、あの子すげー美人だけどほっといて良いのかよ」
「それに胸がでけェ……あー、キャプテン羨ましー」
ペンギンはシャチと二人して、物欲しい目でローと娘を見てしまうのを止められなかった、静かに酒を飲むローの隣に陣取った娘の胸に逞しい腕が半分埋まっているのを見てしまっては、羨ましい以外の感想が出てこない。ああ、あれが自分の腕ならどんなに良いか。何故あんなに平然としていられるのか、我がキャプテンのことながらまるで理解できない。
冗談のようにスタイルが良く、しかも落ち着いてクールな我らがキャプテンが行く先々で女を虜にするのはいつもの事だ。だが、ペンギンの隣に座る弟分は、そんな光景にちっとも慣れることなくむしろ苛立ちが募っていくようだった。
「あークソ。なあ、胸ってどうやったらでかくなんの?」
「は?」
「ああ?揉んだらでかくなるとか聞いた事あるけど」
突拍子も無い質問にペンギンが思わず横を振り向けば、空の酒瓶を抱えたリバーの顔が真っ赤になっていて、同じく顔を真っ赤にしたシャチが適当な返事をしたところだった。
リバーはハートの海賊団の中で一番酒が弱い。それがこの瓶を一人で?いやまさか、テーブルに大量に転がったこの空いたグラスもか?
「まじ?じゃ揉んで」
戸惑っている間に、リバーの白い手がシャチの両手を取って自分の胸に押し付けた。薄いシャツ越しに胸筋の感触をリアルに感じたらしいシャチの情けない「ぎゃー!」という悲鳴が、店内に響く。
「うっせえ、良いから揉め。でかくなんだろ」
「ばっかお前、男の胸揉む趣味ねェよ!」
仰け反るシャチを追いかけるように、瞳をうるませたリバーが身を乗り出す。騒ぎに気づいた後ろのテーブルの客が、リバーを見て一様にざわめきだした。そりゃあ、こいつがこんな変態行為してたら騒ぐ奴もいるだろう。ペンギン自身はリバーのことをただの男らしい男としか思えないが、世間はどうやら違うらしいから。
ペンギンは周囲の視線からリバーを隠すようにして立ち上がり、シャチから引き剥がそうとした。
「あほリバー!お前この辺の酒全部飲んだのか?」
「ええ!?もう馬鹿ー!お酒弱いのに!!」
ベポと二人して詰めれば間抜けなしゃっくりが返ってきて、疑惑が確信に変わる。白い肌が火照り大きなグレーの瞳がじんわりと潤んでいて、なるほど客観的に見れば中々破壊力が高いかもしれない。
細長い指は相変わらずシャチの両手を捉えていて、まとわりつくように絡んでいる。「離せええ」というシャチの声は酔っ払いには届かないらしい。
「つーかお前、あの巨乳に張り合うのは無理あんだろ!?残念だがキャプテンだって男ってこったよ!」
「……んだとォ?」
「ほら、お前のかったい胸筋じゃ適わねーんだよ……いやしかし、頑張って鍛えたんだな?立派な筋肉じゃねーか」
やれやれと首を振ったシャチは諦めたようにリバーの胸を掌で触り、一転して感心したようにその硬さを確かめだした。男が大真面目な顔をして男の胸を揉む光景を見ては、酔いも覚めるというものだ。ペンギンはおかしいやら奇妙やらで乾いた笑いを漏らした。
「……でも、これじゃ巨乳に勝てねー」
「ほんとに戦うつもりだったのかよ…」
そんな事せずとも、と思いつつ振り返ったペンギンは、目にした光景を見て思わず「ひえ、」と後ずさった。
「シャチ!リバーから手離せ!」
「え?…………ひえ、」
こちらの騒ぎは届いていないはずの位置にいるローが、隣の娘の口説きを歯牙にもかけず、ただ静かにペンギン達を見つめていたのだ。正しくは、シャチとリバーを。
睨んでいる訳でもないのに、悪人面の良い男の真顔は心底怖い。
「お、おいリバーしっかりしろ!おれが死ぬ!」
大慌てのシャチがリバーを引き剥がした時にはもう、ローは目を伏せて酒を飲み直し始めていた。酔っ払って揺れるリバーを支えながら二人して息を吐く。
「ねえ、聞いてる?船長さん。この店に入ったのも何かの運命。私とバーでも行きましょ。たっぷりサービスするわ」
「……しつけェぞ」
「だってこんなカッコイイ海賊初めて見たんだもん!是非一杯奢らせてほしいの」
「お前ほど上玉なら引く手数多だろ。他を当たれ」
「や、やだ!上玉なんて…!」
適当なおべんちゃらを信じた娘が顔を赤くする。あのキャプテンは、その気になればどんな女だって落とせるに違いない。
呆れるペンギンをよそに、ガタン、と音を立てて床に転がったのはリバーの座っていた椅子だった。ゆらりと立ち上がった弟分をシャチが引きつった顔で見上げている。
「…………上玉だと…?」
「お、おいリバーくーん?」
テーブルにかろうじて残っていた酒を止める間もなく飲み干し、完全に据わった目でリバーがローと娘の方を睨みつける。そしてずんずんと大股でテーブルの端へと歩き始めた。
一際目立つ青年の動きを周囲の客たちがざわめきながら見守る中、娘に掴まれていない方のローの腕にリバーの手がするりと絡んだ。
「…弱いのに飲むんじゃねェっていつも言ってんだろ、リバー」
「うっせえ、あんたがこの女に上玉とか抜かすからだ」
「ちょ、ちょっと船長さん?何よこの人」
「お前こそ何だよ。その手ェ離せ」
娘と反対側に腰掛け、リバーは挑発するようにローの肩に顎を乗せた。真ん中で我関せずといった風に酒を仰ぎ続けるローを挟んで、娘とリバーの火花散る視線が交差する。
「離さないわよ!一目でビビっときたんだから!大体あんた私に張り合うつもり?た、確かにちょーっとばかし綺麗な顔はしてるけど?男じゃ女には勝てないのよ」
「ふーん?じゃあローに聞いてみようぜ」
「な、何をよ」
ベポはもう興味を失って魚料理に舌鼓を打っていて、シャチはワクワクと楽しそうに事の成り行きを見守っている。ペンギンはといえば、我らがキャプテンに目をつけ、リバーの負けず嫌いに火をつけた娘の不運に思いを馳せずにはいられなかった。
リバーの白い指が、ローの頬を滑る。愛おしい、という感情を隠さないリバーの目にかかった前髪が長い睫毛の動きに合わせて揺れる様が妙に妖しく、ペンギンの耳に後ろの男客が息を飲む音が聞こえてきた。
ローの薄灰の瞳が、面白がるようにリバーの方を向いた。そう、あのキャプテンは、案外刺激を好む質だ。
「ロー、おれの方がかわいいよな?」
低く澄んだ声が、ローの耳元で囁くようにそう言った。あまりにも彼らしくない言葉に、ペンギンもシャチも驚いて酒を取り落とした。自分の容姿を嫌う節のあるリバーが、まさか。
ローも少し目を開いて、真っ直ぐにリバーを見つめ返した。明るいグレーの瞳が、己のキャプテンをいっぱいに映して柔らかく細められる。普段よりも随分と幼く見えるその様子は、確かに。
「その女よりずっとかわいい、だろ?」
「……っはは……ああ、そうだな。お前はかわいい」
「そのうえ美人だよな?」
「ふ……ああ、美人だな」
「この店にいる誰より?」
「当たり前だろ。……しかしおもしれェな。酔いが覚めた後が楽しみだ」
ローは心底愉快そうに笑って己の腕にひっつくリバーの髪を撫でた。リバーは酒には弱いが記憶が消えないタイプだ。近い未来憤死する勢いで恥じるであろう姿を想像して、ペンギンも思わず吹き出してしまった。
でも、自分のことを妙に下げるきらいのあるリバーだから、このくらいあっけからんとしているのを見るのは新鮮でなんとも嬉しい。一頻り褒められて機嫌の良くなったリバーは、首を傾げてローを覗き込んだ。
キラキラと煌めく瞳が真っ直ぐに、愛おしげに己のキャプテンを見つめる。
「……ロー。おれが一番、綺麗だよな?」
そう問われたローが、ふと真剣な眼差しになるのをペンギンは見た。笑みが消えて、もう傍らの娘の存在など最初から無かったかのように、リバーに正面から向き直る。
「──ああ」
万感の思いがこもった声だった。リバーの顔が花が咲くように綻んで、ローの胸に抱えられて見えなくなった。
そうか、そうだよな、キャプテン。きっとこの海の誰よりもリバーのことをそう思っているのは、あんただよな。ペンギンは、呆気に取られたように動かない娘の肩を叩いた。
「すんませーん、おあいそ」
「あ、ハ、ハァ……」
「大丈夫。あんたなら良い男がもっと他にいるさ」
おれとかね!とウインクを残すのを忘れずに。
さて、この抱きしめあって動かない2人をどうしようか。ローの腕にすっぽりと収まり幸せそうに寝息をかき始めたリバーと、それを見て柄にもなく柔らかい笑みを浮かべる己のキャプテンを見て、ペンギンはやれやれとため息をついた。
だが、明日なんて言ってリバーをからかってやろう、と考えるとその顔にも笑みが浮かぶのだった。
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さとぴ様/ローに言い寄るお姉さんにやきもちを焼くリバー